souki

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7/23/2023, 1:19:14 AM

7(もしもタイムマシンがあったなら)


その日の天気はちらほらと雲があるが晴れていて、雲の白と空の青が綺麗な気持ちの良い日だった。
彼女は珍しく取れた平日休みに気分よく散歩に出かける。
時刻は朝の九時前で、まだ朝方の澄んだ空気の気配が僅かに残っていた。後もう少し時間が経てば、ぽかぽかとした昼の陽気が感じられるだろう。
いつもならば気だるげに会社へ出勤している時間だ。だが今日は一日社会人の皮を脱ぎ、休日を謳歌する。やりたい事はいっぱいあり、散歩を終えたら今上映中の恋愛映画を見に行きその後は前から行きたかった気になるカフェに行く。それから暫く買えていなかったハマっている漫画のコミックと、最近彼女が推している小説家の新作を買いに行かねばならない。
彼女の頭はこの後の予定でご機嫌であった。

「……あれ?」

そろそろ家へ帰ろうかとしたところ。通りかかった公園の砂場の傍で子供が一人、手に持っているのは木の枝だろうか。長い棒で地面に何か描いていた。
俯いている子供、恐らく少年の顔は見えない。彼女は周りを見回して見るが親らしい大人の姿は見当たらなかった。
このままスルーしていいものか、迷う。突然知らない大人が話しかけたら怖がられてしまうかも知れないが子供が一人きりでいるのはいささか不用心だ。
彼女は迷ったが、これで何かあったと知った時目覚めが悪いなと思い足を公園内へと向けた。

「ねぇぼうや、一人?」

あっ、やっぱ不審者っぽいかも。
なるべく警戒されない様にと声を優しく出そうとして、自分で吐いたセリフにいやにねっとりとした響きを感じてしまって一人冷や汗をかいた。顔を上げた少年は不思議そうに首を傾げただけで、特別気味悪がって無いのが救いだ。

「一人だよ」
「パパかママは一緒じゃないの?」
「うん」

彼女の問いに頷き、また顔を地面に向けて何かを描く作業を少年は再開する。
板に街灯のようなものが刺さっていて運転席の様な物が板の中央にあった。
あっ、と彼女は記憶に引っかかる物があり今度は彼女が首を傾げた。少年が描いてるものは、某国民的アニメキャラクターの秘密道具。先入観ではあるが、もっとロボットや戦隊ヒーロー等を描くものではないだろうか、この歳の子は。少年は見た目的におおよそ五歳か六歳位か。

「それなぁに?」

少年の前に彼女はしゃがむと絵を指差し聞いてみる。

「タイムマシン。あったらいいなって。欲しいんだ」
「タイムマシンかぁ。未来見たいの?」
「ううん」

あの頃に戻りたいと子供が思うとは思えなかったので未来かと聞いて見たが違うらしい。彼女は独身で子供も居ないから、子供とは未知の者だ。
少年が顔を上げて公園の隣に立っている二階建てのアパートを指指した。少年の顔を見て何故だか不安な気持ちになる。子供らしくない、と思う顔。無表情で目がガラス玉の様に綺麗なのになんの情も浮かんでいない。
彼女は思わず少年から目を逸らし指差す方に目を向けた。

「あのアパートがどうしたの?」
「僕んち。パパとママ、お家でブランコしてる」
「……」

ブランコ?家の中で?

「タイムマシンで戻りたいんだ。一時間前でもいいから。そうしたら、僕も一緒にブランコ出来たかな。僕、寝てたから」

残念そうに言う少年に、彼女はゾッとした。背筋にゾワゾワとした寒気が走る。
楽しみにしていた今日の予定は叶わない。そう感じながら彼女は携帯を取り出した。

7/22/2023, 12:44:02 AM

6(私の名前)

静かな所だ。自分以外、人の影も気配も無い。

「​────……♪」

昔、男の母が好んで歌っていた曲を男は一人口ずさんだ。一人残された女が自分を置いて、逝ってしまった男を想い続ける歌詞の歌。歌詞に反してリズムは軽快で、子供の頃の男には悲しい歌に聞こえなかった。
男は思う。大人になった今なら分かった事。歌詞に反して明るいメロディーは遺された女の精一杯の空元気をイメージしていたのだと。
遺された人間が沈む気持ちのままいれば、底なし沼に沈んでいく様に身動きが撮れなくなる。だからポーズででも、平気なフリをする。貴方の居ないこの世なんてと思ってしまう心をどうにかこの世に留める為に。

