人生は同じことの繰り返しで作られている。
きっと明日も、平凡で単調な日常が繰り返されるのだろう。
変わらない退屈な日常をぶっ壊す出来事が起こればいい。
……そんなことを呪詛するように願っていた罰が当たったのかもしれない。
私は車にはねられ、あっけなく死んでしまった──
と、思った。
気がつくとそこは病室……だったらどんなによかっただろう。
気がつけば私は牢獄に囚われていた。
これは一体どういうことだ?
無論、考えてもわかるはずがない。
もしや、死んだことで異世界転生でもしたというのか?
そんな馬鹿な……漫画じゃあるまいし。
牢獄は重たい静寂が取り巻いており、どうやら虜囚は私しかいないようであった。
このどうしようもない状況に途方に暮れている時であった。足音がこちらに近づいてくる気配を感じた。
さて、足音の主は私にとって敵になるのか、味方になるのか……。
考えるまでもなく、絶対に味方であってほしい。私は思いつく限りの神仏に全力で祈りを捧げる。
ただ、もし味方であっても、平凡で単調な日常は帰ってこないだろう。
きっと明日も……そんな風に考えていたことが、遥か昔のことのように感じられた。
テーマ【きっと明日も】
時刻は深夜と呼んで差し支えない時間帯になっていた。
「何も起こらないじゃないか……」
思わずこぼれた独り言が、静寂に包まれた部屋の中で虚しく空に溶けた。
先日、引っ越したばかりの友人宅で、夜毎怪現象が起こるというので、それを確かめるために見張り番をしている最中だ。
友人の話では22:00くらいになると窓を叩く音がするのだという。
ただしここはアパートの2階。そしてバルコニーはない。
つまり、誰かが外から窓をノックする──という可能性は限りなく低く、友人はそれを怪現象と捉え、怯えているというわけだ。
22:00はとうに過ぎているが、それらしい怪音はしないし、他に怪しい現象もない。
多分ノック音というのは、間抜けな甲虫かなんかが窓に激突して発せられるものなんだろうと考えている。
というのも、このアパートが建つ場所はかなり自然豊かだからだ。当然、そこを住処にしている虫はかなり多い。
怪現象など起こらないし起こる気配も感じられない。
部屋は深々とした静寂に包まれたままだ。
深夜ということもあって眠気を感じる。
馬鹿馬鹿しいと心で悪態をつき、照明を消そうとリモコンに手を伸ばした時であった。
押し入れから何やらごそごそと蠢くような音が聴こえてきた。
ネズミ……だろうか?
しかし音の感じから察するに、ネズミよりも大きなものが蠢いている気配がする。
正体を暴くべく押し入れの襖に手を伸ばすが、果たして開けてしまっても大丈夫なのか。
もしもその正体が変質者などであったら危険だ。
さすがに身の危険を感じ、この部屋から離れようと判断する。
玄関に向かおうと押し入れに背を向けた直後だ。
ゆっくりと押し入れの襖が開く音がした──
テーマ【静寂に包まれた部屋】
別れ際、互いの声は踏切警報音で掻き消され、届くことはない。
あなたはきっと愛に満ちた言葉を私に伝えていることだろう。
けれど私は毒を含んだ呪いの言葉をあなたに向けている。
あなたのことは愛している。
きっとあなたが私を愛する以上に。
けれど、愛することと憎むことは切り離せない。
愛情と憎しみ──これらは常に表裏一体だ。
だから互いの声が聴き取れないこの別れ際の瞬間で、私は深い愛の裏に隠れたささやかな憎しみを、あなたにぶつけているのだ。
テーマ【別れ際】
山の天気は変わりやすいとはよく言うが、まさかここまで悪天候に見舞われるとは予想外であった。
ぽつりぽつりと雨が降ってきたと思えば、バケツをひっくり返したような豪雨へと変貌した。
容赦なく全身に叩きつけられる雨粒の威力は思いの外凄まじく、痛みすら感じるほどだ。
また間断なく降る雨粒が目隠しとなって視界が非常に悪くなったのは、何より大きな痛手であった。
山頂を目指すよりも脇道に逸れた方が賢明だろうと判断し、目についた藪道を突き進んでいく。
藪道は思ったよりも浅く簡単に通り抜けてしまった。それと同時に豪雨はその勢いを急速に失い、やがて何事もなかったように止んだ。
通り雨で助かった、と安堵するのも束の間、目の前に現れたのは豪奢だが不気味な雰囲気を放つ洋館の姿。
トンネルを抜けると雪国であった──という書き出しが有名な小説のタイトルはなんだったろうか。
もしも、通り雨が抜けると怪しい洋館が聳えていた──という一節で始まる小説があったならば、どんなタイトルが相応しいだろうか──?
あまりにも異様な光景を前にしたせいなのか、そんな取り留めのない思考が浮かんだ。
テーマ【通り雨】
「わあ、なんか年々仮装のクオリティ上がってない?」
「来年はあたし達も仮装してみようか」
「仮装しなくても、お前ならそのままでイケると思う」
「ちょっと、それどういう意味!?」
10月31日──ハロウィン。
日本にはあまり馴染みのない行事であったが、最近ではすっかり市民権を得た秋のイベントだ。
「それにしてもすごい人だねー。はぐれないように気をつけないと」
そんな風に言ってるそばから、気がつくと私は一人だった。つまり迷子になったのだ。
仮装する者、私達のように見物するだけの者、それらが入り乱れており、とても仲間達と合流できそうにはない。
群衆から離れ、仲間達にLINEを送ることにする。
メッセージを打ちながらふと思う。
そういえばハロウィンは、西洋のお盆みたいなものだとか……。
お盆──死者の魂が現世に戻ってこられる日。
もしかすると仮装している人達の中に、死者の魂が紛れ込んでいたりして──
やだ、突拍子もない妄想しちゃった。
そう自嘲した時であった。
『そうだよ、よくわかったね──?』
男とも、女とも、子供とも、大人とも、判然しない声で答えられた。
驚いてスマホの画面から顔を上げ、私は辺りを見回す。
けれど、怪しい人物の姿は特に見当たらなかった。
テーマ【秋🍁】