私の部屋には、カレンダーがない。
それに、時計だってない。それは勿論、スマホがあるから必要ない、っていうのもあるけれど、大体の理由は見る必要が無いからっていう感じ。
朝、アラームの音で起きる。
まず初めに絶望から始まる朝。いつも通りの何ら変わらぬ日常が始まる音、生きなければいけない音で私はいつも起こされる。それから、バイトがあるかないか、それだけを頭で考えている。日々の数え方は出勤か休みかで大体振り分けているから、日にちも曜日も私には必要がなかった。
バイトがある日は、ご飯を食べて用意をして出勤をする。そしたら、終わりまでは時間なんて見る必要が無い。
バイトがない日は、一日を無駄にして終わる。寝転んでスマホを弄ったり、丸一日寝ていたり。そんで、夜に近づくにつれ、一日を無駄にした自分への自己嫌悪で死にたくなる。
真っ暗な部屋で、ただ出勤日のことを考える。
だから、私にはカレンダーも時計も必要がなかった。
真っ暗な部屋で、何もせず寝転んで。
下のリビングから聞こえる家族の笑い声で死にたくなる。そしたら、なぜだか涙が出るから、あまりにも醜くてまた死にたくなる。
生きたくない訳では無いのだ、けれど死にたくない訳でもない。楽に死ねるなら、それはとても幸せな事だと思うし、もし目の前に楽な死がぶら下がっていたら私は、迷わず掴みかかるだろう。
生きる目標がない訳では無い。死にたい理由がある訳でもない。強いて言うならば、面倒くさいのだ。
この先ずっと、何かに怯え、恐れ、傷付くのも、幸せでいるのも、仕事をするというのも、誰かと一緒に生きるというのも、面倒くさいのだ。
きっと、もっと、偏屈で無ければ、上手いこと生きる理由を見つけて、したいことを見つけて、それに向かって全力になれただろう。
だけれど、私にはその才能が無かったらしい。
生きるのにも才能がいる。努力をするのにも、才能がいる。集中をするのにも、才能がいる。
人間として生まれた時に、付属されるはずだったその初級の才能にも私は恵まれなかったらしい。
言い訳だとか、屁理屈だとか、頑張らない君が悪いと、散々言われたけれど、文字を読む時に同じ場所を3回くらい読んで進まないのも、読んでいるはずなのに何一つ理解が出来なくて、何を読んだのかさえ忘れてしまうのも、人の言ったことを1回で理解できないのも、私が悪いというのか。
私が悪いと言うんだろう。多分きっと、私が全部悪いんだろう。
「君は人の足を引っ張るつもりか」
そう中学の先生に言われたことを思い出した。きっと、足を引っ張っていたのだろう。生きているだけで、人の足を引っ張ってしまうんだろう。何が悪いのか分からない、そんな私の頭が悪いのだ。
そういう、全てを悲劇のヒロインかのように語ってしまうのも、また私の悪さだと思う。
けれど、そうしていないと誰の記憶にも残らないから、足掻いてしまう。
人生は、やりようだと思う。
バカな所は愛嬌で、平凡さは痛い悲劇のヒロインで、記憶力の無さは全てをどこかに記録する。本を読む時は、読む、というよりも眺めることにして、何かに置き換えて、そうやって補って生きていくことにした。
けれど、やっぱりカレンダーも時計も、私には必要がなかった。
カレンダーに書かれた過ぎた日を表す✕印は、沢山の自分が死んだ様にも見えた。まだ描かれてない日を見ると、まだこんなにも私を殺して行かなければならないと、絶望するから。
時計もそう、もうこんな時間って思う度に、自己嫌悪で死にたくなる。
だから、私は一生自分の部屋に、カレンダーも時計も置くことは無いと思う。
そう思いながら、私は真っ暗な部屋で目を瞑った。
──────
いつか消します。全て。
希死念慮が強すぎてそっちに引っ張られました。すみません。昨日から、何も思い浮かばないのです。言い訳です。
