朝倉 ねり

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『消えない灯り』

「今日も、あの婆さんとこにコレ持ってってくんないか。」
郵便配達員の僕が2ヶ月に1度頼まれる仕事。
ボロボロの見た目のおじさんが持ってくる手紙を配達する仕事だ。
見た目が見た目だから最初は警戒していたが、手紙に書かれた宛先の、存外丁寧な文字に好感が湧いて今じゃ慣れたものだ。
「はい、確かに。お届けしますね。」
「ああ。……あの婆さん、元気にやってるか?」
手紙と同時に、いつもの質問。
僕は慣れたように答える。
「ええ、元気すぎるくらいですよ。あの歳で一人で灯台守やってるのは、ほんと凄いですからね。」
「そうか。……じゃ、頼んだ。」
男はそう言ってふらりと立ち去る。
灯台守の婆さんとこの男との関係を僕は何も知らなかったが、なんとなく深入りしてはいけないような雰囲気だけは感じ取っていた。

「ああアンタ!ようやく来たのかい!」
僕が自転車を漕ぎ灯台までやってくると、灯台前には待ち構えていたように婆さんが立っていた。
「こんにちは!お手紙です!」
腰の曲がった老婆とは思えないスピードで僕の手から手紙を取った婆さんは、宛先を見て幸せそうに笑った。
「ああ、今回も来た!」
僕は何度も同じ宛先の手紙を運んで、しかもよく分からない男に託された手紙なので、ついに我慢できなくなって好奇心から尋ねてしまった。
「お婆さん、誰からの手紙なんです?」
とても緊張して言ったのに、老婆は意外とあっさり教えてくれた。
「……夫だよ。船乗りでね、遠くの海まで出て戻ってこないんだけど、こうやって2ヶ月に1度は生きてるつて手紙を送ってくれるのさ。アタシはあの人が迷わず戻ってこれるように、灯台の灯りを絶やさないんだよ。」
「……そう、ですか。じゃ、僕はこれで!」
「ごくろうさん。」
僕は、なんと言っていいのか分からなくて、逃げるようにその場を去った。

だって、あの男は、老婆の夫というには若すぎる。
(婆さんの夫はどこへ?もういないのか?)
疑問がたくさん湧いてくる。
次にあの男がやってくるのは2ヶ月後だ。
尋ねなければ。


2ヶ月後。
「アンタ、今日も……」
「お客さん!貴方灯台守の婆さんとはどんな関係なんです?」
はやる気持ちが抑え切れず、ふらりと男がやってきた時に僕はそのまま尋ねてしまった。
「……ああ、別に隠してた訳じゃないんだ。」
急に弁解しだす男。
「ただ婆さんには言わないで欲しい。あの人は、旦那さんを待ってるから。」
「やっぱり、貴方は旦那さんじゃないんですね?息子さん?」
「いや、オレは船乗りだ。と言っても、もう陸に上がって10年は経つが。……オレは3人目なんだよ。」
手紙書くの。

「はい?」
理解が追いつかなくて、思わず聞き返してしまった僕を気にしたふうもなく、男は続ける。
「婆さんの旦那さ、新婚で海に出て婆さんを置いたまま、若くして呆気なく死んじまったらしいんだ。オレもガキだったから詳しくは知らねえけど。オレの前の前やつが、婆さんが1人なのを哀れんで旦那が生きてるていで手紙を出すことにしたんだとよ。で、オレが手紙を書くの3人目ってこと。」
ホント、罪だよな。
男がほとんど空気になった言葉を吐き出す。
「オレも、止めようって思ったし、オレの前に手紙書いてたやつにも止めようって言ったんだ。でも、あの婆さんの喜びよう。アンタも知ってるだろ?あんなの見たら止められなくてさ。」
「婆さん、今でも旦那の帰りを待って灯台の灯りをつけ続けてる。可哀想だって思うけど、手紙が届かない方が可哀想だろ。」
だから、オレ達は嘘ついて手紙を書き続けてるんだよ。

その話を聞いたあと、どうやって婆さんが住む灯台まで自転車を漕げたのか分からない。
でも、灯台の前で立って待ってる婆さんを見た時、涙が急に溢れそうになって、眉間に皺を寄せて堪えた。
「やっと来たのかい!今回は遅かったね!」
いそいそと僕の手から手紙を奪い取る婆さんは、その手紙が偽物だと知らないのだろう。
知らずに、夫は今日も生きてると安心して、灯台に灯りを灯し続けるのだろう。

確かに、こんな喜んでる婆さんに真実を言うなんて、僕にはできそうにない。

12/6/2025, 12:15:22 PM