朝倉 ねり

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1/10/2026, 12:19:01 PM

『20歳』

はぁっ、ハアッ、ハッ。
自分の呼吸音がいやに耳についた。
「なんでだよ、なんでなんだよ……!」

夢に出てくるのはいつも18の俺。
春から大学に入ると無邪気に信じ込んでいた、滑稽な俺の夢だ。


昔から勉強は人より出来た方だった。
というか、素直なんだと思う。自分で言うとキモイけど。
言われたことを言われたようにやれば出来て、「なんでだろう」と思ったら図鑑なんかで調べて。
『歩くウィキペディア』なんてあだ名を頂戴したのは小学生の時。
中学も躓くことなく勉強が捗り、なんとなく「勉強って楽しいんだな」と思っていた。

そんな俺の天狗の鼻を、見事にへし折ったのが高校だった。
高校受験で受かったのは、この辺りで1番の偏差値のところ。
俺でも名前を聞いた事のある有名な社長とかOBがよく講演会に来たりする感じの、まあ意識高い系って感じ。
周りの人達は有名私立を蹴ってコッチに来たりとか、トリリンガルだとか、今まで地元の田舎の中学でブイブイ言わせていただけの俺では太刀打ちできない存在がゴロゴロといた。
「なぁ、お前志望校どこ?……お、やっぱ東大?俺も!そういや留学がさぁ……」
みたいな会話が1年生から聞こえてくるような場所で、俺は入学3日目で既に場違いさを感じていた。
そんな嫌な予感は的中して、俺は一気に落第に転がり落ちた。
先生方は「この学校の1番下でも、普通の高校だとトップだから」とか言って慰めてくれたが、そんなことを言われたって俺が1番下なのは変わらない。
クラスメイトも部活動に邁進したり、数学オリンピックで賞をとったり、休み時間に「漢文で詩を書いてみた!」とか言うやつもいて、何か特技がある訳でもない俺は疎外感がハンパじゃなかった。
部活も入ってみたけど、顧問のパワハラが酷くてすぐに辞めた。
そんな俺の居場所なんてなくて、中学の時に漠然と考えたていた高校デビューは夢のまた夢となった。

それから2年。
順調に試験で学年下位3分の1あたりをウロウロしていた俺は、これからの進路もよく分からないままだった。
周囲はみんな国公立に向けて勉強していて(田舎なので国公立信者が多いのだ)、就職どころか私立に行くのもご法度って感じ。
そんな熱に押されて、俺もなんとなく勉強してなんとなく模試を受けて、なんとなく皆が受けそうな大学を選んだ。
で、落ちた。
本命だけじゃなく、滑り止めの私立も全落ち。
ンだよ、私立は全部Fランってのはウワサだけなのかよ。

とまぁ責任転嫁をしつつ先生に「浪人しまぁす」と言って、親に頭下げて予備校代出してもらって、……また落ちた。

終わった。
俺はもう19、いや今年で20だ。
20歳!俺の漠然とした予定では大学2年になって、彼女の1人や2人いるはずだったのに!
就職もしていない暫定2浪の俺は、ただの穀潰し、親の子としても生きているのが申し訳ない。

死にたい。
なんかもう全て捨てて死にたい。
最近はそんな思いばかりやってくる。
眠れば悪夢ばかりだし、家での居場所もなくて、今までバイトの1つもしてこなかった俺は働き方が分からない。
俺はどうすれば良いのだろう。

そう思いながら、今日も図書館で参考書を広げるのだ。

12/7/2025, 12:33:05 PM

『白い吐息』

「それでは、どうぞ。」
シーンと静まり返った神殿。
皆が固唾を飲んで私を、否私の口の前の空間を見守っている。
私は手に持ったタバコを呑み、ほんの少し煙を口の中で留まらせたあと、ふーっと吐いた。
「わあっ、白い!白いぞ!」
誰かがそう叫んだあと、私の目の前で座っていた人々が立って拍手をする。
「さすが心の純粋な方だ!吐く吐息まで真っ白!」


ある日、私は異世界……と言えばいいのだろうか。
平行世界に飛ばされた。
皆とは明らかに違う格好をしていたから、直ぐに自分が違うところから来たことはバレてしまった。
「聖者様だ。あれは聖者様なのでは?」
違う世界から来た人間が、この国の難を救った伝説があるらしく、私もその聖者の再来なのではないか。
そう噂された。