私の唯一の才能は、言い訳を見つけるのが上手いことだと思います。中学の先生に言われた言葉は、割と的を得ていたと思うし過去の自分が私は誰よりも嫌いです。
きっと沢山の人の時間を無駄にしていたから。
今は少し変わったと思うし、これからも徐々に変えようとしてるんです。でも、今更だなとも思います。どれだけ変わったって、謝ったってそれを見てくれる人がもう周りには居ないから。言われる内、興味を持たれてる間が花なんですよ。本当に。
悲劇のヒロインぶるのは、得意です。
悲観的に見るだけで簡単になれるから、誰でもなれる唯一のヒロイン枠なんですよ。私に王子様は必要ありませんけど。
カレンダーは、部屋にあったって捲るのが面倒くさくなって結局私の部屋だけずっと同じ月になるんです。そしたら、年が変わるんです。私の時間も日付もずっと止まってるんです。きっと
世界に一つだけの、心臓を持っている君がとても羨ましいと思った。
君の心臓は、ダイヤモンドで出来ている。だから、長生きは出来ないと笑っていた。
それでも、私は君がとても羨ましかった。
中途半端な悲劇では、大層な悲劇には叶わない。
それを私は君で学んだ。私がどれだけ苦しんでいても、ダイヤモンドを抱えた長生きの出来ない、まるで高価な可哀想とさえ言われた君は、常に周りから優しくされていた。
私が例え、大熱を出して寝込んでいたとしても、周りの皆は君の方へ心配を持って行くから、次第に苦しくても目を瞑り耐えるようになった。
私から、周囲の心配を奪ったのは君だった。
だけど、唯一私に心配を与えたのも、また君だった。
君は、優しく美しくとても静かな少女だった。ほんの数十年生きただけの少女だった。
世界に一つだけのダイヤモンドの心臓を持っていただけの、私と何ら変わらぬ少女だった。
悲劇の舞台の主人公に選ばれただけの、可哀想で可愛い少女。
羨ましく、妬ましい。嗚呼、本当にその役が羨ましい。
そんな私を知らぬのか、君は綺麗に笑っていつも言う。
「私がもし、死んでしまったら。君にこの心臓を上げるよ。」
その言葉を聞く度に、私の心臓が、まるでダイヤモンドになって。そしてひび割れたように、ピシリと痛む。
終わりの近くなったあの夏。
殆どがダイヤモンドで埋め尽くされた君の心臓が、そろそろ本格的に宝石になろうとしていたあの夏。君がまた、同じ言葉を吐いた。なんだか、本当に最後の言葉のように聞こえたから、私も最後の返答のように、
「ダイヤモンドの心臓なら、他にもっと、欲しい人がいるんじゃない?世界一の大富豪とかもきっと、大金叩いてでも欲しがるよ」
なんて、ちょっと嫌味を含んだような言い方で返してしまった。少し間違えた、と思ったけれど、言ってしまったことは仕方がない、と言い聞かせ君を見た。そしたら君は少し、目を見開いてそれから、また何時ものように綺麗に笑った。
だから、少しだけ驚いたし、嫌な予感もした。
「あのね。私貴方が、私を羨ましがってること知ってるよ。」
少しの沈黙の後に、君がぽつり零したその言葉に私は全身の血の気が引いていくのが分かった。口が乾き、唾ばかり飲む。手足は冷たくなっていくのに、体は心臓そのものになったかのような熱くなっていくばかりだった。
私の醜い思いが、君に知られていた。その事実は、私には受け入れ難いものだった。確かに、羨んでいた。妬んでいた。けれど、その思いを君には知られたくなかったから。
「貴方は、本当に優しいね。」
床を見続け、黙り込んだ私に何も言わずそのまま君は話し続けた。優しいなんて、1つも当てはまらないような言葉を私に向かって吐き出すから、泣きそうになった。
裏では君を羨み、妬み、可哀想だなんて言う、
「こんな私の、どこが優しいっていうの。」って押し出した声が少し震えていて、それがまた情けなくて泣きそうになった。
