夜、窓の外がやけに明るい気がして、僕はふと目を覚ました。
起き上がると、カーテン越しに光が瞬いているのが見えた。気になって、そっと窓を開けてみる。
窓の向こうの、家の前の通りに、星の形をした街灯が立っていた。柔らかな光を放ち、夜道を優しく照らしている。
あんなのあったっけ……?
僕は寝ている両親にばれないよう、そっと窓から外に出た。
導かれるように、星の街灯の道を辿る。
行き着いたのは、開けた場所。
夜空いっぱいに、零れ落ちそうなほどの星が瞬き、こちらの様子を窺っている。
声が出ない。
だって、それはあまりに美しく、幻想的な光景だった。
優しい星明かりが僕を照らす。
満足した僕は、そのままそっと眠りについた。
あれから、もう何年経ったか。
あの後、普通にベッドで目が覚めたから、きっと夢だったのだろう。
それでも僕は今も探している。
あのあまりにも美しい、星明かりの夜を。あのたくさんの星が見守る場所を。
『星明かり』
夜の静かな薄暗い部屋で、男の子は一人手で影絵を作って遊んでいた。
廊下の先の部屋からは、両親の言い合う声が漏れている。
今日もそんな両親とはほとんど会話していない。
男の子と会話してくれるのは、この影絵だけだった。
「今日はどんなことがあった?」
狐の形をした影が男の子に問い掛けてくる。
男の子は嬉しそうに答える。
「今日は、ゴミ箱に紙があったから、それにお絵かきして遊んでたよ。あと、お昼に飲んだスープは味がちょっとついてて美味しかった! お母さんにそう言ったら『そう』って返してくれた!」
「そうか……楽しいか?」
「今日はいつもより……でも、いつもみんながいてくれるから、楽しいよ」
男の子がいろんな影を作り、それに語り掛ける。
狼の形を作ると、今度はその狼の影が尋ねてきた。
「両親は必要か?」
男の子が一瞬口ごもる。
そして、言いにくそうにゆっくりと口を開いた。
「わからないけど……いないといけないんでしょ? お母さんもお父さんも僕のこと嫌いかもしれないけど、ここに僕がいられるのはお母さんとお父さんがいてくれるからだって……」
「安心していい。もし、両親がいなくなっても、別の存在がちゃんと保護してくれるさ。むしろそっちの方が幸せになれるはずだ」
その言葉に、男の子が少し笑った。
「そうだったら、いいなぁ……『幸せ』っていうのに、なってみたいなぁ」
狼の形をした黒い影が、強く大きく揺らいだ。
『影絵』
「物語を終わらせに来た」
突然目の前に現れた少女が私に向かってそう告げた。
――何? 誰? 厨二病?
その少女をポカーンとした顔で見ていたが、気が付いた。
この子、とても見覚えがある。この子は、そうだ、私が書いた物語の主人公だ!
え、何? どういうこと? 夢?
「全然物語を完結させないで! こっちは何年待ったと思ってるの! もういい加減許せない!」
少女がこちらに迫ってくる。
捕まったらまずい? 最後まで無理矢理書かされるの? そもそも今どこで止まってたっけ?
「あなたを殺して、物語を終わらせる!」
ええええええええぇぇ!?
いやいや、それなら無理矢理にでも書いて終わらせるよ! というか、それじゃ、物語止まってる現状は変わらなくない!?
固まっている間に、彼女はもう目の前まで迫ってきていた。そして、武器である短剣を構えて振りかぶる。
「覚悟ォ!」
――――……はっ!
汗だくで目が覚めた。
夢……か。さすがにそうか。当たり前だ。
ゆっくり体を起こす。ふと、何かが手に当たった。
そこには、見覚えのある短剣が落ちていた。
もしかして、私と彼女の、新しい物語が始まってしまったのかもしれない。
……いや、そんな物語は始まらせない!
その前に彼女の物語を終わらせようと、慌てて私は机に向かった。
『物語の始まり』
電車が止まっている。
何も知らずに駅にやって来た私は、響くアナウンスと時刻表示の消えた発車標に、立ち尽くしてしまった。
終わりだ。全部。
急いでいるのに。何なら少し早めに出たのに。どうして。どうしたら。
静かに怒りが燃え上がる。
正直その辺にいる駅員を怒鳴りつけてやりたくなる。動かせ! と。駅員が悪くないのも知っているし、全く意味がないからやらないけど。
でも、許せない。どうして今日に限って。
今日は推しのライブ。やっと取れたチケットなのに。
溜め息が出る。悲しくて、悔しくて、涙が出そうになる。
諦めるのか? ここで。
いや、まだだ。
私の中の情熱は、まだ燃えている。
そう、電車が動かないのなら――走るぞ!
『静かな情熱』
「お…………い…………」
遠くから声がする。
「おー…………い…………」
誰かを呼んでいる?
気になって、耳を澄ませてみる。
「おー……た……い…………ん……」
ん?
「大型類人猿……」
「『大型類人猿』」
どういうこと?
「おー……………………い……」
次の声はもっと長かった。
再び耳を澄ませてみる。
「大型上陸支援艇」
「あの第二次世界大戦のアメリカの?」
もう意味がわからない。最初からわからない。
「おー…………………………い………………」
次の声は更に長かった。
また気になってしまうじゃないか。
「大型シノプティック・サーベイ望遠鏡」
「いや何だよそれ!」
誰がチリの天文台にある望遠鏡を知っているというんだ。
ていうか、何がしたいんだこの声は!
そしてそのうち声は聞こえなくなって、ただ謎だけが残ったのだった。
『遠くの声』