川柳えむ

Open App
12/16/2025, 1:59:24 PM

 君が目覚めなくなった。

 その日はなかなか起きてこないから、僕は君を起こしに行った。
 君は不機嫌そうに目を開けて、こちらを睨んだ。
 あぁ良かった。起きた。もうそろそろ出る時間だろ?
 僕は先に部屋を出て、君がやって来るのを待っていた。
 それなのにまだやって来ない。また寝てしまったのかな? 君は寝るのが好きだから。
 そうして、再び君の部屋へと立ち入った。
 そこで見たのは、相変わらずの薄暗い部屋でベッドに力なく横たわったままの君と、机や床に転がり落ちた空の瓶と大量の錠剤。
 異様な光景に、冷や汗が背筋を伝う。
 慌てて君に駆け寄り、様子を窺う。唇は青白く、肌はいつもよりずっと冷たく感じた。
 一瞬、最悪の状態を想像してしまった。よく見れば、喉の奥からかすれた吐息が漏れている。しかし、呼吸は浅く、弱々しい。
 生きていることに安堵する。それでもまずい状況には変わりない。
 急いで救急へ連絡を入れた。どうか、どうか助かりますように。

 それから、君は眠ったままだ。ずっと。僕の顔なんか見たくもないと言うように。
 本当は知っていた。君が僕を嫌っていることは。
 小さい頃は仲が良かった。それなのに、周りが僕らを勝手に比較して、君はいつも苦しそうにしていた。そして、だんだんと君は僕から離れていった。
 それでも、僕にとっては君だけだ。何者にも代え難いほどに大切だった。
 僕のことが嫌いなら、僕を殺してしまってもいいから。どうか目覚めてくれないか。君に生きていてほしいんだ。
 君はそんな僕の想いなんか露知らず、どこか幸せそうな顔で眠っている。一体どんな夢を見ているのだろう。
 それならせめて、怖い夢であってほしい。君が目覚めたくなるような、怖い夢で。


『君が見た夢』

12/16/2025, 8:02:29 AM

 君が笑う。あまりにも眩しい笑顔で。
 それは、僕を照らしてくれる。
 毎日生きるのが苦しい僕をその先へと誘う。明日への光だ。


『明日への光』

12/14/2025, 10:38:33 PM

 ベルが鳴り響く。

 受話器の向こうの声が、私には理解できなくて。
 世界は深い闇に覆われて、そのまま夜が明けなくなった。

 思い出を綺麗に仕舞いたかった。
 でも、そんな簡単にはいかなくて。
 今は何もかもがぐちゃぐちゃに散らばっている。

 長い長い夜が続く。

 静かな煙が空へ立ち昇る。その煙は空に融け、星になった。

 深い闇の中で、あなたの星が輝いた。
 思うより、あまりにも綺麗に輝き出したから、このまま夜が明けなくてもいいや。と、そう想った。


『星になる』

12/14/2025, 6:34:04 AM

 随分と日が沈むのも早くなったものだ。
 よく、この高台から日が沈むのを眺めていた。
 街の全体が見渡せる高台。僕はここが大好きだった。
 ここは落ち着く。見渡せるすべてが自分の手の中にあるようで。
 世界の全てが今ここにあるようだ。

 そろそろ完全に日が沈む。
 暗くなってきていることに気付いていないのか、未だに公園で遊んでいる子供達がいる。
 遠くから鐘の音が響く。
 子供達も慌てて帰り支度を始めた。
 こうして、人々が少しずつ姿を消していく。
 それは、この世界から消えてしまったわけではない。自分のいるべき場所へと戻っていっただけだ。

 僕もそろそろかえらなければいけない。
 僕のいるべき場所は、視界に広がる世界のその先だ。
 空に融けた闇色に、身を委ねて飛び込んでいく。


『遠い鐘の音』

12/12/2025, 10:58:14 PM

 世界各地で環境破壊が行なわれていた。極めつけに戦争まで起きた結果、地球は人間が住める場所ではなくなってしまった。
 それでも、各地にあるシェルターに逃げ込んだ人は今もその中で暮らしていた。外に出ることはできないけれど、それなりに快適だった。

「これは何?」
 女の子が近所のお兄さんに尋ねた。
 手の上にはガラスでできた容器がある。容器の中には今では見ない形をした家があり、白い粉が降り積もっている。容器を揺らせば、その粉が中でキラキラと舞った。
「あぁ、スノードームだよ」
「スノードーム?」
 女の子がきょとんとした顔をする。
 お兄さんは優しく答えた。
「この白い粉はスノー――雪と言って、空気中の水分が凍って結晶になったものなんだ。このスノードームの中身は違うけどね。昔、地上では、寒いとこの白い粉が降ったりしたんだって」
「へぇー!」女の子は目を輝かせて言った。「雪、見てみたい!」
「えぇー……?」
 お兄さんが困った顔をする。
 このシェルターはドーム型をしていて、天井の一角がガラスで出来ている為、外の様子を見ることはできた。
 しかし、雪なんて見たことがない。
 見えるのはくすんだ色をした空と、荒廃しきった地表だけだ。
「俺も見てみたいけど……いつか見られたらいいな」
 女の子の頭にぽんと手を置き、優しく撫でた。

 ……やけに冷える。
 くしゃみをしてお兄さんは目を覚ました。
 時刻は深夜。しかし完全に頭が覚醒してしまい、散歩がてら外が見える場所まで歩いていくことにした。
 そこに辿り着くと、お兄さんは目を丸くした。
 外に、どうやら雪が降っている。暗く広がるガラスの向こうに、白いものが激しく舞っている。
 それはこのドームを飲み込む勢いで、あのスノードームの雰囲気とはだいぶ様子が違う。
 初めて見る光景に、ただただ立ち尽くした。


『スノー』

Next