お題『言い出せなかった「 」』
(一次創作『この夏、君と忘れない』夏菜子のターン)
生まれたときからの恋人という噂が流れてからは大変だった。
優斗まで辿り着くのは簡単なことで、高山一校の陸上部というところまですぐに特定された。
「夏菜子、週末の陸上の大会って、もしかして記録会のこと?」
芳佳に聞かれて
「うん、そうだけど……何か?」
と間の抜けた言葉を返してしまった。
「大会と記録会じゃちょっと違うのよー」
それから大会が試合であることと、記録会は個人目標や自己ベスト更新などを目的としたものであることを初めて知る。
「自己ベストの更新……」
私は息を呑んだ。
それは、優斗の本気の走りを目の当たりにできることを意味している。つまり、あの足が速かった優斗の今の走りを、しかも最高の走りが見れるということ。
嬉しくて、頭が沸騰しそうになった。
試合……もとい、記録会前日の放課後、音楽室からうちの学校に似つかわしくない音楽が溢れてきた。
確か昔のバンド……名前は忘れたけど、曲名はランナーだったと思う。
『すごくパンチの効いた音楽だけど、学祭で演奏するのかな?』
などと、ふんわり思っていた。
記録会当日。
私が陸上競技場に着くと、リレーのアンカー側のシートが芹沢学院の生徒で埋め尽くされていた。ほぼ女子で、男子は彼氏持ちの子が連れてきている程度。
そしてなぜか末廣の奴が私の前に立ちはだかった。
「俺は高山一校なんて野蛮な学校に負ける気はない」
私に変なことをしようとした、という噂が流れていることを知らないらしい。芳佳と聡子が間に割って入ってくれたので、私はそれに甘えることにしてそっぽを向いた。
そうこうしているうにち、ピポ〜、というオーボエの音が聞こえてきた。音源に目を向けるとブラスバンド部が何故かいて、それぞれチューニングを始めたところだった。
係員から再三注意を受けながらも小さな音(それでもかなり響く)でランナーの練習をしていたけれど、ついに
「楽器を鳴らすようであれば芹沢学院の生徒全員退出してもらう」
と最後通牒をつきつけられた。
ブラスバンド部の面々は、
「ちぇーっ。同じ運動部でも高校野球みたいに応援しちゃいけないんだってー」
と不満げにぶつぶつ言いながら楽器を片付けていた。
そして、記録会が始まった。
高山一校のリレーメンバーの登場でみんな湧き立った。
「ねえ、夏菜子の彼氏って誰?」
「あ! アンカーじゃない? すごくすらっとしてて……日に焼けてる!」
日に焼けているのは夏合宿のときのもの。それは私と由香里だけが知っていればいいのだ。
そうして始まったレースはあっという間に決着がついた。
優斗はふたり抜いて堂々の2位。
私は感動して、少し泣いた。
他の子たちも圧巻のレースに興奮気味に感想を語り合っている。
ふと、優斗がこちらに小走りでやって来るのが見えた。
突然の今日のお目当ての到来にみんなが悲鳴を上げている。男子たちはおそらく自分の彼女が目移りするのを防ぐためだろう。最前列に駆け寄って行った。
そこで、まさかの、優斗の私への告白。
あまりのことに頭が回らず、思わず、
「中村くんじゃなくて、私でいいの!?」
腐女子脳が出てしまった。
そして一瞬の沈黙。
私はしまったと思ったけど後の祭り。
「だって、だって優斗って中村くんとよく一緒にいるから、妬けるくらい」
咄嗟にこの言葉が出てきたのは私にとって奇跡だった気がする。
私はずっと優斗に言い出せなかった、
「私も生まれたときから優斗のことが大好きー!!」
胸の中に溜まっていた熱くて大事な想いを思いっきり叫んだ。
お題『secret love』
(一次創作『この夏、君と忘れない』優斗のターン)
いよいよ記録会、リレーの部が始まろうとしている。この夏の成果が試される時だ。
「さーて、行くか!」