「私の心臓は、ダイヤモンド。そして、周りの人達からの私への価値は、きっとそのダイヤモンドでしかなかった。あの人達が心配するのは、私の心臓だけ。私本体になんてちっとも興味無い。きっと、私を宝石を入れる宝石箱か何かだと勘違いしてるのよ。」
馬鹿にしたような顔で笑い、綺麗な黒髪に指を絡ませる君は確かにいつもと変わらぬ少女だったけれど、どこが私の知らない女性でもあった。
私の羨み、妬んだ少女は、私の知らぬ所で必死に戦い自分を受け入れていたのだと、その時初めて知った。
「でもね、貴方は違ったでしょう?私自身を羨み、妬んでいた。私自身を羨ましがった。けれど、決してその事を私には分からせないようにした。」
そう。それが醜い私のしてきたこと。
友達だと何度も思ったこの頭で、思った醜い言葉たち。
未だ口が乾き、唾ばかり飲み込む私に何を言うでもなくただ話し続ける君に対して、積もった数々の悪意。
「私、それが本当に嬉しかったの。心臓を通してだとしても、私自身をちゃんと見てくれたから。宝石箱なんかの、私を。羨み、妬んで、でも、その事を隠し通した!だから、私本当に嬉しかったの。貴方よりも早く死ぬのに、私の気持ちを考えて隠し通した。」
違う、違うよ。
「私は、そんな優しい人じゃない。心の中では、君をもっと、酷く思っていた。醜い私を優しいと思うのは、君の心が優しいからだ。」
ぽろぽろと涙を流しながら、出した言葉は汚く醜い形をしていたと思う。それでも君は、嬉しそうに笑うから、私はますます涙を流した。
「私だって醜いのよ?この位置を欲しがる貴方に気付いてから、周りの心配を独り占めし始めたのもの。あのね、貴方みたいな人は沢山居たわ。でも、隠そうとしたのは貴方だけ。口にしなかったのは貴方だけなの。」
「私だけ、?」
「そう。みーんな、「羨ましい」だとか、「ダイヤモンド売れば金儲けできるし良いね」だなんて、軽々しく口にする。私も生きているってこと忘れたみたいに。
でも、貴方はただ友達のように居てくれた。だから、貴方は優しいのよ。」
電気のつかない部屋の中で、ただ夕日の暖かさのみで照らされた君は、美しかった。綺麗な宝石を入れる宝石箱は、宝石に劣らない美しさを持っていなければならないんだよ、と心の中で思ってしまう位に、とても美しかった。
君が多分とっても綺麗だから、だから世界で一つだけの心臓は君を選んだのだろう。
「君は、綺麗だよ。多分、そのダイヤモンドが無くたって。」
私は君を羨み妬んでいたけれど、それと同時に愛していた。
唯一を持つ、唯一の人だからっていうのも、あるけれどそのダイヤモンドを持っていても決して劣らない美しさがあったから。
「あら、ならただの宝石箱の私を綺麗だと思うのは、貴方の心が綺麗だから、ね?」
なんて、意地悪な顔をして言うから、何故かとても面白くなってしまって2人してくすくすと笑い合った。
その2週間後に、君は眠るように死んでしまった。
残念そうに話す大人達を見て後から知ったのだけれど、どうやら、君が死んだ後に宝石は全て粉々になってしまったらしい。
宝石箱のない宝石は、ただ、行き場をなくし崩れるしか無かったと理解した人は私だけだったから、優越感で満たされてしまった。醜い私、だけれどきっとこんな私でも君は優しい人、と言うのだろう。
世界に一つだけの心臓に選ばれた君。皆にはそう思われてるかもしれないけれど、きっと本当は、世界に一人だけの君に、選ばれた心臓だったのだと思う。
────────
迷走です。
愛というのは、多分人を狂わせるのです。きっと、この物語の2人も狂っていたんだと思います。共依存、とでも言うのでしょうか。だけれど、愛というのは人の数だけ形を成すので。きっとこれはハッピーエンドなのですよ。
心の中は、自由でいていい。けれど、口に出してしまった言葉は二度と戻せない。だからこそ、口に出すか出さないかっていうのは、結構な違いがあるんです。
裏で何を言っていても、私の前の相手だけを信じる。きっと、目の前の相手も全て嘘って訳じゃないと思うので。
