世界に一つだけの、心臓を持っている君がとても羨ましいと思った。
君の心臓は、ダイヤモンドで出来ている。だから、長生きは出来ないと笑っていた。
それでも、私は君がとても羨ましかった。
中途半端な悲劇では、大層な悲劇には叶わない。
それを私は君で学んだ。私がどれだけ苦しんでいても、ダイヤモンドを抱えた長生きの出来ない、まるで高価な可哀想とさえ言われた君は、常に周りから優しくされていた。
私が例え、大熱を出して寝込んでいたとしても、周りの皆は君の方へ心配を持って行くから、次第に苦しくても目を瞑り耐えるようになった。
私から、周囲の心配を奪ったのは君だった。
だけど、唯一私に心配を与えたのも、また君だった。
君は、優しく美しくとても静かな少女だった。ほんの数十年生きただけの少女だった。
世界に一つだけのダイヤモンドの心臓を持っていただけの、私と何ら変わらぬ少女だった。
悲劇の舞台の主人公に選ばれただけの、可哀想で可愛い少女。
羨ましく、妬ましい。嗚呼、本当にその役が羨ましい。
そんな私を知らぬのか、君は綺麗に笑っていつも言う。
「私がもし、死んでしまったら。君にこの心臓を上げるよ。」
その言葉を聞く度に、私の心臓が、まるでダイヤモンドになって。そしてひび割れたように、ピシリと痛む。
終わりの近くなったあの夏。
殆どがダイヤモンドで埋め尽くされた君の心臓が、そろそろ本格的に宝石になろうとしていたあの夏。君がまた、同じ言葉を吐いた。なんだか、本当に最後の言葉のように聞こえたから、私も最後の返答のように、
「ダイヤモンドの心臓なら、他にもっと、欲しい人がいるんじゃない?世界一の大富豪とかもきっと、大金叩いてでも欲しがるよ」
なんて、ちょっと嫌味を含んだような言い方で返してしまった。少し間違えた、と思ったけれど、言ってしまったことは仕方がない、と言い聞かせ君を見た。そしたら君は少し、目を見開いてそれから、また何時ものように綺麗に笑った。
だから、少しだけ驚いたし、嫌な予感もした。
「あのね。私貴方が、私を羨ましがってること知ってるよ。」
少しの沈黙の後に、君がぽつり零したその言葉に私は全身の血の気が引いていくのが分かった。口が乾き、唾ばかり飲む。手足は冷たくなっていくのに、体は心臓そのものになったかのような熱くなっていくばかりだった。
私の醜い思いが、君に知られていた。その事実は、私には受け入れ難いものだった。確かに、羨んでいた。妬んでいた。けれど、その思いを君には知られたくなかったから。
「貴方は、本当に優しいね。」
床を見続け、黙り込んだ私に何も言わずそのまま君は話し続けた。優しいなんて、1つも当てはまらないような言葉を私に向かって吐き出すから、泣きそうになった。
裏では君を羨み、妬み、可哀想だなんて言う、
「こんな私の、どこが優しいっていうの。」って押し出した声が少し震えていて、それがまた情けなくて泣きそうになった。
「私の心臓は、ダイヤモンド。そして、周りの人達からの私への価値は、きっとそのダイヤモンドでしかなかった。あの人達が心配するのは、私の心臓だけ。私本体になんてちっとも興味無い。きっと、私を宝石を入れる宝石箱か何かだと勘違いしてるのよ。」
馬鹿にしたような顔で笑い、綺麗な黒髪に指を絡ませる君は確かにいつもと変わらぬ少女だったけれど、どこが私の知らない女性でもあった。
私の羨み、妬んだ少女は、私の知らぬ所で必死に戦い自分を受け入れていたのだと、その時初めて知った。
「でもね、貴方は違ったでしょう?私自身を羨み、妬んでいた。私自身を羨ましがった。けれど、決してその事を私には分からせないようにした。」
そう。それが醜い私のしてきたこと。
友達だと何度も思ったこの頭で、思った醜い言葉たち。
未だ口が乾き、唾ばかり飲み込む私に何を言うでもなくただ話し続ける君に対して、積もった数々の悪意。