私は普通の人間で、聖者と呼ばれるような知識も、特技も何も持っていない人間だった。
だが物珍しさと少しの疑念から、私はあれよあれよという間に『試練』を受けることになった。
その試練が、儀式に使われるタバコを呑み、履いた煙の色を見る、というものだった。
色が白ければ白いほど純粋で、国難を救えるというお告げ。

意味がわからない。
吐いた煙の色に差があるとは思えなかったし、第一私の平凡な能力は私がよく知っている。
タバコの煙はどう足掻いても白いのだから、これは出来レースなのだろう。
聖者と祭り上げられて、操り人形のように権威を表す神輿になるのだ。

私は何度も逃げようとした。
権力を持つことにいいイメージは無かったから。
けれど結局逃げられず、儀式の日がやってきてしまった。

どうやら民衆は、吐いた煙の色が人格によって変わると本気で信じているようだった。
これは私を聖者と言いたい神殿の陰謀なのに、あっさり信じているなんて。
私はもう何にも期待できず、手に持った儀式用のタバコをクルリと回した。

タバコを唇の隙間にねじ込んで、息を吸う。
少し間を開けて、ギリギリまで吐き出したくなくて、でも出てきたのは案の定『白い吐息』だった。

ああ、私は担がれて、お飾りの『聖者』になるのだろうな。
拍手をしながら泣いて喜ぶ民衆がぼやけるような遠い目をした。

12/6/2025, 12:15:22 PM

『消えない灯り』

「今日も、あの婆さんとこにコレ持ってってくんないか。」
郵便配達員の僕が2ヶ月に1度頼まれる仕事。
ボロボロの見た目のおじさんが持ってくる手紙を配達する仕事だ。
見た目が見た目だから最初は警戒していたが、手紙に書かれた宛先の、存外丁寧な文字に好感が湧いて今じゃ慣れたものだ。
「はい、確かに。お届けしますね。」
「ああ。……あの婆さん、元気にやってるか?」
手紙と同時に、いつもの質問。
僕は慣れたように答える。
「ええ、元気すぎるくらいですよ。あの歳で一人で灯台守やってるのは、ほんと凄いですからね。」
「そうか。……じゃ、頼んだ。」
男はそう言ってふらりと立ち去る。
灯台守の婆さんとこの男との関係を僕は何も知らなかったが、なんとなく深入りしてはいけないような雰囲気だけは感じ取っていた。

「ああアンタ!ようやく来たのかい!」
僕が自転車を漕ぎ灯台までやってくると、灯台前には待ち構えていたように婆さんが立っていた。
「こんにちは!お手紙です!」
腰の曲がった老婆とは思えないスピードで僕の手から手紙を取った婆さんは、宛先を見て幸せそうに笑った。
「ああ、今回も来た!」
僕は何度も同じ宛先の手紙を運んで、しかもよく分からない男に託された手紙なので、ついに我慢できなくなって好奇心から尋ねてしまった。
「お婆さん、誰からの手紙なんです?」
とても緊張して言ったのに、老婆は意外とあっさり教えてくれた。
「……夫だよ。船乗りでね、遠くの海まで出て戻ってこないんだけど、こうやって2ヶ月に1度は生きてるつて手紙を送ってくれるのさ。アタシはあの人が迷わず戻ってこれるように、灯台の灯りを絶やさないんだよ。」
「……そう、ですか。じゃ、僕はこれで!」
「ごくろうさん。」
僕は、なんと言っていいのか分からなくて、逃げるようにその場を去った。

だって、あの男は、老婆の夫というには若すぎる。
(婆さんの夫はどこへ?もういないのか?)
疑問がたくさん湧いてくる。
次にあの男がやってくるのは2ヶ月後だ。
尋ねなければ。


2ヶ月後。
「アンタ、今日も……」
「お客さん!貴方灯台守の婆さんとはどんな関係なんです?」
はやる気持ちが抑え切れず、ふらりと男がやってきた時に僕はそのまま尋ねてしまった。
「……ああ、別に隠してた訳じゃないんだ。」
急に弁解しだす男。
「ただ婆さんには言わないで欲しい。あの人は、旦那さんを待ってるから。」
「やっぱり、貴方は旦那さんじゃないんですね?息子さん?」
「いや、オレは船乗りだ。と言っても、もう陸に上がって10年は経つが。……オレは3人目なんだよ。」
手紙書くの。

