「もしかして怒ってる?」
――別に怒ってないし。
そう呟きながら、そっぽを向いたまま、目を合わせようとはしない。なんとなく合わせたくないだけ。
別に、私以外の女にちょっかいかけてたって怒らないし。嫉妬なんかしてない。
「かわいいなぁ」
そう言いながら、頭を撫でてくる。
やめてよ、そうやって機嫌を取ろうとするの。
私のことはほっといて。あの女と遊べばいいじゃない。
「ねぇ、もしかして嫉妬してくれてる?」
違う。嫉妬じゃない。他の女が私の城を土足で踏みにじっていく感じが嫌なだけ。
「誤解だよ。ちょっと遊びに来ただけだって。友達がさ……」
そうやって言い訳を並べるあなたに、だんだんと腹の底から怒りが湧いてくる。
だって、誤解じゃないじゃない。実際、その女を家に上げてたよね? 遊びに来てただけって、私がいるのに他の女を上げるなんて。
……なんて、何でもないフリしながら、結局そうやって怒ってしまう私が、だんだんと醜く思えてくる。「かわいい」って言ってくれるけど、本当はこんなにかわいくない。だから浮気されちゃうのかな。
「どうしたら機嫌を直してくれるかな……」
家の中を見渡して、私が興味を引きそうな物を必死で探している。
許してあげた方が、可愛げあるかな? でも、やっぱり簡単には許せない。何を出されたって騙されないんだから。
「おもちゃは――ダメかぁ。じゃあ、ちゅーる! ちゅーるあげるから!」
そんな物出されたって……許さないからぁ!
――ちゅーる美味しい!
『何でもないフリ』
数人だけの小さな組織で、大切な仲間達を手に入れた。
俺達は、みんな何かの事情を抱いてここにいる。だから、お互いを信じられないことがあったって仕方がない。それなのに。仲間はみんな気さくに話し掛けてくれる。ここを心地良い空間にしてくれる。
――もし俺の正体を知ってしまったら。
この組織の本当のトップは俺で、その真の目的を仲間達が知ってしまったら。みんな、俺から離れていってしまうだろうか。
……いや、もしかしたら、あいつらならついてきてくれるのかもしれない。
でも、離れていってしまう可能性の方が、当然高い。だから、何も伝えない。
たとえ仲間達がいつか離れてしまっても。この目的と仲間を天秤に掛けなければならない日が来たとしても。
この目的を達成する為に、俺は動く。俺はこの目的を見失ってはいけないのだから。
『仲間』
子供の頃はよく一緒に遊んでいて、手を繋ぐことも日常的なものだった。私はあなたが好きだったし、一緒にいて楽しかった。
大きくなるにつれ、やるべきことがだんだんとわかって、私達の関係は昔のように純粋なものじゃなく、お互いたくさんの物を背負った重い物に変わってしまった。
久しぶりにちゃんと向き合ったパーティーで、そっと手を引かれ、二人でこっそりバルコニーに出た。
「踊ろう」
そう言うあなたの手をぎゅっと握る。
流れてくる音楽に合わせ、あなたの動きに身を任せ、踊る。
久しぶりに繋いだ手から温もりを感じる。楽しい時間が過ぎていく。
二人手を繋いで、そして――
バルコニーから、私は宙を舞った。
繋いだ手が離れた。
『手を繋いで』
「ありがとう」「ごめんね」
その言葉で思い出すのは、数年前に亡くなった祖母のことだった。
いつも感謝の気持ちを忘れない。穏やかで優しい祖母。何かをしてもらうたびに「ごめんね」と言う。祖母の「ごめんね」は「ありがとう」だった。
その祖母とのことをいろいろ書こうと思ったし、実際途中まで書いたんだけど、書いてるうちに温かい気持ちと同時に寂しい気持ちが襲ってきたので、やめた。
大好きな祖母のことは、ずっと忘れない。そして祖母の、他人への感謝の気持ちを忘れない心を、忘れない。
おばあちゃん。「ありがとう」
『ありがとう、ごめんね』
部屋の片隅で燻っている。灰皿の上にある潰れた煙草の吸い殻のように。
部屋の片隅に溜まっていく埃のように。そこにあっても気にしないか、不要で汚れた物として蔑んだ目で見られるか。
新しい煙草に火を点け、紫煙を吐き出す。
つまんねー世界。
自分にとっての世界は、この六畳とたいして変わらない狭い世界で、その世界の片隅で誰にも気にされず目にも留められず生きている。きっとなくなっても気付かれない。消えたらむしろ喜ばれるような。
消えてしまいたくなる。でも、本当は死にたくない。そんな勇気はないから。
部屋の片隅の埃だって、潰れた煙草の吸い殻だったとしたって、今を生きている。たとえつまんねー世界だとしても。この世界の片隅で生きている。
毎日部屋の片隅で、煙草を吸いながらそんなことを考えている。
『部屋の片隅で』