「私、それが本当に嬉しかったの。心臓を通してだとしても、私自身をちゃんと見てくれたから。宝石箱なんかの、私を。羨み、妬んで、でも、その事を隠し通した!だから、私本当に嬉しかったの。貴方よりも早く死ぬのに、私の気持ちを考えて隠し通した。」
違う、違うよ。
「私は、そんな優しい人じゃない。心の中では、君をもっと、酷く思っていた。醜い私を優しいと思うのは、君の心が優しいからだ。」
ぽろぽろと涙を流しながら、出した言葉は汚く醜い形をしていたと思う。それでも君は、嬉しそうに笑うから、私はますます涙を流した。
「私だって醜いのよ?この位置を欲しがる貴方に気付いてから、周りの心配を独り占めし始めたのもの。あのね、貴方みたいな人は沢山居たわ。でも、隠そうとしたのは貴方だけ。口にしなかったのは貴方だけなの。」
「私だけ、?」
「そう。みーんな、「羨ましい」だとか、「ダイヤモンド売れば金儲けできるし良いね」だなんて、軽々しく口にする。私も生きているってこと忘れたみたいに。
でも、貴方はただ友達のように居てくれた。だから、貴方は優しいのよ。」
電気のつかない部屋の中で、ただ夕日の暖かさのみで照らされた君は、美しかった。綺麗な宝石を入れる宝石箱は、宝石に劣らない美しさを持っていなければならないんだよ、と心の中で思ってしまう位に、とても美しかった。
君が多分とっても綺麗だから、だから世界で一つだけの心臓は君を選んだのだろう。
「君は、綺麗だよ。多分、そのダイヤモンドが無くたって。」
私は君を羨み妬んでいたけれど、それと同時に愛していた。
唯一を持つ、唯一の人だからっていうのも、あるけれどそのダイヤモンドを持っていても決して劣らない美しさがあったから。
「あら、ならただの宝石箱の私を綺麗だと思うのは、貴方の心が綺麗だから、ね?」
なんて、意地悪な顔をして言うから、何故かとても面白くなってしまって2人してくすくすと笑い合った。
その2週間後に、君は眠るように死んでしまった。
残念そうに話す大人達を見て後から知ったのだけれど、どうやら、君が死んだ後に宝石は全て粉々になってしまったらしい。
宝石箱のない宝石は、ただ、行き場をなくし崩れるしか無かったと理解した人は私だけだったから、優越感で満たされてしまった。醜い私、だけれどきっとこんな私でも君は優しい人、と言うのだろう。
世界に一つだけの心臓に選ばれた君。皆にはそう思われてるかもしれないけれど、きっと本当は、世界に一人だけの君に、選ばれた心臓だったのだと思う。
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迷走です。
愛というのは、多分人を狂わせるのです。きっと、この物語の2人も狂っていたんだと思います。共依存、とでも言うのでしょうか。だけれど、愛というのは人の数だけ形を成すので。きっとこれはハッピーエンドなのですよ。
心の中は、自由でいていい。けれど、口に出してしまった言葉は二度と戻せない。だからこそ、口に出すか出さないかっていうのは、結構な違いがあるんです。
裏で何を言っていても、私の前の相手だけを信じる。きっと、目の前の相手も全て嘘って訳じゃないと思うので。
心の中までは、他人ではどうにも出来ないんですよ。自分じゃなければ変えられない。だから、放っとくんですよ。他人の心の中まで、関与しない。
だって、しょうがないから。
同じ人間な訳じゃない。全く同じなんてものは存在しない。だから、目の前の相手だけを愛してみるんです。
私も、相手によって見せる自分を変えています。それは、嘘や演技って訳じゃなくて相手と付き合いやすい自分を、自分の中から見せる部分を選んで見せているだけなんです。
どれも全て自分だから。
物語で、「私の心臓を貴方にあげる」なんて言ったのに、最後に粉々になったのは、私側が宝石箱だと自称する彼女を丸ごと愛していたと彼女に伝えたからです。だから、私側が愛した自分のまま、ということです。
9/10/2023, 8:33:49 AM