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3(これまでずっと)


「見ないようにしていた事があります」

薄暗い部屋、クリアの壁の向こう側。椅子に腰掛けた姿は特別身構えた様子もなく、リラックスしている様に見えた。
伏せていた眠た気な目を上げて、視線を向けてくる。リラックスして座ってる印象と同じ様な声で、まるで世間話をしているかの声のトーンで口を開く。

「それを自分の中でね、直視してしまったら戻れないなぁ、って分かっていたんですけどねぇ。もう潮時かなぁって。さすがに死にたくは無かったんで」

ははっ、と短い笑い声。この部屋は静かだから大きい声では無いのにとてもよく響いて聞こえた。命を二つ、この世から消し去った者とは思えない軽やかな笑い声だった。
手錠に繋がれた手の指先を合わせて親指、人差し指と順々に少し浮かせてくるくるくるくる。クリアな壁の向こうの者は指遊びをしながら続ける。

「これまでずっと、ずーっと長い事、自覚しない様に自分を誤魔化してたんですけど。エスカレートしてきたとは言え、包丁持ち出されちゃね。あーあって、もう無理だなって」

殺すしかないな、うん。

「愛されてないんだなぁ〜って、邪魔なんだなぁ〜そっかーってそう思った訳なんですよ。で、こうなる訳です」

繋がれた両手を上げて見せて、手錠を見せてくる。どこまでも原状の深刻さを感じさせない声で言うこの者の態度に背にゾッとしたものが走った。悪寒、なのだろう。
自分の両親を殺めたのに、後悔は微塵も無い。その事が態度から察せられた。殺された虐待していたこの者の両親の事は仕事柄殺されて当然だ、とは口が裂けても言えない。言えないが……。違和感を禁じ得ない。
今まで見てきた、虐げられた後に相手を手にかけてしまった。そんな者達とは何かが違う。平気なふりをした、ポーズには見えない。罪を背負った者達を多く見てきたから観察力は自信があるのにこの者は全く分からなかった。

「……その見ないようにしていた事を自覚して、何か変わりましたか?」

喉に声が引っかかってなかなか発せなかった声を、漸く絞り出した。この者は壁の向こうで、自分は安全な筈なのに、喉元に刃物を突き付けられてる気分だ。だから喉の奥が、ひくりと痙攣した。この者は笑みを浮かべているだけというのに。
パイプ椅子が硬いらしく、座り直しながら困ったように眉を下げる。

「う〜ん。さっきも言った通り、そのままですよ。親だからね、大事にしたかったんですけど。自分の子として愛してくれないって分かったというか、刃物向けられてしっかりはっきり示されちゃったので。じゃあ、バイバイ。って感じです?多分?あんまりしっかり覚えて無いんですよねぇ、余りちゃんと寝かせてくれない環境だったので」

くぁあ〜、とあくびをした。
その者の後ろで静かに調書を取る警官がじろりとその者の背中を睨んだが、その者は背中を向けているので気付かない。呑気に腕を上げて伸びまでしてみせた。
色々と聞き出さなければいけないのに、言葉が続かない。混乱していた。どう弁護したらいい。同じ事務所の面倒見のいい先輩の顔を思い出す。
私には手に負えないかも知れません……。
虐待で性格が歪んでしまったのか、はたまた、この感性は生まれ持ったものなのか。
結局、ほとんど仕事を全うする事が出来ずその者の弁護士は逃げ帰る様に事務所へ帰社する事となった。


(その者…彼か、彼女か。弁護士…どんな方か。お好きな様に当てはめてください)

7/12/2023, 2:30:17 PM