しゅら

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この道の先に

 きっかけは数日前、旧友Yを訪ねた日のことである。無精髭を撫で、右手に鍵束を弄びながら、彼はこう言った。
「行ってみないかい?あそこに。せっかく立ち入り許可をもらったんだ。お前さん、しばらく行ってないだろう?」
「それは当然の話だろう。そうそう行けるような場所じゃあないのだから」
 私がYを訪ねたように、彼もまたあの頃を懐かしがっていたのだ。「それもそうだ」と麦茶を一口啜るY。揺れる水面に小さくて小さくて、それでも大切な日々が映る。
「昔は良かったなんて年寄りくさいこと言うつもりはないがね、どうしたって思い出しちまうんだ。オニヤンマを必死に追いかけて、終わらない宿題に頭を悩ませて、人の色恋を囃し立てて、一つのボールを全力で追いかけて……」
「年寄りくさいこと言うのはやめろ」
「おっといけねえ」
 おどけたように笑うYの言葉に私の心は動かされていた。まったく、ズルくなったもんだ。
「せっかく地元に帰ってきたんだ。同行させてもらう」
「そうかいそうかい、そう言うと思っていたよ。早速向かおうか」
 二人してノロノロと立ち上がると、Yは桐の棚から鍵をさらに二本取り出した。
 Yの中古車に揺られること数分、Yが車を止める。
「懐かしいだろう?小学校」
 枯れたものだな。大人になってどれほど経ったのかは覚えていないが、誰もいない母校を見てもなんの感慨も湧きやしない。
「なあ、行ってみたい場所があるんだ」
「奇遇だな」
 校舎の玄関前を右へ進むと山が……いや丘がある。雑草をかき分け、林を進む。気分はまるで探検隊だ。
「ああ、あれだ」
 Yの指さす方向に大きな岩がある。その横に、歪に敷かれた細い砂利道がある。
 この道の先に、秘密の花壇がある。テントがあって、木箱の中にはビームサーベルにスーパーヒーローが。虫籠の中にはおじいちゃんの取ってくれた強いカブトムシ。テーブルみたいな丸太の上に、みんなのコップがあるんだ。ここは、合言葉がないと入れない、僕らの秘密基地。
 「ははは」
 どちらからともなく出た乾いた笑いは、すうっと溶けていく。
 「そうだろうな」
 何もないのだ、ここには。私たちは何を期待していたのやら。
 何も言わずに、道を引き返す。「お前たちの進む道はこっちじゃないぞ」とオニヤンマが私たちの足跡をなぞっていった。

7/3/2024, 6:48:23 PM