「はい?」
理解が追いつかなくて、思わず聞き返してしまった僕を気にしたふうもなく、男は続ける。
「婆さんの旦那さ、新婚で海に出て婆さんを置いたまま、若くして呆気なく死んじまったらしいんだ。オレもガキだったから詳しくは知らねえけど。オレの前の前やつが、婆さんが1人なのを哀れんで旦那が生きてるていで手紙を出すことにしたんだとよ。で、オレが手紙を書くの3人目ってこと。」
ホント、罪だよな。
男がほとんど空気になった言葉を吐き出す。
「オレも、止めようって思ったし、オレの前に手紙書いてたやつにも止めようって言ったんだ。でも、あの婆さんの喜びよう。アンタも知ってるだろ?あんなの見たら止められなくてさ。」
「婆さん、今でも旦那の帰りを待って灯台の灯りをつけ続けてる。可哀想だって思うけど、手紙が届かない方が可哀想だろ。」
だから、オレ達は嘘ついて手紙を書き続けてるんだよ。

その話を聞いたあと、どうやって婆さんが住む灯台まで自転車を漕げたのか分からない。
でも、灯台の前で立って待ってる婆さんを見た時、涙が急に溢れそうになって、眉間に皺を寄せて堪えた。
「やっと来たのかい!今回は遅かったね!」
いそいそと僕の手から手紙を奪い取る婆さんは、その手紙が偽物だと知らないのだろう。
知らずに、夫は今日も生きてると安心して、灯台に灯りを灯し続けるのだろう。

確かに、こんな喜んでる婆さんに真実を言うなんて、僕にはできそうにない。

12/5/2025, 11:43:54 AM

『きらめく街並み』

きらきらとした輝きを、私はずっと見続けている。
どれだけ進んでも、どれだけ遠く離れても、私はずっときらめく光を見ているの。

『H-E-L-L-O』

きらきらとした輝きを、人類の叡智の結晶を抱えて、私は進んでいく。
私が進む度に生まれ故郷は遠ざかり、私を作った人類の明かりは集合体になっていく。

『街の明かりは、私の生みの親が住んでいる場所を形取る』

ああ、さようなら。
そしてまたいつか。
遠ざかる地球を私はずっと見ているの。
隕石と並走して、追い越して、ぶつかって。
それでも貴方達が持たせてくれた、このキラキラ光る『ゴールデンレコード』だけは離さない。

『……ちら……ボイジャー1……』

貴方達の希望と、私の目に焼き付けた明かりを抱えて、どこか、行けるところまで。
遠くまで進み続けるの。

12/4/2025, 12:30:44 PM

『秘密の手紙』

「あ……今日も、あった。」
大学の図書館。
人気のない本棚の一角に、最近私は通いつめていた。
「えっと…『貴女の感性がとても好きです。繊細で、時に大胆な発想は私には出せないから。』…ふふ。」
本に挟まれた手紙、というにはお粗末なメモの走り書き。
姿も名前も知らない人との交流だ。

私は先日、誤ってファンタジー小説の構想を書いたメモを挟んだまま本を返却してしまった。
気づいた時に慌てて取りに行ったら、メモの傍に『すてき』と書かれた別のメモが挟まれていることに気づいたのだ。
なんとなく嬉しくて、もしかしたら私がメモを取りに来たか確認するかもしれない、なんて淡い期待を抱いて。
私は新しい設定を書いたメモをそこに挟んだのだ。
数日後、ソワソワと気になって本を見に来ると、新しいメモが挟まっていることに気づいた。
『とても素敵だから、貴女のファンになろうかな。』
そう書かれたルーズリーフの切れ端は、たった1文だけだったけれど、私には何にも変え難い宝物になった。
それから、私とその人は文通というには一方的な、アイデアを押し付けて感想を貰う、ということを始めた。

綺麗な字だから、女性だろうか。
でもなんとなく角張っているようにも見える。
私の『ファン』はどんな人なんだろう。
想像しながら、その人を私の創作の住人にするととても面白いものが出来上がった。

「今日は、私の自信作です」
そう書いて、本に挟んでパタンと閉じる。
「読んでくれるかなぁ」
私の大学生活の楽しい一時。

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