「あぁ……」

でも、ごめんな母さん。俺も母さんと同じ様に、耐えられないよ。彼女は俺の唯一だから、ダメなんだ。生きていけない。
男は目を閉じる。思い起こされる、宙に浮かび揺れる母の姿。縄に首を圧迫された苦しみで、安らかとは程遠い顔。母は愛しい男に会えただろうか。自分もまた、母と同じ道を歩む。彼女は怒るだろうが、きっと彼女の事だ。最後は抱きしめてくれる筈だ。
男は袋に丁寧に濡れない処理をした遺書を足元、分かるように置いた。自分が誰かにもし発見されたら、どこの誰か分かるように書き出しは『私の名前は○○です。』にしてある。処理する警察もこれで一安心だろう。その袋を見つめながら、この先自分を偶然見つけてしまう人に心で詫びた。
男は太い木の枝にしっかり結ばれた縄の輪っかに首を通す。
今、会いに行くからね。母さん、‪‪✕‬‪‪✕‬ちゃん。
晴れやかな気持ちで、男は台を蹴って飛んだ。

7/19/2023, 1:11:22 PM

5(私だけ)


こうするしか無かった、は言い訳だろうか。
彼は自分にそう問うが、その自問自答に意味は無い。
月並みな事とは思うが、賽は投げられたというやつだった。
口にしてしまった言葉はしっかり相手に届き、その相手は動揺から視線を彷徨わせる。
自分が吐いた言葉のせいで相手の頭の中は今大混乱な筈だ。
しかし訂正するつもりはない。
私だけ知っていればいいのだ、こんなくそみたいな真実は。
この時を乗り切れば後は息をするように楽に事は運ぶ。
私にとって、この子に真実を隠し用意した嘘を信じさせる事が一番の難関だから。

「う、そだろ。なぁ、」
「残念ながら嘘じゃあないんだ。大人しく帰ってくれ。これから迎えが来るんでね……。ここにも二度と来ないでくれ。くれぐれも私の邪魔になってくれるなよ?」

ドアを締める。
今にも泣きそうであったが……、傷付けてしまったが私から離すには突き放す他ない。
そうでなければ優しいこの子は追いかけて来てしまう。
それだけは駄目だ、決して。
巻き込む訳にはいかない……私の大事な大事な子。
足音が遠ざかって行く。

「さて……」

視界が歪む。
誰に見られている訳でも無いが手早く目を拭うと、私は笑った。
どうしようも無い現実を、ついた嘘とすげ替える為に。

7/14/2023, 3:01:54 PM

4(手を取り合って)


手を差し出して頼むから、と彼は言った。泣きそうな顔で。手は小さく震えている。
差し出された手に視線を落として、それから手を差し出された男はゆっくりと首を振った。
その手を取って何より大事な……友人と一緒に逃げてしまいたい激情を露ほども表情に出さず男は困った様に笑い、今にも死んでしまいそうな顔をした彼を見返す。

「俺がやらなきゃならないなら、そうしなきゃ」
「なんでだ!」

なんで、なんて。そんなん決まってるだろ。

「俺が聞きたいわ。出来るならやりたくない、けど。そうもいかねぇじゃん」
「いやだ、俺は……」
「泣くなって〜」

とうとう泣きそうな、から泣き顔になった友の頭を撫で回しながら男は今生の別れまでの時間を少しでも焼き付けようと目を細め友から目を離さないようにする。どうする事も出来ない中で、自分に許された時間を一秒でも長く。
この世の人間には一つ、能力が与えられていた。今直面してる、世界が終わってしまう程の危機。それを唯一回避出来る能力を持っているのが友の頭を撫でる男ただ一人だった。
この世を続ける為に男の能力を使う。世界を救わねばならぬ程のそれを使えばどうなるかなんて、考えなくても分かった。
二人が暮らす国のお偉いさん方が男に頭を下げた時から男の覚悟は決まっている。つまりは世界を救う為に死んでくれという事を受け入れた。
ずっと生まれ持った能力のせいで男は一人であった。その男に出来た、唯一男に触れる事の出来る大事な人。その友がこの先、生きていく為ならば命の一つや二つ、惜しくは無かった。
頭を撫で、目から零れる夕日の光でキラキラと光る涙を指先で拭ってやる。覚悟は出来てるが遺していくことが惜しくて堪らない。自分が共に居るせいで彼もまた孤立していったのには最初から気付いていた。気付いていたが彼が自分のそばにいる事を望んでくれたから、手放せずにいた。でももう、二人ぼっちから解放してあげなければ。彼は多くの人に好かれるはずの人間なのだから。
出来る事ならこれからもずっと、手を取り合って一緒に生きて行きたかった。でも、もう、今日で終わり。
離すものかと身体全体で表すように友は抱き締めてくる。その背を宥めるように、感触を覚えておけるように撫でた。