中村の掛け声のもと、競技場に出た。
そして——異様な空気を醸し出している一角に気がついた。
目をやれば芹沢学院女子の夏服の集団。一瞬間をおいて、キャー、という声援。
それに花を添えるようなピポ〜、という楽器の音の正体は……ブラスバンドだろうか? 係員に注意をされてもしばらくは聞かなかったが、コッテリ絞られたらしい。しぶしぶ楽器を置いているのが見えた。
まさか。
「なんじゃありゃ?」
横川と高橋が首を捻っている。
「す……すまん、多分、目当ては俺」
「はあっ!?」
俺の言葉に食い気味に被せてきた。
「な、なな、なんで芹沢のお嬢様たちが!」
「よぉーく聞け、横川ぁー。それはなぁ、中山のマブが芹沢学院の生徒だからだぉー」
「なんで!?」
ぽかんとしている横川の首に腕を回して、中村は悪い笑みを浮かべる。
「幼馴染みなんだって。そう言われちゃあ仕方ねぇよなー。なぁー!」
話の急ハンドルを俺に切るな。
「ん……まぁ、そういう……こと」
すると高橋が拗ね始める。
「神様は不公平だ……中山先輩には俊足のみならずかわいい恋人まで……あぁ、俺は猛烈に悲しいし羨ましい」
人の悪い笑いを浮かべたまま中村が「馬鹿ばっか言ってないで、ほら行くぞ」とふたりのケツを叩いた。
馬鹿を言い出したきっかけはお前だ。
そのツッコミは面倒くさいので腹の中に収めておいた。
「On Your Mark」
そして、ピストルの破裂音。
第一走者が一斉に走り出す。中村は3番手か。第二走者の高橋で1人抜かれたけど、これは想定の範囲内。そして第三走者、横川……おっしゃ、1人抜いた!
バトンはいよいよ、俺に渡った。
——走る、ただ勝つために——
しかしこのとき、俺は唯一の大失敗を犯していた。
結論から言うと2位だった。
おそらく多くの人が『2位でもすごい』と言うだろう。
でも、違うんだ。
「くっそ……」
俺は、俺は——誰かと走ることに意識が向いてしまい、己の走りに集中できなかったのだ。
応援に来てくれた夏菜子には、伝えたいことがあった。
伝えるべきかどうか一瞬悩んだけれど、俺の足は芹沢学院の制服の群れに向かう。
それまでキャーキャーと上がっていた歓声は、俺が向かうことで止んだ。
芹沢の男子生徒数人が威嚇するように俺の方に向かって来るのが見えたけど、もはや関係ない。
「芹沢学院2年、川崎夏菜子さん! 俺はどうしてもあなたに言いたいことがありまーす!!」
すると、あれよあれよと夏菜子が目の前に押し出されてきた。
「俺は、ずっと、あなたのことが好きでした。今回の記録会で1位になれたらお付き合いの申し入れをしたかったけど、2位止まりでした。悔しいー!!
不覚にも、涙が出てきた。ついでと言わんばかりに鼻水まで出てくる。
悔しい、悔しい、悔しいッ!!!
「だからお願いです、次の大会で優勝したら、お返事を聞かせていただけませんかー!!」
すると、「うそ」と小さな声がはっきりと聞こえてきた。
「中村くんじゃなくて、私でいいの!?」
…………。
……はい?
俺だけでなく、芹沢学院の生徒さんたちの空気も固まる。
「なんでそこで中村……?」
鼻を啜り上げながら、ぽやっと聞き返したら夏菜子は慌てたように「だって」と言う。
「だって、優斗って中村くんとよく一緒にいるから、妬けるくらい」
なぁんだ! そういうこと!!
「俺は生まれたときから夏菜子にくびったけでーす!」
すると夏菜子も、
「私も生まれたときから優斗のことが大好きー!! だから、大会で優勝するの、待ってるー!!」
こうして俺の秘めた恋は報われたのであった。
「内藤由香里さーん!」
……おい。
「俺もあなたに伝えたいことがありまーす! 初めて会った時から好きでーす!! 付き合ってくださーい!!」
中村の野郎、どさくさに紛れて何言ってんだ!?
