新年度が始まった。
新しい学年。新しいクラス。
「じゃあまずは一人一人自己紹介をしましょう」
新しいクラスでの、最初のHR。みんなの自己紹介が始まった。
出番がやって来るまでの時間を、春子はまるで処刑台に送られる囚人かのような気持ちで過ごしていた。
春子は自分の名前を名乗るのが嫌だった。今どき古臭い、最後に『子』のつく名前。周りからは『パルコ』と、まるでどこかのデパートみたいなあだ名で呼ばれていた。しかも苗字が『渋谷』の為、余計にデパートのようで。馬鹿にされている気持ちが強かった。
(春だったら、子がつくなら、せめて『桜子』とかさ。そっちの方がかわいいじゃん……)
溜め息を吐きながらみんなの自己紹介を聞く。
前の席の男の子の番になった。この次は春子の番だ。
「『佐倉 春樹』です。『サクラ』でも『ハルキ』でも好きに呼んでください! でもオススメは『パルキア』!」
男の子が元気よく名乗った。
『パルキア』……って、あれじゃん。ゲームの。
「パルキアー!」
「パルキア! またよろしくなー」
人気なのか、春樹はみんなからたくさんの歓声を受けていた。みんなに向かって手を挙げて、楽しそうに笑っている。
次の瞬間、目が合った。
春樹は、春子に向かって弾けるような笑顔を向けた。
その様子をぼうっと見ている間に、春子の番になった。
慌てて立ち上がる。
「えっと、『渋谷 春子』です。その……『パルコ』って呼ばれてます……」
思わず言っていた。いらないあだ名まで。
(なんであだ名まで名乗っちゃったんだろう……)
きっと、春樹につられたんだ。だって、あんなにいい笑顔で、ちょっと変なあだ名を名乗るから。
「パルコちゃーん!」
「パルキアと二人でパルパルコンビじゃん」
「決定! パルパルコンビ!」
周りが囃し立てる。
気付けば勝手に春樹とコンビにされていた。
「なんかごめんな? 俺の友達うるさくて」
着席すると、春樹が振り返り、申し訳なさそうに謝ってきた。
「いえ、そんなことは……っ!」
「悪い奴らじゃないんだ。コンビ扱いされて嫌かもしれないけど……せっかくだし、これからよろしく!」
その言葉に、その笑顔に、心に花が咲いたように感じた。
嫌いだったはずの名前も、初めてこの名前で良かったと思えた。
あなたと同じ『春』を持っていて、良かった。
「もちろん! よろしくね」
窓から暖かな風が吹き込む。
初めての春がやって来た。
『春恋』
「将来、自分はどんなことをしているか。画用紙に描いてみましょう」
小学生の頃、『未来図』という題材で絵を描く宿題を出された。
将来? 何も思い浮かばないよ。
今眼の前に広がるのは今かと待ち構えている公園の遊具だし、ちょっと先の未来のことを考えるなら今日の晩ご飯はなんだろうとか、それくらい。
将来って、どれくらい先?
お母さんに相談したら「なりたいものを描けばいいのよ」と言う。
だから、わからないよ。一週間後のことだってよくわからないのに。
わからないから、適当に八百屋の絵を描いておいた。絵が上手だと褒められた。
そんな全く思い浮かばなかった未来とかいうやつに、今自分はいるんだろう。
あの頃想像もできなかった未来、将来。
ギリギリなんとか生活できている現実。とりあえず八百屋にはなっていない。いたって普通のサラリーマン。
だから、今だって考えられる未来は、明日の会議で何喋ろうかって、それくらい。
でも、未来に憧れとかなかったから、まぁこんなもんかと受け入れて生きている。もしかしたら、そうやって言い聞かせてるだけなのかもしれないけど。
そういえば、みんなはどんな未来図を描いていたっけな。思い出せない。
正確に思い浮かべられた奴なんているんだろうか? それが叶った奴なんていないんじゃないか? だって、大体の人間なんて、こんな感じで生きてるだろ?
……もし今また未来図を描けと言われても、あの頃と同じで、自分は何も描けないんだろう。
現実なんてこんなもん。
つまんない人間の、つまんない未来図の話は、これでおしまい。
『未来図』
ひとひらの言の葉が、宙を舞う。
君に伝えたその一言が、静かに君の元へ降りていく。
その言の葉を優しく抱きしめて、君は涙を浮かべながら笑った。
緑が芽吹く、春の始まり。
『ひとひら』
突き抜けるように青く晴れ渡った空に、緑の木々が映える。
そこに、ぽつんと一軒建っている小さな赤い屋根の家。
庭には色とりどりの花が咲いている。
まるで一枚の絵画のような、そんな美しさを感じるこの風景が好きで、この家を買った。この風景は、自分の物だった。
美しさと喜びに、溜め息が漏れた。
まるで一枚の絵画のような、いや、実際にこれは一枚の絵画であった。
キャンバスいっぱいに広がる風景を見て、溜め息が漏れた。
この風景が好きで、この家を買った。
今はもう見ることができない風景。空の青さえ、見られない。
核が落ち、地下のシェルターに逃げ込んでから、もうどれくらい経っただろう。
外はまだ放射能が辺りに濃く漂っていて、到底ここから出ることはできなそうだ。
それに、出たとしても、もうこの風景はなくなってしまっている。
突き抜けるように青く晴れ渡った空に、緑の木々が映える。
そこに、ぽつんと一軒建っている小さな赤い屋根の家。
庭には色とりどりの花が咲いている。
時間を潰す為に描いた、今はもうこのキャンバス上にしか存在しない美しい風景。
『風景』
1人1台、誰しもがアンドロイドを持つ時代。
アンドロイドは人間の相棒として一緒に暮らしていた――。
君と僕はとても仲良し。
僕は君のことを相棒って思ってるんだけど、君はどうだろう?
「おはよ! 今日って何か予定あったっけ?」
「今日は予定がないから、一緒にどこか出掛けようか?」
二人で一緒に街に繰り出す。
たくさんの人が行き交っている。みんな、誰かを連れている。
「やっぱり1人で歩いてる人なんて、今どきいないね」
「うん、みんな誰かと一緒。……でも、僕にとっては君が1番。他の誰かじゃなくて君と一緒がいいけどね」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ」
僕は君を信頼している。
君も僕を信頼してくれている。
「君が行きたいお店とかある? そこへ行こうよ」
「君が笑ってくれるなら、どこでもいいよ。君の『好き』をもっとたくさん知りたいんだ」
大切な相棒。君のことをもっと知りたい。
たった1人の僕の相棒。
君は僕をどう思っているかわからない。ただのアンドロイドとしか思っていないかもしれない。でも、僕にとっては君だけが全て。
他の人間なんて必要ない。この世界に君さえいればいい。君と僕さえいればいい。
『君と僕』