「もし、来世があったら今度はずっと一緒に生きてくれよ」
「いやだ、だめだ今ずっと居てくれよ!俺を一人にしないでくれ、頼む、頼むよ……!」

背後で気配がする。男を使って、世界の未来を切り開く段取りを取り仕切る者達だ。お迎えの気配にこの時間の終わりを悟る。友も気付いていたが、抱き締める力は緩まず男の名を何度も呼んだ。
コイツに名前呼ばれるの、昔から好きだなぁ。
また、いつか。伸ばしてくれたその手を今度こそ掴み、手を取り合って生きていける未来を夢見て。
明るい声で、愛しげに男はさよならを告げた。


7/12/2023, 2:30:17 PM

3(これまでずっと)


「見ないようにしていた事があります」

薄暗い部屋、クリアの壁の向こう側。椅子に腰掛けた姿は特別身構えた様子もなく、リラックスしている様に見えた。
伏せていた眠た気な目を上げて、視線を向けてくる。リラックスして座ってる印象と同じ様な声で、まるで世間話をしているかの声のトーンで口を開く。

「それを自分の中でね、直視してしまったら戻れないなぁ、って分かっていたんですけどねぇ。もう潮時かなぁって。さすがに死にたくは無かったんで」

ははっ、と短い笑い声。この部屋は静かだから大きい声では無いのにとてもよく響いて聞こえた。命を二つ、この世から消し去った者とは思えない軽やかな笑い声だった。
手錠に繋がれた手の指先を合わせて親指、人差し指と順々に少し浮かせてくるくるくるくる。クリアな壁の向こうの者は指遊びをしながら続ける。

「これまでずっと、ずーっと長い事、自覚しない様に自分を誤魔化してたんですけど。エスカレートしてきたとは言え、包丁持ち出されちゃね。あーあって、もう無理だなって」

殺すしかないな、うん。

「愛されてないんだなぁ〜って、邪魔なんだなぁ〜そっかーってそう思った訳なんですよ。で、こうなる訳です」

繋がれた両手を上げて見せて、手錠を見せてくる。どこまでも原状の深刻さを感じさせない声で言うこの者の態度に背にゾッとしたものが走った。悪寒、なのだろう。
自分の両親を殺めたのに、後悔は微塵も無い。その事が態度から察せられた。殺された虐待していたこの者の両親の事は仕事柄殺されて当然だ、とは口が裂けても言えない。言えないが……。違和感を禁じ得ない。
今まで見てきた、虐げられた後に相手を手にかけてしまった。そんな者達とは何かが違う。平気なふりをした、ポーズには見えない。罪を背負った者達を多く見てきたから観察力は自信があるのにこの者は全く分からなかった。

「……その見ないようにしていた事を自覚して、何か変わりましたか?」

喉に声が引っかかってなかなか発せなかった声を、漸く絞り出した。この者は壁の向こうで、自分は安全な筈なのに、喉元に刃物を突き付けられてる気分だ。だから喉の奥が、ひくりと痙攣した。この者は笑みを浮かべているだけというのに。
パイプ椅子が硬いらしく、座り直しながら困ったように眉を下げる。

「う〜ん。さっきも言った通り、そのままですよ。親だからね、大事にしたかったんですけど。自分の子として愛してくれないって分かったというか、刃物向けられてしっかりはっきり示されちゃったので。じゃあ、バイバイ。って感じです?多分?あんまりしっかり覚えて無いんですよねぇ、余りちゃんと寝かせてくれない環境だったので」

くぁあ〜、とあくびをした。
その者の後ろで静かに調書を取る警官がじろりとその者の背中を睨んだが、その者は背中を向けているので気付かない。呑気に腕を上げて伸びまでしてみせた。
色々と聞き出さなければいけないのに、言葉が続かない。混乱していた。どう弁護したらいい。同じ事務所の面倒見のいい先輩の顔を思い出す。
私には手に負えないかも知れません……。
虐待で性格が歪んでしまったのか、はたまた、この感性は生まれ持ったものなのか。
結局、ほとんど仕事を全うする事が出来ずその者の弁護士は逃げ帰る様に事務所へ帰社する事となった。


(その者…彼か、彼女か。弁護士…どんな方か。お好きな様に当てはめてください)

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