あなたは世界を愛していた。人を愛していた。
自分を犠牲にしても誰かの為にできることをする。
本人曰く、みんなが喜んでくれることが自分の喜びだと。一度、無理をしないよう言ってみたが、無理なんてしていないと。それに、誰かの為じゃなく、自分がしたいからしているだけだと、心からそう言っていた。
そんなあなたが死んでしまった。悪い人間の餌食にされて。ずっと心配だった。あなただけが損をして、酷い目に遭いやしないかと。そして、それが現実になってしまった。
あなたは世界を愛していたけど、私はあなたが犠牲になる世界が嫌いだった。この世界を滅ぼしたいとすら思っていた。
あなたが夢に出てきた。
いつも通りに笑っていた。いつも通りに笑って、いつも通りに誰かを助けていた。
わかっていた。
あなたはきっと自分の選択を後悔していないことを。そして、私がこの世界を恨むのを望まないことも。
あなたは世界を愛していた。
だから、私は愛するあなたが愛していた世界を愛することに決めた。
『Love you』
あなたに憧れていた。みんなの中心で輝く、まるで太陽のようなあなたに。
あなたは所謂陽キャ。明るくて面白い、それでいて誰にでも親切。対して私は陰キャ。クラスの隅にいるような、小さく縮こまって、周りに怯えている人間だ。
あなたは太陽だから、遠くから見ているだけでいい。それだけで良かった。
何を間違えてしまったのか。
たまたま二人きりになった教室。その時も親切にしてもらえた私は、思わず言ってしまったんだ。「好き」と。
元から手に入るなんて思っていなかった。太陽は空高く、みんなを平等に照らしているものだから。
あなたはにっこりと笑った。
忘れていた。
太陽に近付き過ぎてはいけない、蝋で固めた翼が溶けて落ちてしまうから。そんな神話があったということ。
憧れは憧れのままでいた方がいいこともあるって、今までの経験からも知っていたのに。
『太陽のような』
この世界は数年前まで魔王の影に怯えていた。世界征服を企む魔王は、その凶悪な能力を持って、人間を恐怖のどん底に落としていた。
そう。数年前まで、この世界に勇者が現れ魔王を倒すまでは。
勇者一行は魔王を討ち、世界には平和が訪れた。
人々は勇者に感謝した。人々は幸せだった。きっと、この世界が平和になって、勇者達も幸せだと思っていた。
人々は勇者達が多大な犠牲を払っていたことを知らなかった。
どこを見るでもなく、外をただぼんやりと眺めていた。
「今日は道具屋の材料集めだよー!」
泊まっている宿の部屋に、一人の女が元気良く入ってくる。そして、ぼんやりしている男を見て、小さく溜め息を吐いた。
「もうすぐ出発するよ。準備してね」
彼女はそう一言だけ告げると、パタンと小さな音を立て、部屋から出て行った。
彼は特に反応しなかったが、聞いていたようで、仲間数人で材料集めへ出掛けていった。
戻ってくると、もう夕方だ。
町の広場から音楽が流れてくる。たまに訪れる吟遊詩人の歌声だ。
この町に滞在して数日。何度かその様子は目撃していた。ただ、今日はいつもと違った。この声に、聞き覚えがあった。
彼等は走り出した。
広場に佇む吟遊詩人。それは、よく見知った人だった。
「死んだかと思ってた……」
彼が、吟遊詩人の姿をした女に向かって、絞り出したような声で言う。
(今まで何してたんだよ)
(会いたかった)
(生きてて良かった)
言いたいことはまだたくさんあったが、ただ一言だけ。
「おかえり」
仲間達みんなが、手を差し出して彼女に向かって笑い掛けた。
「――誰ですか?」
吟遊詩人が言う。
その言葉に、まるで雷にでも撃たれたかのような衝撃を受けた。
彼女は、全ての記憶を失っていた。
彼女を連れて宿へとやって来た。
出会ってから今まであった出来事――自分達は魔王を倒した勇者一行で、女がその仲間だったこと。そして、その際に死んだと思われていたこと――たくさんの思い出を彼女に話した。しかし、とうとう記憶を取り戻すことはなかった。
「なんで」「どうして」そんな疑問ばかりが仲間達の胸中に渦巻く。
「今日はもう寝よう」
話を切り上げ、それぞれが床に就いた。それぞれの想いを胸に。
翌朝。
「おはようございます」
聞き慣れない敬語で、食堂で会った彼女は彼に挨拶をした。
「おはよう……」
どう接していいかわからず、お互いに口数が少なくなる。
「あの……」
彼女がゆっくりと口を開いた。
「……よければ、私も旅に連れて行ってくれませんか」
どうして急にその考えに至ったのかわからず、面食らう。
「だって、もしそれが本当に私だったら、きっと大切にしてもらってたんだろうと思って。それに……純粋に楽しそうだなって!」
彼女が笑う。
その顔が、よく知った笑顔で、彼もつられて笑ってしまった。
「あぁ、もちろん」
覚えていないのなら、また最初から始めてればいい。元々知らない者同士で始まった物語なのだから。
0からでも、きっと楽しい旅になるって、もうわかっていた。
『0からの』
一緒にいたのは愛情というより同情だった。
辛い過去を曝け出してくれた君を、守ってあげたいと思った。
だから、君のわがままを何でも聞いてあげた。すぐ泣き出してしまうのも仕方ないと思ったし、怒るのはきっと俺に心を許してくれているから。
……ちょっと疲れた。
幼馴染みで腐れ縁の女友達に弱音を吐いた。怒られた。それは彼女の為にならないと。
同情はいいが、わがままを全て聞いてあげるのは間違っている。
彼女と少し話すことにした。
家に帰ると、彼女は包丁を持って立っていた。「どこに行ってたの?」
――今、一番同情してほしいのは俺の方かも。
『同情』
生き物を飼わないようにしている。
一人暮らしの寂しさに、ちょっとした鉢植えを買った。
スーパーで売っていたよく知らない植物だが、それでいいと思った。知らない方が成長が楽しみだと思った。
毎日毎日仕事に忙殺されていた。休みも少なく、たまの休みは家で眠るだけ。そんな毎日だった。
最初はちゃんと水もあげていた。大きくなるのが楽しみだった。
それが、日々に追われ、毎日の水遣りが数日に一回となり、いつしか存在を忘れていった。
気付いた頃には枯れていた。
枯れ落ちた葉をつまむ。
呆気ないものだ。しっかりと世話をしないと、こうも簡単に枯れてしまうのだ。水と、栄養と、愛情を込めて育てないといけないのだ。
日々に忙殺される私のように。
何もなければ簡単に死んでしまう。きっとこの植物は自分と同じだった。
寂しさで傍に置かれ、忙しさに忘れ去られ、何もなくなって死んだ心。
生き物を飼わないようにしている。
きっと私には育てることができない。
もう何も失わず、もう失われたくなかったから。
『枯葉』