しゅら

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7/4/2024, 3:52:09 PM

神様だけが知っている

 ある日少年が神様にお願いしました。
「ナオと両思いになれますように」

 やがて年月が経ち、少年は青年となった。
「あなたをこれからも愛し続けます。僕と一緒に人生を歩んではいただけませんか」
「喜んで。二人で幸せになろうね」
 焦がれ続けた彼女と結婚し、彼らは幸せに暮らしていた。そんな折、彼はふと訪ねてしまったのだ。「どうして僕を好きになってくれたの?」と。
 彼女は、ナオは口に指を当て、はにかみながら「わかんないよ」と幸せそうに答えた。
 この世界に神様がいたとして、僕の願いを聞き入れてくれたとして、その結果、彼女の思いが捻じ曲げられてしまったのではないか?彼女には、もともと彼女の求めていた別の幸せがあったのではないか?
 僕にそれを証明する手立てはない。答えを知っているのはきっと……。
「どうしたの?」
「ねえナオ、今、幸せ?」
「うん!とっても!」
「そっか」
 彼女の呼吸を、鼓動を、温度を感じる。
 ああ、僕はそんなこと、知る必要はない。答えを神様しか知らないのは、神様以外が知る必要がないからだ。
 二人の幸せは、これからもずっと続いていく。

7/3/2024, 6:48:23 PM

この道の先に

 きっかけは数日前、旧友Yを訪ねた日のことである。無精髭を撫で、右手に鍵束を弄びながら、彼はこう言った。
「行ってみないかい?あそこに。せっかく立ち入り許可をもらったんだ。お前さん、しばらく行ってないだろう?」
「それは当然の話だろう。そうそう行けるような場所じゃあないのだから」
 私がYを訪ねたように、彼もまたあの頃を懐かしがっていたのだ。「それもそうだ」と麦茶を一口啜るY。揺れる水面に小さくて小さくて、それでも大切な日々が映る。
「昔は良かったなんて年寄りくさいこと言うつもりはないがね、どうしたって思い出しちまうんだ。オニヤンマを必死に追いかけて、終わらない宿題に頭を悩ませて、人の色恋を囃し立てて、一つのボールを全力で追いかけて……」
「年寄りくさいこと言うのはやめろ」
「おっといけねえ」
 おどけたように笑うYの言葉に私の心は動かされていた。まったく、ズルくなったもんだ。
「せっかく地元に帰ってきたんだ。同行させてもらう」
「そうかいそうかい、そう言うと思っていたよ。早速向かおうか」
 二人してノロノロと立ち上がると、Yは桐の棚から鍵をさらに二本取り出した。
 Yの中古車に揺られること数分、Yが車を止める。
「懐かしいだろう?小学校」
 枯れたものだな。大人になってどれほど経ったのかは覚えていないが、誰もいない母校を見てもなんの感慨も湧きやしない。
「なあ、行ってみたい場所があるんだ」
「奇遇だな」
 校舎の玄関前を右へ進むと山が……いや丘がある。雑草をかき分け、林を進む。気分はまるで探検隊だ。
「ああ、あれだ」
 Yの指さす方向に大きな岩がある。その横に、歪に敷かれた細い砂利道がある。
 この道の先に、秘密の花壇がある。テントがあって、木箱の中にはビームサーベルにスーパーヒーローが。虫籠の中にはおじいちゃんの取ってくれた強いカブトムシ。テーブルみたいな丸太の上に、みんなのコップがあるんだ。ここは、合言葉がないと入れない、僕らの秘密基地。
 「ははは」
 どちらからともなく出た乾いた笑いは、すうっと溶けていく。
 「そうだろうな」
 何もないのだ、ここには。私たちは何を期待していたのやら。
 何も言わずに、道を引き返す。「お前たちの進む道はこっちじゃないぞ」とオニヤンマが私たちの足跡をなぞっていった。

6/20/2024, 4:28:30 PM

あなたがいたから

目を擦り
紫色の 暁と
添いて咲きゆく 君の背中に
涙をこぼす 孤独感

手を伸ばし
あなたの色の 陽炎と
徐々に重なる 君の笑顔に
顔綻ばす この時間

 彼は6年前、妻に先立たれてから、シングルファザーとして身を粉にして働いてきた。しかしその分、娘と過ごす時間が少ないことを気にしていた。夏のある日、彼はあくびをしながらリビングへ向かう。するとベランダには、早朝にもかかわらず朝顔の世話をする娘の姿があった。(彼女は私の知らないところでどんどん成長している)そう考えると、不意に彼を無力感が襲った。妻を亡くしてから、彼の孤独を埋めていたのは、生きる意味を作ってくれていたのは、彼女だったのだ。「あ、お父さん、おはよう!みてみて!きれいに咲いてるよ!」朝顔の生長を喜ぶ彼女のように、私も彼女の成長を素直に喜べるのだろうか?妻の面影をなぞる彼女と二人、家族三人の笑顔のだんらんが、そこにはあった。

6/19/2024, 7:05:17 PM

相合傘

はつはるの
日差しにぼうっと立ち止まり
色鮮やかな桜を見上げ
独りこっそり傘をさす
さしたての
傘にさあっと雨が降り
ふと暖かなあなたに焦がれ
頬にひっそり紅をさす


 彼女は不安の中にいた。今まで気力なく、なんとなくで生きてきた彼女は追い詰められていた。「私はどうすればいいのだろう?」大学は卒業できることになっていたが、その後がない。周りの人間は就職が決まっている。友人も、恋人もいる。毎日が楽しそうだ。優柔不断で、他人の目を恐れ動けないでいる彼女は、そっと目を閉ざすことにした。一日中部屋で項垂れていると、昔の友人のことを思い出した。その人物は彼女の小学校の頃の同級生で、初恋の相手だ。子供時代を回顧し、当時の喜びや情熱を思い出した彼女は、この心を誰かと分かち合いたいと思い、かつての友人に連絡を入れるのだった。