川柳えむ

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1/21/2024, 5:16:07 AM

 見上げるとずっと上の方がキラキラと輝いている。
 その光を見て、これが美しいということなのだと知った。
 ――あぁ、あの光の中へ行けば、私も美しくなれるかしら?
 誘われるように、あの光り輝く場所へ。

 途端に引っ張り上げられた。
「……っ、大漁だ!」
 光の中へ連れ込まれた。きっとそこは美しい世界なんだと信じていた。
 ――眩しい。……苦しい。息が、できない。
 世界は残酷だった。
 私の居場所はあそこしかなかったのだと知った。今更、もう遅いけど。


『海の底』

1/19/2024, 10:19:07 PM

 急に君に会いたくなって、君の最寄りまでの切符を買ったよ。
「連絡してよ!」って怒られるのはいいけど、追い返さないでほしいな。
 明日は日曜日だし、君が前から行きたがっていたカフェに行こうよ。
 発車ベルが鳴る。
 君の驚きながらも笑う顔を思い浮かべながら、揺れる電車にうとうとと目を閉じた。


『君に会いたくて』

1/19/2024, 12:58:50 AM

 表紙から裏表紙まで真っ黒な日記があった。
 中のページは白いが、書かれている内容は真っ黒――闇だった。
 その日あった出来事、そして、「今日もあいつはああだった」「どうしてこれすらダメなのか」「ふざけるな」「許せない」……そんなことばかりが書かれていた。

 久しぶりにその日記を見つけた。
「そういやこんなの書いてたなぁ」と感慨深い気持ちにすらなった。
 あの時の私は病んでいて、この黒い日記に書き殴ることで精神を保っていた。暫くして限界を迎え、少し休むことになり、今はこうして落ち着いている。
 ここに至るまでは大変な道程だったが、今なら「いろいろあったなぁ」と、まるで他人事のように思うことができる。
 もう大丈夫。日記は閉ざされ、二度と開かれることはない。
 燃えるゴミの袋に投げ入れると、口をきゅっと絞めた。


『閉ざされた日記』

1/17/2024, 10:40:43 PM

 木枯らしが吹き始めた。
 細く枯れ細った老いた木は、そろそろ自分の終わりを感じた。
 それなりに生きて長くこの景色を見てきたし、満足していた。それと同時に、やはり寂しくも思った。
 びゅうびゅうと風は容赦なく吹き付ける。
 枝がもげ、宙に舞った。
 その様子を見て、ああやって空を飛べるなら、いろんな景色を見られるのかもしれないと、少し慰めされたような気持ちになった。
 風はいよいよ勢いを増し、木を根元から攫っていった。


『木枯らし』

1/17/2024, 6:43:05 AM

 醜い世界があった。
 誰かが流した血の上にその世界はあった。聖女という存在が、世界に平和をもたらした。自らの命を犠牲にして。
 それが当たり前だと言われても、許せなかった。彼女の犠牲を当たり前に享受する人々が、国が、世界が、許せなかった。

 だから一人誓った。世界への復讐を。
 剣を振るい、相手の首を跳ねた。
 彼女を死地へと向かわせた奴らへの復讐を果たした。国まるごと敵に回したが、憎しみだけで生き残った。
 静まり返った真紅に染まる世界は、美しいとさえ思えた。
 座り込み、少し休む。そして、平和について考えてみた。でも、すぐに頭を左右に振った。考えたってどうしようもない。彼女のいない世界なんてもう終わっているのだから。平和なんて、ない。

「何これ……」

 誰もいないと思っていた世界に、突然美しい声が降り注いだ。
 信じられない出来事に、ゆっくりと振り返る。

「……なんで…………」

 掠れた声が思わず漏れる。
 そこには彼女がいた。失ったはずの、大切な人。
 幻だろうか。それとも、本当は自分も死んでいたのだろうか。
 でも、これが現実かどうかなんて関係ない。ここに彼女がいる。それだけが事実として存在している。
 本当は駆け寄って抱き締めたいが、この血に塗れた手で彼女を穢すわけにはいかなかった。
 代わりに問いかける。

「死んだはずじゃ……」
「私は死んでない。魔族の残党に狙われないよう、死んだことにしてもらってたの。でも、また違う魔王が現れるってお告げがあって、それを伝えに来たの。ねぇ、何があったの?」

 彼女の目が真っ直ぐにこちらを見つめる。
 世界は彼女を見殺しにしていなかった。
 何も言えずにいる自分を見て、何かを察したのか、彼女は悲しそうに微笑んだ。

「ごめんね。何も言わずにいなくなって」
 彼女の体が光り始める。
「ごめんね。またいなくなるけど、どうか世界を恨まないで。自分を恨まないで」

 聞いたことがあった。聖女は自分の魂と引き換えに人々を生き返らせる力があると。
 彼女がもたらしたはずの平和を、自分が壊した。そして彼女を犠牲にしなければならなくなったのも自分のせいだ。それなら、魔王は自分だった。

「頼む! 犠牲にならないでくれ! 俺の命ならどう使ってもいいから、お前は生きてくれ! 死なないでくれ!」
 祈るように叫ぶ。
「愛してるんだ!」

 彼女はこちらを見て、微笑んだ。

 世界が光に包まれた。
 人々に命が吹き込まれ、萎れた植物すらも花を開かせた。
 その光景は、とても美しかった。
 美しい世界で、卑しくも君の死に悲しむ自分だけが醜かった。


『美しい』

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