見上げるとずっと上の方がキラキラと輝いている。
その光を見て、これが美しいということなのだと知った。
――あぁ、あの光の中へ行けば、私も美しくなれるかしら?
誘われるように、あの光り輝く場所へ。
途端に引っ張り上げられた。
「……っ、大漁だ!」
光の中へ連れ込まれた。きっとそこは美しい世界なんだと信じていた。
――眩しい。……苦しい。息が、できない。
世界は残酷だった。
私の居場所はあそこしかなかったのだと知った。今更、もう遅いけど。
『海の底』
急に君に会いたくなって、君の最寄りまでの切符を買ったよ。
「連絡してよ!」って怒られるのはいいけど、追い返さないでほしいな。
明日は日曜日だし、君が前から行きたがっていたカフェに行こうよ。
発車ベルが鳴る。
君の驚きながらも笑う顔を思い浮かべながら、揺れる電車にうとうとと目を閉じた。
『君に会いたくて』
表紙から裏表紙まで真っ黒な日記があった。
中のページは白いが、書かれている内容は真っ黒――闇だった。
その日あった出来事、そして、「今日もあいつはああだった」「どうしてこれすらダメなのか」「ふざけるな」「許せない」……そんなことばかりが書かれていた。
久しぶりにその日記を見つけた。
「そういやこんなの書いてたなぁ」と感慨深い気持ちにすらなった。
あの時の私は病んでいて、この黒い日記に書き殴ることで精神を保っていた。暫くして限界を迎え、少し休むことになり、今はこうして落ち着いている。
ここに至るまでは大変な道程だったが、今なら「いろいろあったなぁ」と、まるで他人事のように思うことができる。
もう大丈夫。日記は閉ざされ、二度と開かれることはない。
燃えるゴミの袋に投げ入れると、口をきゅっと絞めた。
『閉ざされた日記』
木枯らしが吹き始めた。
細く枯れ細った老いた木は、そろそろ自分の終わりを感じた。
それなりに生きて長くこの景色を見てきたし、満足していた。それと同時に、やはり寂しくも思った。
びゅうびゅうと風は容赦なく吹き付ける。
枝がもげ、宙に舞った。
その様子を見て、ああやって空を飛べるなら、いろんな景色を見られるのかもしれないと、少し慰めされたような気持ちになった。
風はいよいよ勢いを増し、木を根元から攫っていった。
『木枯らし』
醜い世界があった。
誰かが流した血の上にその世界はあった。聖女という存在が、世界に平和をもたらした。自らの命を犠牲にして。
それが当たり前だと言われても、許せなかった。彼女の犠牲を当たり前に享受する人々が、国が、世界が、許せなかった。
だから一人誓った。世界への復讐を。
剣を振るい、相手の首を跳ねた。
彼女を死地へと向かわせた奴らへの復讐を果たした。国まるごと敵に回したが、憎しみだけで生き残った。
静まり返った真紅に染まる世界は、美しいとさえ思えた。
座り込み、少し休む。そして、平和について考えてみた。でも、すぐに頭を左右に振った。考えたってどうしようもない。彼女のいない世界なんてもう終わっているのだから。平和なんて、ない。
「何これ……」
誰もいないと思っていた世界に、突然美しい声が降り注いだ。
信じられない出来事に、ゆっくりと振り返る。
「……なんで…………」
掠れた声が思わず漏れる。
そこには彼女がいた。失ったはずの、大切な人。
幻だろうか。それとも、本当は自分も死んでいたのだろうか。
でも、これが現実かどうかなんて関係ない。ここに彼女がいる。それだけが事実として存在している。
本当は駆け寄って抱き締めたいが、この血に塗れた手で彼女を穢すわけにはいかなかった。
代わりに問いかける。
「死んだはずじゃ……」
「私は死んでない。魔族の残党に狙われないよう、死んだことにしてもらってたの。でも、また違う魔王が現れるってお告げがあって、それを伝えに来たの。ねぇ、何があったの?」
彼女の目が真っ直ぐにこちらを見つめる。
世界は彼女を見殺しにしていなかった。
何も言えずにいる自分を見て、何かを察したのか、彼女は悲しそうに微笑んだ。
「ごめんね。何も言わずにいなくなって」
彼女の体が光り始める。
「ごめんね。またいなくなるけど、どうか世界を恨まないで。自分を恨まないで」
聞いたことがあった。聖女は自分の魂と引き換えに人々を生き返らせる力があると。
彼女がもたらしたはずの平和を、自分が壊した。そして彼女を犠牲にしなければならなくなったのも自分のせいだ。それなら、魔王は自分だった。
「頼む! 犠牲にならないでくれ! 俺の命ならどう使ってもいいから、お前は生きてくれ! 死なないでくれ!」
祈るように叫ぶ。
「愛してるんだ!」
彼女はこちらを見て、微笑んだ。
世界が光に包まれた。
人々に命が吹き込まれ、萎れた植物すらも花を開かせた。
その光景は、とても美しかった。
美しい世界で、卑しくも君の死に悲しむ自分だけが醜かった。
『美しい』