お題『ただひとりの君へ』
[主様へ
主様、あなたのお子様は立派に成人して、今や一児の母となりました。毎日子育てに奮闘されており、旦那様とふたりで試行錯誤しながら育児をなさっています。時々俺も手伝わせていただいています。お嬢様は今の主様にそっくりでつい笑ってしまうこともあります。
お嬢様と今の主様が容姿行動共にそっくりで、今の主様が主様と姿がそっくりということは、主様もお転婆だったのでしょうか? もしそうだったら、俺は今の主様とお嬢様を通して主様と毎日出会っているのかもしれませんね。
主様のお子様——今の主様のことをご報告したくて筆を取ったのに、つい長くなりそうです。それではまたお手紙をお送りしますね。
ただひとりの主様へ
フェネス・オズワルド]
主様への手紙は何通になるだろうか。たくさん書いた気もするし、だけどまだまだ足りない気もする。手紙を主様、そして誰かが読むことはないけれど……それでも書かずにはいられない。
「主様、俺がそちらに行くのはいつになるかは分かりません」
ロックのウイスキーを傾けながら俺はつい呟いてしまった。
こういうとき、不老の己を恨んでしまう。でも、そういう身体を手に入れることは自分で選んだことだから。だから。
「最後まで天使と、いや、自分自身と戦ってからそちらに行きますね。って、地獄に堕ちてあなたに会えないかもしれませんが、天国の主様の幸せを願っています」
つーっと頬に一雫、涙が伝い落ちてしまった。主様のこととなるとついこうなってしまう。だめだな、俺は幼い頃から泣き虫で、それは今でも変わらない。心も強くならないと。
お題『あたたかいね』
〜いつも書いてるやつ、突然の登場人物紹介〜
【フェネス(主人公)】
デビルズパレスに住む18人の執事の中のひとり。今の主様の育ての親。担当業務は設備管理補佐と入浴補助。入浴介助じゃなくて入浴補助だよ。どう補助するのかは謎。前の主様に沸騰温度の片想いをしていたよ。その恋は切ないけどあたたかいね。
【前の主様】
こちらの世界からデビルズパレスのある世界へ行ってしまった女性。そのときには既に身籠っており、デビルズパレスのある世界で女の子を産んでほどなくして亡くなる。フェネスにとって最初で最後の片恋のひと。恋ってあたたかいね。
【主様(今の主様)】
前の主様の娘。わずか一歳にして主の役割を担うことになった。育ての親であるフェネスに長年片想いをしてきたけれど、きちんとフラれて他の男性と結婚する。夫婦共々デビルズパレスで暮らしているよ。絵を描くのが上手いらしく、展示会を開いたりもする。特技があるって素晴らしくてあたたかいね。
【ミヤジ】
デビルズパレスに住む18人の執事の中のひとり。昔は医療担当だったらしいが、今はマナー指導と音楽係を担当。街の貧しい子供たちに勉強を教えることもしているよ。好きなものはスパイシーなものなんだって。スパイシーなものってあたたかいね。
【旦那様(元・パイ屋の青年)】
街に住む貧しい子供の中のひとりだった。ミヤジの勉強会によく参加していて、そのときついてきた主様にちょっかいを出すが後に悪友となる。青年になってからはパイ屋で働く。フェネスにフラれた主様を慰めているうちに恋心が芽生えた。恋心ってあたたかいね。
お題『星のかけら』
その夜の空はは流れ星がザアザアと降ってきた。
俺はその星々に強く祈る。
お願いします、どうか、どうか主様が無事でありますように。主様の赤ちゃんが無事でありますように。
その当の主様は、出産真っ只中だった。
俺と旦那様は星々に、ただただ祈りを捧げていた。
お願いします、前の主様のように連れて行かないでください——
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
どのくらい祈っただろうか。元気な産声が上がった。
主様の部屋から出てきたルカスさんは旦那様と執事たちに、
「母子共に健やか。かわいい女の子だよ」
前の主様のときには予断も許さない状況だった。今回は無事とのことを知り、俺は膝から崩れ落ちたのだった。
あぁ、聞かれましたか? ***様。あなたのお子様はご無事ですよ。安心してください。
『それはフェネスがいてくれたからよ。ありがとう、愛しの人』
聞くことのないはずの声を、俺には聞こえてきた気がした。
お題『良いお年を』
(いつものはお休み)
今年一年、書いたモノタチへの♡をたくさんいただきましてありがとうございました。
来年も、たくさん書いてたくさん読めるといいな、と思っています。
どうか皆様も良いお年をお迎えくださいませ。
お題『手ぶくろ』
みるみるうちに主様のお腹は大きくなった。適度な運動を……ということで、最近では旦那様とお散歩に出ることが多くなった。何か不測の事大が起こってはいけないので俺も着いて回ることも多いのだけれど、本当に夫婦仲が良好。
今更言っても仕方のないことなのだろうけど、前の主様はこういうことに本当は憧れていたのではないだろうか。勘違い甚だしいとは思うけれど、もしも前の主様が本当にそういったことを望んでいたとして、俺なんかを心の隙間を埋める存在だと認めてくれていたのなら、俺は少しでも役に立てていたのかもしれない。ifでしかない話だけれど、もしそうだったとしたら嬉しいな。
それから更に時は流れ、臨月間近となった主様はコンサバトリーでフルーレに習って編み物をしていた。何でも赤ちゃんが自分の顔を引っ掻いて傷をつけてしまわないように手ぶくろを作っているらしい。
旦那様はラムリと一緒に街まで買い出しに行っていて不在。そして、フルーレが別用で少し席を立った時だった。
主様は俺に向かってちょいちょいと手招きしたかと思うと、俺の腕を掴んだ。
驚く間もなく俺の手のひらをご自分のお腹に当てる。すると、ポコポコという動きが伝わってきた。
「今日はとびきりゴキゲンらしくて、ずっとこの調子。きっと私に似てヤンチャな子だと思う。それでも、私たち親子をよろしくね、フェネス。……フェネス?」
主様の言葉に、俺はみっともなく泣き崩れた。
それは、前の主様を思い起こすには充分すぎたのだ。
かつて、前の主様はコンサバトリーでフルーレに習って赤ちゃん用靴下を編みながら、フルーレが席を外したときに同じようなことを俺に言ったじゃないか。
結局俺の抱いていた前の主様への恋心は叶うことはなかった。なのに俺の胸の中ではまだその片思いが沸々と湧き立っていることを、まざまざと思い知ったのであった。