のねむ

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時を告げる人の声が聞こえた気がした。
「終わりの時間だよ」って、嬉しそうな声で残酷なことを告げる人の声が。
そうかい。もうそんな時間なんだね。と心の中で1人呟いてから
体を起こした。まだ薄暗い、冬の朝の事だった。


「もう終わりの時間なんだね。」
思ったよりも早く訪れた終わりを、あっけらかんとした顔で私を見つめる彼を、目の端で捉えながら受け入れる準備をした。

「予定よりも少し早まったみたい。」
マフラーを巻きコートのポッケに手を突っ込みながら話す彼に合わせて白い息がふわふわと出ていた。心做しか何時もより頬の色が可愛い気がする。終わりには随分と不似合いな可愛さだ。

「ふぅん。まあ、早かれ遅かれ終わりは来るのだし、甘んじて受け入れようじゃないか。」
肌を刺すような風に、ぶるぶると体を震わせながら私達が歩く度に鳴き声をあげる雪を躊躇なく踏み歩いた。
終わりは終わりなのだ。例外は無い。



この惑星が消滅する、というニュースが出たのは2ヶ月前。
巨大な星に衝突されついでに同じ時期に太陽が爆発する、という最悪に最悪を重ねたような話を、ニュースキャスターが何を考えてるのか分からない表情で淡々と語っていた。
困惑、絶望、疑い、全てが入り交じった人々の中を私は踊り出しそうな足取りですり抜けていった。終わりが怖い、という感覚は私には無かったから。
人は何時か死ぬ。ただ、その終わりが皆同じになっただけなのだ。

昔、僧侶に聞いたことがある。
「人の死は決まっている。」と。人の重さに耐えられないような紐で首を括った人も、その日に死ぬと決まっていたならば死ぬのだと。
事故が起きる電車に乗る予定だった人が直前で予定変更になり助かるのも、その日が死ぬ日ではなかっただけ。と。
微笑みを浮かべる口から吐き出された言葉は、まだ子供だった私には衝撃的だったが今後の人生への考え方が変わった瞬間だった。
死は誰にでも訪れる。
それは生を受けたものに訪れる日常の一つであり唯一の平等。

恐怖という感情を持って生まれてしまったからには、死へ恐怖を感じるのは致し方がないと思う。きっと、私だって死ぬ直前になれば怖いだとか、後悔だとか、色んな物が溢れるかもしれない。
けれど、その怖いも後悔も「ま、これくらいならいいか!」って笑ってお終いに出来るようにしたいのだ。
何時訪れるか分からない死よりも、訪れると分かる死の方が幾分か心が楽で、何をしたいかと自分に問うことができる。
この2ヶ月間、私の隣で歩く彼と沢山したいことをした。
冬の時期に咲く桜を見に行き、互いに飲めないお酒を呑みふらふらになりながらも笑いあった。
広い空に広がる満点の空を見に行き、流れ星を見つけはしゃぎあった。

全て、終わりを理解したから出来た事だった。



「楽しかったね」
ぽつり、小さく零した。

「そうだね。」
彼が雪を見ながら、笑う。


「じゃあ、終わりの時間にしたいこと、しに行こっか。」

その言葉が、私たちの終わりの時を告げる合図だった。
白い雪を私達の靴で汚しながら歩いた。まるで、生きていた証を刻むように。
ポッケに入れたスマホから、けたたましい音が鳴る。
きっと、もうそろそろ巨大な星がこの惑星に抱きつきにくるのだろう。熱烈な求婚だこと。もう少し相手の気持ちを考えた方が良いよなんて、馬鹿なことを考えながら廃れたフェンスを乗り越えた。

「ねぇ。終わりの言葉みたいなの決めない?」

なんだかこのまま終わりだなんて寂しくて、と付け足して言うと彼も「同じこと考えてた。」って言うから、2人してくすくすと笑った。
「じゃあ、こんな世界クソ喰らえにしようかな。」
「あ、いいね!それ。私も同じにしちゃお。」

頭上にキラキラと光る星が流れていく。最後に見る景色がこんなにも美しい景色なんて、私は恵まれているな。だけども、もっと生きたかったな。春に咲く桜も、真夏の向日葵も、秋の紅葉ももっとちゃんと見たかったなぁ。
隣にいる彼と、手を繋ぐ。
私達は今から海へと飛び込む。
2人だけの平等を、選びたかったから一足先に終わりを選んだ。
高い崖から眺める海はとても広くて、水面に反射する巨大な星を美しさも残酷さも包み隠さず写していた。


「じゃあ、行こっか。」
「うん。」


背中から翼がはえたのかと思った。
きっと私達は恵まれている。自分たちで例外のない終わりを選べたから。少しの恐怖は、彼と繋いだ手で。少しの後悔は、この美しい景色で、帳消しにしてやろう。こんなもので帳消しになるもんだから、笑い話に決まってる!
おかしなくらい笑顔になった私は落ちていく中、彼と向き合った。




「「こんな世界クソ喰らえ!」」







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ハッピーエンドです


死は誰にでも訪れます。私にもあなたにも。
怖いと思うことすら、勿体ないけれど。感情を持ち生まれた以上怖がることは仕方ない。からこそ、終わる時には「まあこんなもんならいいか」って笑っちゃてる位には良い人生にしたいですね。

死を拒むことは如何なる偉人でも出来ない。後悔のない死なんて多分きっと誰にも訪れない。けれど、後悔を帳消しに出来るものがあるならそれは、多分自分の中で最高に幸せな終わりなんだと、思います。

因みに、力不足で書けなかったのですが、他の人間達はきっと戸惑いながらも終わりを受け入れていつも通りの日常を過ごすんだと思います。子供を産んだり、ご飯を食べたり、テレビを見たり、漫画を読んだり。宿題してる子なんていてもいいですよね。きっと、キスをして「行ってきます」って言うんだと思います。

9/6/2023, 12:18:58 PM