醜い世界があった。
誰かが流した血の上にその世界はあった。聖女という存在が、世界に平和をもたらした。自らの命を犠牲にして。
それが当たり前だと言われても、許せなかった。彼女の犠牲を当たり前に享受する人々が、国が、世界が、許せなかった。
だから一人誓った。世界への復讐を。
剣を振るい、相手の首を跳ねた。
彼女を死地へと向かわせた奴らへの復讐を果たした。国まるごと敵に回したが、憎しみだけで生き残った。
静まり返った真紅に染まる世界は、美しいとさえ思えた。
座り込み、少し休む。そして、平和について考えてみた。でも、すぐに頭を左右に振った。考えたってどうしようもない。彼女のいない世界なんてもう終わっているのだから。平和なんて、ない。
「何これ……」
誰もいないと思っていた世界に、突然美しい声が降り注いだ。
信じられない出来事に、ゆっくりと振り返る。
「……なんで…………」
掠れた声が思わず漏れる。
そこには彼女がいた。失ったはずの、大切な人。
幻だろうか。それとも、本当は自分も死んでいたのだろうか。
でも、これが現実かどうかなんて関係ない。ここに彼女がいる。それだけが事実として存在している。
本当は駆け寄って抱き締めたいが、この血に塗れた手で彼女を穢すわけにはいかなかった。
代わりに問いかける。
「死んだはずじゃ……」
「私は死んでない。魔族の残党に狙われないよう、死んだことにしてもらってたの。でも、また違う魔王が現れるってお告げがあって、それを伝えに来たの。ねぇ、何があったの?」
彼女の目が真っ直ぐにこちらを見つめる。
世界は彼女を見殺しにしていなかった。
何も言えずにいる自分を見て、何かを察したのか、彼女は悲しそうに微笑んだ。
「ごめんね。何も言わずにいなくなって」
彼女の体が光り始める。
「ごめんね。またいなくなるけど、どうか世界を恨まないで。自分を恨まないで」
聞いたことがあった。聖女は自分の魂と引き換えに人々を生き返らせる力があると。
彼女がもたらしたはずの平和を、自分が壊した。そして彼女を犠牲にしなければならなくなったのも自分のせいだ。それなら、魔王は自分だった。
「頼む! 犠牲にならないでくれ! 俺の命ならどう使ってもいいから、お前は生きてくれ! 死なないでくれ!」
祈るように叫ぶ。
「愛してるんだ!」
彼女はこちらを見て、微笑んだ。
世界が光に包まれた。
人々に命が吹き込まれ、萎れた植物すらも花を開かせた。
その光景は、とても美しかった。
美しい世界で、卑しくも君の死に悲しむ自分だけが醜かった。
『美しい』
1/17/2024, 6:43:05 AM