しかし。
集団の中からぽんっと押し出されてきた内藤さんはひと言、
「まだ当分お友達でー!」
とカウンターを喰らわせていた。
お題『ページをめくる』
(一次創作『この夏、君と忘れない』夏菜子のターン)
引っ越しの荷物をまとめていると、高校2年生のときのノートが出てきた。
作業の手を止めて、恐る恐るページをめくり、すぐ閉じた。
……優斗と中村くん、そして山田先生の三角関係小説と、日記だった。
どちらもあまりに暗黒歴史すぎて扱いに困る。家に置いて行って家族に絶対見られたくないし、特に小説の方は引っ越し先で優斗に見つかったら確実に死んでしまう。
「夏菜子ー!」
一階からお母さんに呼ばれた。
「優斗くん、荷物運びに来てくれたわよー!」
いけない! とりあえずどこかに突っ込んでしまえ!!
絶対見つからないであろう下着の段ボールにそれを突っ込んで、「はーい!」と返事する。
あの頃は毎日がキラキラしていて楽しかった。
そして、今。
私と優斗は結婚しようとしている。
きっかけとなった、あの陸上競技場での1日を忘れることは一生ないだろう。
あの日は大変な1日だった——
お題『夏の忘れ物を探しに』
(一次創作『この夏、君と忘れない』夏菜子のターン)
私が教室に入ると視線が一斉に集まって、みんなのおしゃべりが一瞬止まった。
「夏菜子、ちょっと、こっち!」
聡子に腕を掴まれて教室の外に引きずり出された。それから、ごく小さな声を耳に寄せてきた。
「あんた、噂になってる」
「はい?」
「末廣くんと付き合ってるって」
「……はいぃぃぃ?」
思わず声も大きくなりましょうて。だって、3日前に振ったばかりの人となんでお付き合いをするのか?
「ばっかじゃないの! 誰よそんなこと言ったの!?」
馬鹿扱いしたものの、その噂の出所はどうせ知れている。大方クソ野郎末廣がスピーカー向井にホラを吹いて広めているのだろう。
あいつがそう出るのだったら、こっちにも考えがある。
人の噂には背びれ尾ひれがついて捕まえることなんてできないし、ひとりひとりに言って回るのは効率が悪すぎる。
そこに【たまたま】やってきた向井千佳子は、よほど楽しいらしく満面の笑みを浮かべている。
「おはよう、未来の末廣夫人」
何言ってんの、コイツ。
「将来を誓った仲なんだって?」
なんて下卑た視線を向けてくるんだ。
「何をおっしゃっているのかさっぱりわからないわ」
腹の中は煮えくり返っているけど、顔は努めてクールに。
「またまた。末廣くんが言ってたわよ。先日、図書室で将来を誓い合ったって」
ほーら、やっぱりそういうこと。
このおバカさんは上手いことあんのクソ野郎に使われただけか。それじゃあ、私のBL小説であればモブCにすらしてあげたくもないアイツも、私に仕返しをされても仕方ないわよね?
もしも奴がひと夏の忘れ物を美化したいのであれば、それを直視できないほどセンセーショナルなものに書き換えるだけ。探したくなくなるくらい、原型を留めないほどにね。
私は、芝居がかった声をスピーカーに吹き込む。
「それは真っ赤な嘘よ、向井さん。あなたという聡明な方がそんな与太話を信じるとか、それこそ信じられないわ。
私はね、彼に抱きつかれたから足を踏みつけて逃げたのよ。ここでは言えないような変なことされそうになったの。あなたにだったら、この意味を分かっていただけると思うの。
それに、」
私は息を、すぅ、と吸い込んだ。
「私には生まれた時からのお付き合いになる幼馴染みがいるの。週末はその彼が出場する陸上の大会があるから、そんなことにはかまっていられないわ」
すると向井さんは目を見開く。
「へ、変なことされそうになった!? それに生まれた時からの恋人!?」
「ええ、そうよ」
内心少し「あれ?」となった。私の思っているニュアンスをたった今歪められた気がするのだけど……まぁいっか。
「そんなわけだから、末廣くんにかまけている時間なんてないの」
それではね、オホホ……と付け加えてその場を去った。
教室に入ると由香里がこちらに向かって親指を立ててきた。
私の何気ないそのセリフが、とんでもない事態へと発展してしまうことになろうとは、このときの私は微塵にも思ってもいなかった。
お題『8月31日、午後5時』
(いつものはお休みです)
みんな!
自由研究は最終日夕方5時に言われても、トーチャンもカーチャンも困るんだからね!!
来年は頑張れよ!!