心の中までは、他人ではどうにも出来ないんですよ。自分じゃなければ変えられない。だから、放っとくんですよ。他人の心の中まで、関与しない。
だって、しょうがないから。
同じ人間な訳じゃない。全く同じなんてものは存在しない。だから、目の前の相手だけを愛してみるんです。
私も、相手によって見せる自分を変えています。それは、嘘や演技って訳じゃなくて相手と付き合いやすい自分を、自分の中から見せる部分を選んで見せているだけなんです。
どれも全て自分だから。
物語で、「私の心臓を貴方にあげる」なんて言ったのに、最後に粉々になったのは、私側が宝石箱だと自称する彼女を丸ごと愛していたと彼女に伝えたからです。だから、私側が愛した自分のまま、ということです。
好きな人を目の前にすると胸の鼓動が早くなる。
其れを、私は体験したことがない。
いや。其れは嘘だけれど、だけれど百全て嘘という訳では無い。
私は人を好きになれないし、好きになられない。
昔はそうでは無かったと思う。人並みに恋をした、というか人よりも沢山多く恋をしていた。目を合わせて笑顔で挨拶をされるだけで、簡単に恋に落ちるような人間だった。単純な女だった。
今では其れは、人間としての好きだと理解はできるのだけれど、昔の私は其れが分からなかったようで、私はこの人の事が好きなんだ、と心の底から思っていたように思える。
それが変わったのは、同級生たちが大学生になった頃だっただろうか。いや、高三辺りだっただろうか。でも多分その辺り。
いきなり好きが分からなくなった。
好きだと思ってた相手からも、好意の片鱗を向けられると吐き気と嫌悪感がした。(世間では蛙化現象というのらしい。)
前までは輝いていた、人様の笑顔もただ人間性が素晴らしいなと思うくらいまでには落ち着いて、そこはまあ、良かった部分だとは思うけれど。
でも、やっぱり人に対して恋愛的な好きを抱くことが、出来なくなっていた。
私に対して、返す好きがある人に。
私の好きは、多分結構面倒くさい。
簡単に好きになるような単純な女だと思うから。今でも、私に返す好きがない人を極稀に好きになる時がある。大体、同性だったり、婚約者がいたりそういう人だったりする。
勿論、眺めるだけで数日経つと忘れていたりする。そんな、簡単な好きを私は沢山持っていた。
人を本気で好きになったことがない、というのが私にピッタリな言葉なんだと思う。本気で好きになったって、得られるものは吐き気と嫌悪。ならば、本気で好きにならない方がお互いにとって幸せだと、気付いただけなのだ。
私は可哀想な女なんかじゃない。
胸の鼓動は多分一生早くはならないけれど、常に一定のリズムで歩いてる。それが、なんだか私らしい。
─────────
私の話です。休憩時間に書いてるので、変な部分もあるかもですが。
恋をするのは苦しいです。どうしても、好きになれないと理解して、受け入れているから。
でも恋をします。それが、他の人とは違う形でも。生きているからには。
まあでも最近は、人間に恋するのも出来ないですが…。
無機物や、過去の歴史人物、そんなものばかり好きになります。直近で言うと、歩行者用の信号機の中にいる赤い人です。心惹かれますね、赤いものは。
暑い夏の中。セミの大合唱を聞きながら、緑を灯した木々の間を踊るように歩いた。歌でも口遊たい気分だ。
きっと今ここで歌を口遊み踊ってみたら、とても気分がいい事だろう。だけども、私は少し考えて止めておいた。歌ったってきっとセミの大合唱には勝てっこないから。
群青色の空に、ふわふわもこもことした白い雲。夏だって一目見てわかるこの夏の空。私は少し苦手だったりする。暑さやられている頭では、この空は眩しすぎてくらくらしてしまうから。でも、涼しい部屋の中で見るこの空は、美術館で見る美しい絵画のように見えてとても好きだったりする。つまりは、環境によって見え方、好き嫌いが変わったりするのだ。全く我ながら都合のいい人間である。
