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4(手を取り合って)


手を差し出して頼むから、と彼は言った。泣きそうな顔で。手は小さく震えている。
差し出された手に視線を落として、それから手を差し出された男はゆっくりと首を振った。
その手を取って何より大事な……友人と一緒に逃げてしまいたい激情を露ほども表情に出さず男は困った様に笑い、今にも死んでしまいそうな顔をした彼を見返す。

「俺がやらなきゃならないなら、そうしなきゃ」
「なんでだ!」

なんで、なんて。そんなん決まってるだろ。

「俺が聞きたいわ。出来るならやりたくない、けど。そうもいかねぇじゃん」
「いやだ、俺は……」
「泣くなって〜」

とうとう泣きそうな、から泣き顔になった友の頭を撫で回しながら男は今生の別れまでの時間を少しでも焼き付けようと目を細め友から目を離さないようにする。どうする事も出来ない中で、自分に許された時間を一秒でも長く。
この世の人間には一つ、能力が与えられていた。今直面してる、世界が終わってしまう程の危機。それを唯一回避出来る能力を持っているのが友の頭を撫でる男ただ一人だった。
この世を続ける為に男の能力を使う。世界を救わねばならぬ程のそれを使えばどうなるかなんて、考えなくても分かった。
二人が暮らす国のお偉いさん方が男に頭を下げた時から男の覚悟は決まっている。つまりは世界を救う為に死んでくれという事を受け入れた。
ずっと生まれ持った能力のせいで男は一人であった。その男に出来た、唯一男に触れる事の出来る大事な人。その友がこの先、生きていく為ならば命の一つや二つ、惜しくは無かった。
頭を撫で、目から零れる夕日の光でキラキラと光る涙を指先で拭ってやる。覚悟は出来てるが遺していくことが惜しくて堪らない。自分が共に居るせいで彼もまた孤立していったのには最初から気付いていた。気付いていたが彼が自分のそばにいる事を望んでくれたから、手放せずにいた。でももう、二人ぼっちから解放してあげなければ。彼は多くの人に好かれるはずの人間なのだから。
出来る事ならこれからもずっと、手を取り合って一緒に生きて行きたかった。でも、もう、今日で終わり。
離すものかと身体全体で表すように友は抱き締めてくる。その背を宥めるように、感触を覚えておけるように撫でた。

「もし、来世があったら今度はずっと一緒に生きてくれよ」
「いやだ、だめだ今ずっと居てくれよ!俺を一人にしないでくれ、頼む、頼むよ……!」

背後で気配がする。男を使って、世界の未来を切り開く段取りを取り仕切る者達だ。お迎えの気配にこの時間の終わりを悟る。友も気付いていたが、抱き締める力は緩まず男の名を何度も呼んだ。
コイツに名前呼ばれるの、昔から好きだなぁ。
また、いつか。伸ばしてくれたその手を今度こそ掴み、手を取り合って生きていける未来を夢見て。
明るい声で、愛しげに男はさよならを告げた。


7/14/2023, 3:01:54 PM