5(私だけ)
こうするしか無かった、は言い訳だろうか。
彼は自分にそう問うが、その自問自答に意味は無い。
月並みな事とは思うが、賽は投げられたというやつだった。
口にしてしまった言葉はしっかり相手に届き、その相手は動揺から視線を彷徨わせる。
自分が吐いた言葉のせいで相手の頭の中は今大混乱な筈だ。
しかし訂正するつもりはない。
私だけ知っていればいいのだ、こんなくそみたいな真実は。
この時を乗り切れば後は息をするように楽に事は運ぶ。
私にとって、この子に真実を隠し用意した嘘を信じさせる事が一番の難関だから。
「う、そだろ。なぁ、」
「残念ながら嘘じゃあないんだ。大人しく帰ってくれ。これから迎えが来るんでね……。ここにも二度と来ないでくれ。くれぐれも私の邪魔になってくれるなよ?」
ドアを締める。
今にも泣きそうであったが……、傷付けてしまったが私から離すには突き放す他ない。
そうでなければ優しいこの子は追いかけて来てしまう。
それだけは駄目だ、決して。
巻き込む訳にはいかない……私の大事な大事な子。
足音が遠ざかって行く。
「さて……」
視界が歪む。
誰に見られている訳でも無いが手早く目を拭うと、私は笑った。
どうしようも無い現実を、ついた嘘とすげ替える為に。
7/19/2023, 1:11:22 PM