でもきっと、この世は人の都合の良さで成り立っている。
そうした、ちょっとした都合の良さでズレている部分を治す。欠けたパズルのピースを同じ形のピースで代用するかのような、そんなちょっとした狡い都合。
私は今日もそんな狡い都合を愛して、生きている。なんて言うと少し恥ずかしいような気持ちになってしまうけれど、これも夏の暑さのせいなのだ。
セミの大合唱に合わせて少し体が揺れる。やっぱり少し踊ってみたくなった。本当に都合がいい人間だと思うけれど、そういう所も愛くるしい。
たらったたった、なんて少し口遊ながら少し足だけで踊ってみる。
そうしたら、緑を灯した木々たちがまるでペンライトを降るようにさわさわと揺れるから、なんだか気分が良くなって、手で足で服でさえも踊り出してしまった。
嗚呼、とても心地がいい。
都合の良さもきっと愛すべき部分。そんな事を気付けた私は多分1番都合のいい人間。
だけども、それも何故か心地いいから、大合唱にそれから、さわさわと揺れるペンライトと共にずっと踊るように、いいや。踊って並木道の下を歩いた。
────────
熱が下がらないです。
自分がよく書く、桜、海、夜、星、薄暗さを全て封印して書いてみました。やはり、実話と関連するように書かなければ上手く行きませんね。でも個人的には、好きです。太陽のような力強い暖かさでなくとも、木漏れ日のような温かさはある…ような気がするので。
そういえば、太宰治の女生徒を読んでみました。私はこの人の作品に好意と同情と共感を少しばかり。
私に考えがよく似ている、と言えば自分を買い被りすぎるけど、既視感とかそんな感じですね、多分。
作品に共感すると、その作品と自分を同一化してしまう癖がよくあるので、話し方とか書き方とか、なんだか少し似たような気がして恥ずかしいですね。いや、それこそ自分を買い被りすぎか。
まあでも、そういう自分を買い被ったり自分に都合のいいように辻褄を合わせたりするのは、楽に生きる中でも結構大切だったりします。人を傷付けない自分の中の都合の良さで、沢山何かを愛してみたいですね。
時を告げる人の声が聞こえた気がした。
「終わりの時間だよ」って、嬉しそうな声で残酷なことを告げる人の声が。
そうかい。もうそんな時間なんだね。と心の中で1人呟いてから
体を起こした。まだ薄暗い、冬の朝の事だった。
「もう終わりの時間なんだね。」
思ったよりも早く訪れた終わりを、あっけらかんとした顔で私を見つめる彼を、目の端で捉えながら受け入れる準備をした。
「予定よりも少し早まったみたい。」
マフラーを巻きコートのポッケに手を突っ込みながら話す彼に合わせて白い息がふわふわと出ていた。心做しか何時もより頬の色が可愛い気がする。終わりには随分と不似合いな可愛さだ。
「ふぅん。まあ、早かれ遅かれ終わりは来るのだし、甘んじて受け入れようじゃないか。」
肌を刺すような風に、ぶるぶると体を震わせながら私達が歩く度に鳴き声をあげる雪を躊躇なく踏み歩いた。
終わりは終わりなのだ。例外は無い。
この惑星が消滅する、というニュースが出たのは2ヶ月前。
巨大な星に衝突されついでに同じ時期に太陽が爆発する、という最悪に最悪を重ねたような話を、ニュースキャスターが何を考えてるのか分からない表情で淡々と語っていた。
困惑、絶望、疑い、全てが入り交じった人々の中を私は踊り出しそうな足取りですり抜けていった。終わりが怖い、という感覚は私には無かったから。
人は何時か死ぬ。ただ、その終わりが皆同じになっただけなのだ。
昔、僧侶に聞いたことがある。
「人の死は決まっている。」と。人の重さに耐えられないような紐で首を括った人も、その日に死ぬと決まっていたならば死ぬのだと。
