お題『涙の理由』
ぽろぽろと溢れた涙は私の心に染みを作った——最初は彼氏の酷い物言いに腹を立て、怒りのあまり泣き出してしまった。そして泣いているのが悔しくてさらに泣けてきた。しゃくり上げるのを我慢するあまり喉の奥がひりついて痛い。
しかし彼は彼で泣いている私を見て「泣けば済むと思うなよ!」と捨て台詞を吐くと、タバコとライターだけを持って外に出てしまった。さっきの言葉みたいに思考は自己中なのに喫煙するときには律儀に外に出てくれるのはありがたい。
私は躊躇わず自分の部屋の鍵をかけた。
涙の理由?
それは『ここから出ていけ』と言われたからだ。
出て行くも何もここは私の名義なのにね。
お題『僕と一緒に』
俺は今、舞踏会に来ている。こういうのは柄じゃないのに周りが『パートナーを見つけてきな』と強く推してきて渋々といったところ。
さっきからスカートを何度も踏みつけ、その度にこけそうになる。その度に人目が集まってきてムカついて……あー、早く終わんねーかなー。
そんなことを思いながらビュッフェ形式の食事をつまんだ。あまりの美味さに驚いた。舞踏会は終わってほしいけど、この飯だけは食い続けたい!
片っ端から食っているとひょこひょこと少年……いや、もっと小さいな、ボウズがやって来た。
「あの、僕と一緒に食べてくれませんか?」
妙なことを言うな。
「お料理が上手く取れなくて」
なるほど。テーブルが高いからな。
「食えねーもんがあったら今のうちに言いな」
ぱあぁ、と顔色を明るくするボウズを見ていると悪い気がしない。
それからはふたりで並んで壁際で飲み食いした。
数日後。舞踏会を主催した屋敷から使いが来た。
「当屋敷の跡継ぎ君があなたをパートナーとして迎えたいと仰っています。どうか今一度屋敷までお越し願えませんか」
イエス・ノーの選択肢をくれない口調に内心『うげ』と思いつつ、またドレスに着替えた。
件の屋敷に着くと、こないだのボウズが玄関前で膝を抱えてしゃがみ込んでいる。
「どうした、ボウズ」
俺の顔を見るとそのボウズはあの笑顔を向けてくる。
「本当に来てくれた!」
え?
「坊ちゃん、そんなところにいないで、中でお話なさいませ」
先程の使いの者が顔色を曇らせている。
もしかして、跡継ぎ君というのは……。
「あなたとの食事はとても美味しかったです。お願いです、これからも僕と一緒にごはんを食べていただけませんか?」
おぃぃ、熱烈なプロポーズだな……。
俺はどう言えばこのボウズを傷つけずに断れるか、でもこの屋敷のメシは確かに美味かったんだよなぁ、と心揺れるのだった。
お題『既読がつかないメッセージ』
(一次創作)
初めてできた彼女と、初めて喧嘩した。
デートの最中にむくれ顔のまま俺を残してズンズン歩いていく後ろ姿。その背中に余計に腹が立ち、俺もまた逆方向へと歩いた。
その夜。
カッカしていた頭が冷めてしまうと俺の方も悪かったな、という思いが湧き起こる。
だけど素直になりきれない俺は謝罪なんてできるわけがなく、でも取りつく島欲しさにLINEを送った。
《こんばんは。元気?》
考えに考え抜いた言葉は何ともいえない、頭の悪さを露呈していた。
しかし、いつまで経っても既読がつかない。いつもならすぐに反応があるのに……。
俺は慌てた。彼女の身に何かあったのかもしれない。
堪らず通話のボタンを押す。3回もかけたのに、こちらも反応がない。
どうしよう、俺、捨てられたのか?
茫然としていると、呼び出し音が鳴る。
「もしもし?」
早口になる俺の声に対して、彼女はとてもゴキゲンな口調。
『もしもし。なんかあったの? あ、ちなみにこっちは今日のデート資金でイッチバン高いお肉食べてた。うふふ、美味しかったぁ〜』
彼女が無事でいたことよりも、俺だって肉が食べたかった悔しさで泣けてきた。
お題『秋色』
(あくねこ二次創作)
「主様、午後のお茶の時間でございます」
この優しくまるい響きは、確か……フェネスさん、と言ったか。
「お茶の時間ですか、フェネスさん……」
俺がこの屋敷に来てからもう一週間が経った。だけど俺の尻は未だにむず痒い。それはそうだろう、全員イケメンなんだから。むしろ俺の方が小間使いに相応しい。
だからついつい執事のみんなさんにさん付けもするし、デスマスで話してしまう。その度に執事は恐縮するし、フェネスさんに至ってはなぜかひとり反省会をしているらしい(ラトさん・談)。
そして、今日の担当執事はフェネスさんのようだ。この柔らかい笑顔をなるべく壊したくないなぁ……。
「主様、また……。俺のことは呼び捨てにしてください。あ、そうだった。それよりも見てください、このお菓子!」
あ、今、はぐらかしたな?
けれど見せられたお菓子はどれも美味しそうで、思わず頬が綻んでしまう。
「焼きたてアツアツのスイートポテトに、ロノ特製モンブランに、かぼちゃのほろほろクッキーです。紅茶はディンブラを合わせてみました」
秋めいたそのお菓子だけれど、ひとりで食べるのも味気ない。よし。
「フェネスさん、俺と一緒にお茶してくれませんか?」
わ、わわわ! なんだよ俺!? これじゃナンパじゃねーか!!
内心バクバクな俺の誘いをフェネスは、
「主様と同じテーブルにつくわけにはいきません」
と固辞する。
「やっぱりダメですか……でもせめて座ってはいただけませんか? 立ちっぱなしで様子を窺われると落ち着きません……」
「はぁ……それでは……」
やっと目線の高さが同じになった。というか、座高低いな! ということは、脚かなりなっが!!
しかし、この状態で気づいたこともある。
「フェネスさんって、秋の夕陽が沈むような瞳をしていて、とても素敵だと思います」
だーかーらー! これじゃ口説いてるみたいだってば!!
そんな俺の心を知ってか知らずか、長いまつ毛を伏せたかと思うとふわりと微笑み、小さな声で恥ずかしそうに、
「ありがとうございます、主様」
なぁんて言うから、俺は絶対このでっかい小動物(?)を守ろうと誓うのだった……。
お題『もしも世界が終わるなら』
俺は職場の同僚と一緒に、休憩室で昼飯を食いながらテレビを眺めていた。
「もしも近い未来に世界が終わるとしたら……俺なら、アイスを食べに行くかも」
同僚の思いもよらない言葉に目を瞬いた。
「なんで、アイスなん?」
「んー、だって俺、糖尿だから」
「はあ!?」
俺は毎日顔を合わせるこの同僚のことを何も知らないのかもしれない。
「あと、ケーキにおはぎに……あの泉みたいに湧き出るチョコレートの」
「チョコファウンテン」
「そうそれ」
しかし、奴のうっとりとした表情は一転して暗くなった。
「どうした?」
「だってさぁ」
次に口から出てきたことは、実に現実的な言葉だった。
「世界の終わりを前にしたら、アイスクリーム屋もケーキ屋も和菓子屋も、みんなみんな仕事なんてするわけないだろぉ!!」
「あー、至極もっとも」
「だからさ、あのチョコマウンテン買っとく。買っといて、世界の終わりに俺はそれを楽しむ」
「チョコファウンテン、な」
それにしても、と思う。
「あの隕石、地球に来なきゃいいけどなー」
テレビでは『巨大な隕石が地球に接近中!』というテロップが踊っていた。
「そうだよなぁ」