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6(私の名前)

静かな所だ。自分以外、人の影も気配も無い。

「​────……♪」

昔、男の母が好んで歌っていた曲を男は一人口ずさんだ。一人残された女が自分を置いて、逝ってしまった男を想い続ける歌詞の歌。歌詞に反してリズムは軽快で、子供の頃の男には悲しい歌に聞こえなかった。
男は思う。大人になった今なら分かった事。歌詞に反して明るいメロディーは遺された女の精一杯の空元気をイメージしていたのだと。
遺された人間が沈む気持ちのままいれば、底なし沼に沈んでいく様に身動きが撮れなくなる。だからポーズででも、平気なフリをする。貴方の居ないこの世なんてと思ってしまう心をどうにかこの世に留める為に。

「あぁ……」

でも、ごめんな母さん。俺も母さんと同じ様に、耐えられないよ。彼女は俺の唯一だから、ダメなんだ。生きていけない。
男は目を閉じる。思い起こされる、宙に浮かび揺れる母の姿。縄に首を圧迫された苦しみで、安らかとは程遠い顔。母は愛しい男に会えただろうか。自分もまた、母と同じ道を歩む。彼女は怒るだろうが、きっと彼女の事だ。最後は抱きしめてくれる筈だ。
男は袋に丁寧に濡れない処理をした遺書を足元、分かるように置いた。自分が誰かにもし発見されたら、どこの誰か分かるように書き出しは『私の名前は○○です。』にしてある。処理する警察もこれで一安心だろう。その袋を見つめながら、この先自分を偶然見つけてしまう人に心で詫びた。
男は太い木の枝にしっかり結ばれた縄の輪っかに首を通す。
今、会いに行くからね。母さん、‪‪✕‬‪‪✕‬ちゃん。
晴れやかな気持ちで、男は台を蹴って飛んだ。

7/22/2023, 12:44:02 AM