お題『ページをめくる』
(一次創作『この夏、君と忘れない』夏菜子のターン)
引っ越しの荷物をまとめていると、高校2年生のときのノートが出てきた。
作業の手を止めて、恐る恐るページをめくり、すぐ閉じた。
……優斗と中村くん、そして山田先生の三角関係小説と、日記だった。
どちらもあまりに暗黒歴史すぎて扱いに困る。家に置いて行って家族に絶対見られたくないし、特に小説の方は引っ越し先で優斗に見つかったら確実に死んでしまう。
「夏菜子ー!」
一階からお母さんに呼ばれた。
「優斗くん、荷物運びに来てくれたわよー!」
いけない! とりあえずどこかに突っ込んでしまえ!!
絶対見つからないであろう下着の段ボールにそれを突っ込んで、「はーい!」と返事する。
あの頃は毎日がキラキラしていて楽しかった。
そして、今。
私と優斗は結婚しようとしている。
きっかけとなった、あの陸上競技場での1日を忘れることは一生ないだろう。
あの日は大変な1日だった——
お題『夏の忘れ物を探しに』
(一次創作『この夏、君と忘れない』夏菜子のターン)
私が教室に入ると視線が一斉に集まって、みんなのおしゃべりが一瞬止まった。
「夏菜子、ちょっと、こっち!」
聡子に腕を掴まれて教室の外に引きずり出された。それから、ごく小さな声を耳に寄せてきた。
「あんた、噂になってる」
「はい?」
「末廣くんと付き合ってるって」
「……はいぃぃぃ?」
思わず声も大きくなりましょうて。だって、3日前に振ったばかりの人となんでお付き合いをするのか?
「ばっかじゃないの! 誰よそんなこと言ったの!?」
馬鹿扱いしたものの、その噂の出所はどうせ知れている。大方クソ野郎末廣がスピーカー向井にホラを吹いて広めているのだろう。
あいつがそう出るのだったら、こっちにも考えがある。
人の噂には背びれ尾ひれがついて捕まえることなんてできないし、ひとりひとりに言って回るのは効率が悪すぎる。
そこに【たまたま】やってきた向井千佳子は、よほど楽しいらしく満面の笑みを浮かべている。
「おはよう、未来の末廣夫人」
何言ってんの、コイツ。
「将来を誓った仲なんだって?」
なんて下卑た視線を向けてくるんだ。
「何をおっしゃっているのかさっぱりわからないわ」
腹の中は煮えくり返っているけど、顔は努めてクールに。
「またまた。末廣くんが言ってたわよ。先日、図書室で将来を誓い合ったって」
ほーら、やっぱりそういうこと。
このおバカさんは上手いことあんのクソ野郎に使われただけか。それじゃあ、私のBL小説であればモブCにすらしてあげたくもないアイツも、私に仕返しをされても仕方ないわよね?
もしも奴がひと夏の忘れ物を美化したいのであれば、それを直視できないほどセンセーショナルなものに書き換えるだけ。探したくなくなるくらい、原型を留めないほどにね。
私は、芝居がかった声をスピーカーに吹き込む。
「それは真っ赤な嘘よ、向井さん。あなたという聡明な方がそんな与太話を信じるとか、それこそ信じられないわ。
私はね、彼に抱きつかれたから足を踏みつけて逃げたのよ。ここでは言えないような変なことされそうになったの。あなたにだったら、この意味を分かっていただけると思うの。
それに、」
私は息を、すぅ、と吸い込んだ。
「私には生まれた時からのお付き合いになる幼馴染みがいるの。週末はその彼が出場する陸上の大会があるから、そんなことにはかまっていられないわ」
すると向井さんは目を見開く。
「へ、変なことされそうになった!? それに生まれた時からの恋人!?」
「ええ、そうよ」
内心少し「あれ?」となった。私の思っているニュアンスをたった今歪められた気がするのだけど……まぁいっか。
「そんなわけだから、末廣くんにかまけている時間なんてないの」
それではね、オホホ……と付け加えてその場を去った。
教室に入ると由香里がこちらに向かって親指を立ててきた。
私の何気ないそのセリフが、とんでもない事態へと発展してしまうことになろうとは、このときの私は微塵にも思ってもいなかった。
お題『8月31日、午後5時』
(いつものはお休みです)
みんな!
