朝倉 ねり

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『白い吐息』

「それでは、どうぞ。」
シーンと静まり返った神殿。
皆が固唾を飲んで私を、否私の口の前の空間を見守っている。
私は手に持ったタバコを呑み、ほんの少し煙を口の中で留まらせたあと、ふーっと吐いた。
「わあっ、白い!白いぞ!」
誰かがそう叫んだあと、私の目の前で座っていた人々が立って拍手をする。
「さすが心の純粋な方だ!吐く吐息まで真っ白!」


ある日、私は異世界……と言えばいいのだろうか。
平行世界に飛ばされた。
皆とは明らかに違う格好をしていたから、直ぐに自分が違うところから来たことはバレてしまった。
「聖者様だ。あれは聖者様なのでは?」
違う世界から来た人間が、この国の難を救った伝説があるらしく、私もその聖者の再来なのではないか。
そう噂された。

私は普通の人間で、聖者と呼ばれるような知識も、特技も何も持っていない人間だった。
だが物珍しさと少しの疑念から、私はあれよあれよという間に『試練』を受けることになった。
その試練が、儀式に使われるタバコを呑み、履いた煙の色を見る、というものだった。
色が白ければ白いほど純粋で、国難を救えるというお告げ。

意味がわからない。
吐いた煙の色に差があるとは思えなかったし、第一私の平凡な能力は私がよく知っている。
タバコの煙はどう足掻いても白いのだから、これは出来レースなのだろう。
聖者と祭り上げられて、操り人形のように権威を表す神輿になるのだ。

私は何度も逃げようとした。
権力を持つことにいいイメージは無かったから。
けれど結局逃げられず、儀式の日がやってきてしまった。

どうやら民衆は、吐いた煙の色が人格によって変わると本気で信じているようだった。
これは私を聖者と言いたい神殿の陰謀なのに、あっさり信じているなんて。
私はもう何にも期待できず、手に持った儀式用のタバコをクルリと回した。

タバコを唇の隙間にねじ込んで、息を吸う。
少し間を開けて、ギリギリまで吐き出したくなくて、でも出てきたのは案の定『白い吐息』だった。

ああ、私は担がれて、お飾りの『聖者』になるのだろうな。
拍手をしながら泣いて喜ぶ民衆がぼやけるような遠い目をした。

12/7/2025, 12:33:05 PM