君が目覚めなくなった。
その日はなかなか起きてこないから、僕は君を起こしに行った。
君は不機嫌そうに目を開けて、こちらを睨んだ。
あぁ良かった。起きた。もうそろそろ出る時間だろ?
僕は先に部屋を出て、君がやって来るのを待っていた。
それなのにまだやって来ない。また寝てしまったのかな? 君は寝るのが好きだから。
そうして、再び君の部屋へと立ち入った。
そこで見たのは、相変わらずの薄暗い部屋でベッドに力なく横たわったままの君と、机や床に転がり落ちた空の瓶と大量の錠剤。
異様な光景に、冷や汗が背筋を伝う。
慌てて君に駆け寄り、様子を窺う。唇は青白く、肌はいつもよりずっと冷たく感じた。
一瞬、最悪の状態を想像してしまった。よく見れば、喉の奥からかすれた吐息が漏れている。しかし、呼吸は浅く、弱々しい。
生きていることに安堵する。それでもまずい状況には変わりない。
急いで救急へ連絡を入れた。どうか、どうか助かりますように。
それから、君は眠ったままだ。ずっと。僕の顔なんか見たくもないと言うように。
本当は知っていた。君が僕を嫌っていることは。
小さい頃は仲が良かった。それなのに、周りが僕らを勝手に比較して、君はいつも苦しそうにしていた。そして、だんだんと君は僕から離れていった。
それでも、僕にとっては君だけだ。何者にも代え難いほどに大切だった。
僕のことが嫌いなら、僕を殺してしまってもいいから。どうか目覚めてくれないか。君に生きていてほしいんだ。
君はそんな僕の想いなんか露知らず、どこか幸せそうな顔で眠っている。一体どんな夢を見ているのだろう。
それならせめて、怖い夢であってほしい。君が目覚めたくなるような、怖い夢で。
『君が見た夢』
君が笑う。あまりにも眩しい笑顔で。
それは、僕を照らしてくれる。
毎日生きるのが苦しい僕をその先へと誘う。明日への光だ。
『明日への光』
ベルが鳴り響く。
受話器の向こうの声が、私には理解できなくて。
世界は深い闇に覆われて、そのまま夜が明けなくなった。
思い出を綺麗に仕舞いたかった。
でも、そんな簡単にはいかなくて。
今は何もかもがぐちゃぐちゃに散らばっている。
長い長い夜が続く。
静かな煙が空へ立ち昇る。その煙は空に融け、星になった。
深い闇の中で、あなたの星が輝いた。
思うより、あまりにも綺麗に輝き出したから、このまま夜が明けなくてもいいや。と、そう想った。
『星になる』
随分と日が沈むのも早くなったものだ。
よく、この高台から日が沈むのを眺めていた。
街の全体が見渡せる高台。僕はここが大好きだった。
ここは落ち着く。見渡せるすべてが自分の手の中にあるようで。
世界の全てが今ここにあるようだ。
そろそろ完全に日が沈む。
暗くなってきていることに気付いていないのか、未だに公園で遊んでいる子供達がいる。
遠くから鐘の音が響く。
子供達も慌てて帰り支度を始めた。
こうして、人々が少しずつ姿を消していく。
それは、この世界から消えてしまったわけではない。自分のいるべき場所へと戻っていっただけだ。
僕もそろそろかえらなければいけない。
僕のいるべき場所は、視界に広がる世界のその先だ。
空に融けた闇色に、身を委ねて飛び込んでいく。
『遠い鐘の音』
世界各地で環境破壊が行なわれていた。極めつけに戦争まで起きた結果、地球は人間が住める場所ではなくなってしまった。
それでも、各地にあるシェルターに逃げ込んだ人は今もその中で暮らしていた。外に出ることはできないけれど、それなりに快適だった。
「これは何?」
女の子が近所のお兄さんに尋ねた。
手の上にはガラスでできた容器がある。容器の中には今では見ない形をした家があり、白い粉が降り積もっている。容器を揺らせば、その粉が中でキラキラと舞った。
「あぁ、スノードームだよ」
「スノードーム?」
女の子がきょとんとした顔をする。
お兄さんは優しく答えた。
「この白い粉はスノー――雪と言って、空気中の水分が凍って結晶になったものなんだ。このスノードームの中身は違うけどね。昔、地上では、寒いとこの白い粉が降ったりしたんだって」
「へぇー!」女の子は目を輝かせて言った。「雪、見てみたい!」
「えぇー……?」
お兄さんが困った顔をする。
このシェルターはドーム型をしていて、天井の一角がガラスで出来ている為、外の様子を見ることはできた。
しかし、雪なんて見たことがない。
見えるのはくすんだ色をした空と、荒廃しきった地表だけだ。
「俺も見てみたいけど……いつか見られたらいいな」
女の子の頭にぽんと手を置き、優しく撫でた。
……やけに冷える。
くしゃみをしてお兄さんは目を覚ました。
時刻は深夜。しかし完全に頭が覚醒してしまい、散歩がてら外が見える場所まで歩いていくことにした。
そこに辿り着くと、お兄さんは目を丸くした。
外に、どうやら雪が降っている。暗く広がるガラスの向こうに、白いものが激しく舞っている。
それはこのドームを飲み込む勢いで、あのスノードームの雰囲気とはだいぶ様子が違う。
初めて見る光景に、ただただ立ち尽くした。
『スノー』