川柳えむ

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 夜の静かな薄暗い部屋で、男の子は一人手で影絵を作って遊んでいた。
 廊下の先の部屋からは、両親の言い合う声が漏れている。
 今日もそんな両親とはほとんど会話していない。
 男の子と会話してくれるのは、この影絵だけだった。

「今日はどんなことがあった?」

 狐の形をした影が男の子に問い掛けてくる。
 男の子は嬉しそうに答える。

「今日は、ゴミ箱に紙があったから、それにお絵かきして遊んでたよ。あと、お昼に飲んだスープは味がちょっとついてて美味しかった! お母さんにそう言ったら『そう』って返してくれた!」
「そうか……楽しいか?」
「今日はいつもより……でも、いつもみんながいてくれるから、楽しいよ」

 男の子がいろんな影を作り、それに語り掛ける。
 狼の形を作ると、今度はその狼の影が尋ねてきた。

「両親は必要か?」

 男の子が一瞬口ごもる。
 そして、言いにくそうにゆっくりと口を開いた。

「わからないけど……いないといけないんでしょ? お母さんもお父さんも僕のこと嫌いかもしれないけど、ここに僕がいられるのはお母さんとお父さんがいてくれるからだって……」
「安心していい。もし、両親がいなくなっても、別の存在がちゃんと保護してくれるさ。むしろそっちの方が幸せになれるはずだ」

 その言葉に、男の子が少し笑った。

「そうだったら、いいなぁ……『幸せ』っていうのに、なってみたいなぁ」

 狼の形をした黒い影が、強く大きく揺らいだ。


『影絵』

4/19/2025, 11:29:15 PM