突然の君の訪問。
ザアザアとやかましく雨の降る日、インターホンが鳴った。また勧誘かと映像を確認するも、誰も映らない。
「はぁ、いたずらか」
ピンポーン!
点灯した画面には、やはり誰もいない。画面に映らない場所を把握しているのか?手の込んだイタズラをする奴もいたものだ。イタズラ好きの奴なら一人、心当たりがある。
そっと玄関のドアを開ける。
「や、久しぶり」
まあ、そうだよな。分かってたさ。
こいつは沢田。いつも余計なイタズラをする奴だ。本人曰く、人の驚く顔が好きとのこと。人騒がせな奴だよ。
「沢田……!」
「あっはは!びっくりした?」
「なんでここに」
「お前を驚かせたかったから、だけど?びっくりした?」
沢田はすっと部屋に上がる。
「そりゃ、もちろん。お前、昔と変わんないなあ」
「……」
分かってるさ。
沢田は15年前、橋から川に落下して死んだ。手ぶらで雨に濡れてないのもそのせいだろう。
「あそこの崖で土砂崩れあったの分かる?慰霊碑どっかに埋まっちゃったんだ」
「……掘り返しに行こうか?」
「大丈夫。……さて、俺がどうしてここに来たのか、分かってるよな」
分かってるさ。
「俺を驚かせたかったんだろう」
「そのつもりだったんだけどな、俺の方が驚かされたよ。俺が崖から落ちたことになってるし、お前が無実ってことになってるし……」
数日後、マンションの一室で男性の水死体が発見された。
お祭り
「おい見ろよ、あの提灯。まるで百鬼夜行だな」
暗い中にぼんやり整列する灯りの中を、人間たちが行ったり来たり。何が楽しいのか、皆一様に浮かれた顔だ。
「ええ、おっしゃる通りで。しかし、人間の奴ら、この祭りの意味を分かっているのか?この祭りは豊穣の神たるあなた様に感謝を捧げる祭りだというのに」
三つ目のお供は不満げだ。
「あっはっは!かまわねえよ!人間ってのはそういうもんだ!絶えず、目まぐるしく、変化するもんさ」
「はあ、ヤライ様は本当に人間がお好きですね」
三つ目と山道を歩いていると、泣き声が聞こえる。
「やや、あれは人間の子供ですか。何かの弾みで我らの世界に入ってしまったのでしょうなあ」
「そうみてえだな。しょうがねえ、帰してやるか。……おい坊主!帰してやるよ、ついて来い!」
子供はきょとんとした顔をした後、黙ってついてくる。俺が人間に近い容姿をしているからか、正常な判断ができないからか、そいつは小鴨のように俺の後ろを歩く。
「なあ坊主、話をしないか?」
人間の世界に送り届けるまでの間、そいつは色々話してくれた。友達、学校、家族。時々相槌を打ってやれば、そいつは目を輝かせて饒舌になった。
「この先だ。振り返るなよ」
藪の向こう、歪む視界の真ん中で、人間が何かを探している。
「パパ!ママ!」
そいつは脇目も振らずに駆け出し、両親に抱きついた。こうして彼は、人間の祭りに帰っていった。
あれから時が経ち、我々の住む山に人間の手が入り始めた。奴らは木を切り倒し、穴を掘り、山を変えていった。
「ヤライ様、この土地はもう……」
「ああ。祭りはやらなくなった。人もいなくなった。我々の住処もなくなるか……。昨今の人間は自然さえ克服した。豊穣の神はもう、必要ないだろう」
「ヤライ様……」
「そんな顔すんなよ。いいさ、俺たちはもう……」
視界の端、年老いた人間が、他の人間に何かを訴えかけている。「この山には神様が……」と。どこか見覚えのある彼を背に、我々はゆっくりと森の空気に溶けていった。
鳥かご
私は、いつの頃からか自分の名前というものが嫌いになっておりました。私の名は『二郎』。こちらはご両親に頂いた名ではございますが、何分不自由な次男という立場を強調する名前でございまして、私を捕えるかごのようでございます。