自由研究は最終日夕方5時に言われても、トーチャンもカーチャンも困るんだからね!!
来年は頑張れよ!!
お題『ふたり』
(一次創作『この夏、君と忘れない』優斗のターン)
9月1日、始業式。
そこには松葉杖をついた野上の姿があった。
「おーい、野上ぃー……って、あれ?」
放課後、奴の教室まで顔を見せに行くと既に帰った後のようだった。
特に言いたいこともないはずなのに、俺は何をやってるんだ? 自分にツッコミを入れつつ部活に向かった。
部室で焼きそばパンを貪ってからグラウンドに向かう。そこで俺は見かけてはいけない人物の、見かけてはいけない姿を見てしまった。
「野上!」
奴はあろうことか、念入りに柔軟をしている。
「お前、運動していいのかよ!?」
一瞬動きを止めたが、俺を一瞥するとまた再開した。
「何も走るわけじゃないっスよ。放っておくと、身体、鈍るから」
野上はアンカーだった。その大事な脚を、俺は守れなかった。
もしあのとき100mの勝負を断れば? あの勝負を途中で辞めさせれば? そもそも俺が補欠を受けなければ?
あの日の夜、頭の中を散々駆け巡った言葉を振り払う。
——違う。野上が望んでやった勝負だ。運がなかったとしか言いようがない。
俺は野上の隣を陣取る。しばらくそうしてふたり並んで柔軟をしていたら、野上が口を開いた。
「先輩たちと違って、俺はまだ来年があるから気にしないでくださいっス」
俺は思わず足首を回すのを止めた。
「中山先輩はアンカーで何人も抜いて彼女さんにいいところを見せてくださいっス」
「なっ!?」
思わず後ずさってしまった俺に、こいつは人の悪い笑みを浮かべる。
「来ないんスか? 彼女さん」
「まだ付き合ってねぇし!!」
すると、野上はぽかんとした。
「え……まだ告ってないんっスか!?」
俺が口篭っていると、「ふーん」と意味深に唸る。
「それじゃ、その人にこう言えばいいっスよ。『俺、アンカー走ることになったから、勇姿を見に来てくれ』って」
芝居がかった物言いについ吹き出してしまう。
「ばーか。そんなこと言ってないでタイム計ってくれ。
……それに、俺だってまだ来年もあるんだわ」
「ちっ」
大袈裟に舌打ちした野上は、カラッと笑った。
《夏菜子、ばんわ。大ニュース!》
今夜は珍しく俺からLINEした。
夏菜子から送ってくれるのは、多分俺がすぐ返事を返すから。俺からLINEを送っても、あいつは勉強中だと絶対返してこない。
というわけで、暇な俺はいつも夏菜子からのLINEを待っていた。
しかし今夜は黙っていられなかった。
メッセージを送ること1時間、スマホがようやく鳴った。
《優斗、こんばんは。なにごと!?》
《リレーの走行順、教えてなかっただろ?》
《あ! そういえば知らない! 何番目に走るの?》
《ふふふ、聞いて驚け》
俺はもったいぶって、そこで一旦メッセージを切る。
《アンカーだぜ!!》
そう。俺は今日正式にアンカーを任された。
《え、本当!? やったあー》
夏菜子は喜んでくれているようだ。
《頑張って応援するね!》
《ああ、応援頼んだ!》
《それにしても、入ったばかりでスタメンっていうのも驚いてたけど、アンカーだなんて……やっぱり優斗はすごいね》
……あれ? もしかして、俺が補欠だってこと知らない?
《とにかく、怪我だけは気をつけてね》
俺の疑問などこれっぽっちも知らないであろう夏菜子は、
《少しでも早く今日の疲れが癒えますように。おやすみなさい!》
と一方的にメッセージをぶった切った。
ちょ、待って! もっと会話をリレーしようぜ!?