事故が起きる電車に乗る予定だった人が直前で予定変更になり助かるのも、その日が死ぬ日ではなかっただけ。と。
微笑みを浮かべる口から吐き出された言葉は、まだ子供だった私には衝撃的だったが今後の人生への考え方が変わった瞬間だった。
死は誰にでも訪れる。
それは生を受けたものに訪れる日常の一つであり唯一の平等。
恐怖という感情を持って生まれてしまったからには、死へ恐怖を感じるのは致し方がないと思う。きっと、私だって死ぬ直前になれば怖いだとか、後悔だとか、色んな物が溢れるかもしれない。
けれど、その怖いも後悔も「ま、これくらいならいいか!」って笑ってお終いに出来るようにしたいのだ。
何時訪れるか分からない死よりも、訪れると分かる死の方が幾分か心が楽で、何をしたいかと自分に問うことができる。
この2ヶ月間、私の隣で歩く彼と沢山したいことをした。
冬の時期に咲く桜を見に行き、互いに飲めないお酒を呑みふらふらになりながらも笑いあった。
広い空に広がる満点の空を見に行き、流れ星を見つけはしゃぎあった。
全て、終わりを理解したから出来た事だった。
「楽しかったね」
ぽつり、小さく零した。
「そうだね。」
彼が雪を見ながら、笑う。
「じゃあ、終わりの時間にしたいこと、しに行こっか。」
その言葉が、私たちの終わりの時を告げる合図だった。
白い雪を私達の靴で汚しながら歩いた。まるで、生きていた証を刻むように。
ポッケに入れたスマホから、けたたましい音が鳴る。
きっと、もうそろそろ巨大な星がこの惑星に抱きつきにくるのだろう。熱烈な求婚だこと。もう少し相手の気持ちを考えた方が良いよなんて、馬鹿なことを考えながら廃れたフェンスを乗り越えた。
「ねぇ。終わりの言葉みたいなの決めない?」
なんだかこのまま終わりだなんて寂しくて、と付け足して言うと彼も「同じこと考えてた。」って言うから、2人してくすくすと笑った。
「じゃあ、こんな世界クソ喰らえにしようかな。」
「あ、いいね!それ。私も同じにしちゃお。」
頭上にキラキラと光る星が流れていく。最後に見る景色がこんなにも美しい景色なんて、私は恵まれているな。だけども、もっと生きたかったな。春に咲く桜も、真夏の向日葵も、秋の紅葉ももっとちゃんと見たかったなぁ。
隣にいる彼と、手を繋ぐ。
私達は今から海へと飛び込む。
2人だけの平等を、選びたかったから一足先に終わりを選んだ。
高い崖から眺める海はとても広くて、水面に反射する巨大な星を美しさも残酷さも包み隠さず写していた。
「じゃあ、行こっか。」
「うん。」
背中から翼がはえたのかと思った。
きっと私達は恵まれている。自分たちで例外のない終わりを選べたから。少しの恐怖は、彼と繋いだ手で。少しの後悔は、この美しい景色で、帳消しにしてやろう。こんなもので帳消しになるもんだから、笑い話に決まってる!
おかしなくらい笑顔になった私は落ちていく中、彼と向き合った。
「「こんな世界クソ喰らえ!」」
───────
ハッピーエンドです
死は誰にでも訪れます。私にもあなたにも。
怖いと思うことすら、勿体ないけれど。感情を持ち生まれた以上怖がることは仕方ない。からこそ、終わる時には「まあこんなもんならいいか」って笑っちゃてる位には良い人生にしたいですね。
死を拒むことは如何なる偉人でも出来ない。後悔のない死なんて多分きっと誰にも訪れない。けれど、後悔を帳消しに出来るものがあるならそれは、多分自分の中で最高に幸せな終わりなんだと、思います。
因みに、力不足で書けなかったのですが、他の人間達はきっと戸惑いながらも終わりを受け入れていつも通りの日常を過ごすんだと思います。子供を産んだり、ご飯を食べたり、テレビを見たり、漫画を読んだり。宿題してる子なんていてもいいですよね。きっと、キスをして「行ってきます」って言うんだと思います。