ある日、たまの贅沢にと家業の合間に、茶屋へと伺いました。店先でカナリアの鳴くそちらのお店は質素な佇まいながらも客足の途絶えぬ茶屋でございました。兄は珈琲などというものを好むそうですが、そのようなものにはお目にかかったことがなく、私は平凡なお茶と団子を頼むのでした。
ああ、こんな時間ばかりであればどれほど良いことか、と考えていると、年の頃10といったお嬢さんがお茶と団子を運んで参りました。どうにもこちらの娘さんにお給仕を手伝わせているようです。私よりも幼い彼女の丁寧な所作に、いたく感心いたしました。
それからというものの、私はこちらの茶屋へと通い詰めることとしました。カナリアのさえずりと娘さんの成長に迎えられる一服は至福の時でございました。
何年かして、私に縁談がやって参りました。母上のご親戚の娘さんだそうで、そちらの婿養子に、とのお話です。今や常連となった私の話を聞いた茶屋の娘さんは私の話を聞き、頬を紅潮させ、僅かに震えた声で話します。「私もじきにそのようなお話をいただくでしょう。してお客さんはご決断なされたのですか?」
跳ね打つ心臓に私の頭は掻き乱され、一つ、また一つと、松明の点くような心持ちでございました。娘さんに「断るつもりだ」と言い、茶屋を出ました。
父上に縁談を断ることを伝えると、父上は「ならば仕方がない、三郎を行かせよう」などとおっしゃいました。この時ばかりはこの「かご」に感謝したものです。
私は現在、茶屋でご奉仕しております。大きくなったお腹を撫でる娘さんが、私に笑顔を向けており、私の心は晴天の虹に向かって羽ばたく鳥のようでございます。
カナリアのいなくなった鳥かごを見つめ、「私もまた鳥かごを作るのだろうね」などと考えるのでした。
今一番欲しいもの
誕生日はうさちゃんのぬいぐるみが欲しい!
もっと身長あればなあ。
みんなが遊んでるゲームのソフト買って〜!
100万円あったら貯金するかな。
彼とゆっくり過ごす時間が欲しい。
絶対に優勝旗を持って帰る!
推しの新衣装実装して!
有給もっと欲しい。
誰か話せる人いないかな。
そろそろ孫の顔が見たいねえ。
バレンタインチョコ、もらえるかな?
もう楽になりたい。
宝くじ当たれ〜!
なかなか人気でないなあ。
たくさんの人の声。欲とは、今のその人を表す。これまで満たされなかったもの、かつて満たされていたもの、今足りないもの、心を潤すもの、これからの目標、これから必要になるもの。希望、コンプレックス、夢、不安、愛、焦燥、などなど。
他人の欲に、自分の欲に、耳を傾ければ、それぞれの素敵なストーリーが幕を開ける。嬉しい物語も、悲しい物語も。自分を知る、相手を知る、自分を知ってもらう。進む道も、繋がりも、少しづつ、あかりが灯る。悩まされることばかりかもしれないけれど、欲とはかくも素晴らしい。
星空
帰宅の道すがら、コンビニでゴミ袋を買いました。市の指定の袋じゃない、真っ黒なビニールのゴミ袋。
自宅に帰り、ゴミ袋を一つ引っ張り出し、ベットに寝転びます。マットレスの沈み込みは私の気分を映しているのか、はたまた私を慰めているのか。
ゴミ袋を被り、「うー」とか「あー」とか呻いてみます。私だけの真っ暗闇は、私の全てを飲み込むようでした。
ヘアピンを外し、袋に一つ、穴を開けます。プツ、と私の世界が壊れる音。キラキラ輝く私だけのお星様。
その周りに一つ、また一つと穴を開ければ私だけの素敵な夜空の出来上がり。
星々にそっと手を伸ばし、指で穴を広げていくと、光はどんどん強くなります。
やがて蛹を破る蝶のように羽を広げ、私は星空の向こうへと帰るのでした。