そう思ったけれど、
《夏菜子もな。おやすみ》
指がそう勝手に動いたのだった。
お題『心の中の風景は』
(一次創作『この夏、君と忘れない』※ログはカクヨムに順次アップしていきます。今回は夏菜子のターン)
夏休みも終わり間近の補習の最終日、帰る準備をしていると、同じクラスの末廣くんに呼び止められた。
「川崎さん、このあと少しだけ付き合ってくれない?」
このときの私はおバカなことに「うん、いいよ」なぁんて快く返事をした。
そうして着いて行った先は、本館4階の図書室だった。司書の先生と数人の図書委員がカウンターで何やら作業をしているみたい。
週明けから2学期になる影響か、閲覧席の人も疎ら……というよりもほぼいない。みんな最後の夏休みを満喫したいのだろう。
そういえば、今年の夏は結構エンジョイしたなぁ……優斗たちの練習風景を観れなかったのは残念だけど、修学旅行と夏祭り、そしてクリームソーダのブルー。概ね青春していたと思う。
私の目の前を歩いていたヒョロリとした長身がいきなり立ち止まった。勢い余ってぶつかりそうになったところを、振り返った末廣くんに抱き止められた。
というか、抱きしめられた。
「川崎さん、好きです」
ちょっと、何言ってんの!?
「どうか俺と付き合ってください」
付き合ってもないのに一方的に抱きつくなんて何事!?
「お願いです」
うわあああ! 耳元で囁くな! 鳥肌立ってきた!!
「ごめ、ちょっ、末廣くん、ヤ……離して!」
「うんって言ってくれるまで離さない」
うわーん! 誰か助けてー!!
「好きな人がいるのでゴメンナサイ!!」
末廣くんの顔をぐいぐい引き剥がしているはずなのに、あろうことかどんどん近づいてくる。ヒョロくてもやはり男子といったところか。
「嫌だよ。だってその好きな人、高山一高の生徒だよね。確か……中山優斗」
え……?
「なん、で……?」
なぜこの男が知っているのか。
「幼馴染みなんだってね。少し調べれば分かるし、6日の陸上競技記録会のリレーにエントリーされてるみたいじゃないか」
茫然とした。何、こいつ?
「……何が言いたいの?」
「別に。ただ、バカ高の運動部員より、エリート高の生徒会長の方が君には似合ってるよ」
はあ!? 逆上した私は彼……いや、クソ野郎の足を踏みつけた。
「——イッ!」
不意を突かれた上に、それなりに痛かったようだ。私を絡め取っていた腕が弛んだ隙に逃げようとしたけれど、膝が笑って言うことを聞かない。
それでも数歩距離が取れた。私はそいつに向き直り、睨みつける。
「ちょっと、あなたの言っている意味が分からないわ。
私は彼ほど優しくて勇敢な人を知らない。それなのに、何も知らないあんたなんかが知ったらしく言わないで」
私の大声を聞きつけて、司書の先生がやって来た。
「川崎さんと末廣くん、騒がしいわよ」
騒ぎの内容までは知らないらしい。
私は、
「すみませーん。あ、この本借ります!」
と、手近にあった『傾聴の基本』という本を取ってカウンターに逃げた。
その夜、お風呂に入ってあんな奴に触れられたところを念入りに洗った。
洗って、洗って、水シャワーを浴びながら、小さな声でブツブツと悪態を吐く。
「アノ野郎、お前なんてBLだと当て馬ぐらいでしか登場できないんだぞ……馬に蹴られて(自主規制)されればいいのよ……」
お風呂上がりに麦茶を飲みながらスマホをチェック。
LINEを開くと、あのクソ野郎から何か言ってきてるけど無視無視! ブロックしてやるわ!!
そして優斗にメッセージを送る。
《優斗、こんばんは。お元気ですか? 私は元気です。あと少しで記録会だね》
《おう、夏菜子。こんばんは。スカウトされて今まであっという間だった》
《応援に行ってもいい?》
《おう、待ってる》
やっぱり優斗は優しくて頼もしいな。
私の心の中には小5のあの日の、バトンを振り回しながらこっちに笑いかけてくる優斗の姿が浮かんできた。