7(もしもタイムマシンがあったなら)
その日の天気はちらほらと雲があるが晴れていて、雲の白と空の青が綺麗な気持ちの良い日だった。
彼女は珍しく取れた平日休みに気分よく散歩に出かける。
時刻は朝の九時前で、まだ朝方の澄んだ空気の気配が僅かに残っていた。後もう少し時間が経てば、ぽかぽかとした昼の陽気が感じられるだろう。
いつもならば気だるげに会社へ出勤している時間だ。だが今日は一日社会人の皮を脱ぎ、休日を謳歌する。やりたい事はいっぱいあり、散歩を終えたら今上映中の恋愛映画を見に行きその後は前から行きたかった気になるカフェに行く。それから暫く買えていなかったハマっている漫画のコミックと、最近彼女が推している小説家の新作を買いに行かねばならない。
彼女の頭はこの後の予定でご機嫌であった。
「……あれ?」
そろそろ家へ帰ろうかとしたところ。通りかかった公園の砂場の傍で子供が一人、手に持っているのは木の枝だろうか。長い棒で地面に何か描いていた。
俯いている子供、恐らく少年の顔は見えない。彼女は周りを見回して見るが親らしい大人の姿は見当たらなかった。
このままスルーしていいものか、迷う。突然知らない大人が話しかけたら怖がられてしまうかも知れないが子供が一人きりでいるのはいささか不用心だ。
彼女は迷ったが、これで何かあったと知った時目覚めが悪いなと思い足を公園内へと向けた。
「ねぇぼうや、一人?」
あっ、やっぱ不審者っぽいかも。
なるべく警戒されない様にと声を優しく出そうとして、自分で吐いたセリフにいやにねっとりとした響きを感じてしまって一人冷や汗をかいた。顔を上げた少年は不思議そうに首を傾げただけで、特別気味悪がって無いのが救いだ。
「一人だよ」
「パパかママは一緒じゃないの?」
「うん」
彼女の問いに頷き、また顔を地面に向けて何かを描く作業を少年は再開する。
板に街灯のようなものが刺さっていて運転席の様な物が板の中央にあった。
あっ、と彼女は記憶に引っかかる物があり今度は彼女が首を傾げた。少年が描いてるものは、某国民的アニメキャラクターの秘密道具。先入観ではあるが、もっとロボットや戦隊ヒーロー等を描くものではないだろうか、この歳の子は。少年は見た目的におおよそ五歳か六歳位か。
「それなぁに?」
少年の前に彼女はしゃがむと絵を指差し聞いてみる。
「タイムマシン。あったらいいなって。欲しいんだ」
「タイムマシンかぁ。未来見たいの?」
「ううん」
あの頃に戻りたいと子供が思うとは思えなかったので未来かと聞いて見たが違うらしい。彼女は独身で子供も居ないから、子供とは未知の者だ。
少年が顔を上げて公園の隣に立っている二階建てのアパートを指指した。少年の顔を見て何故だか不安な気持ちになる。子供らしくない、と思う顔。無表情で目がガラス玉の様に綺麗なのになんの情も浮かんでいない。
彼女は思わず少年から目を逸らし指差す方に目を向けた。
「あのアパートがどうしたの?」
「僕んち。パパとママ、お家でブランコしてる」
「……」
ブランコ?家の中で?
「タイムマシンで戻りたいんだ。一時間前でもいいから。そうしたら、僕も一緒にブランコ出来たかな。僕、寝てたから」
残念そうに言う少年に、彼女はゾッとした。背筋にゾワゾワとした寒気が走る。
楽しみにしていた今日の予定は叶わない。そう感じながら彼女は携帯を取り出した。
7/23/2023, 1:19:14 AM