お題『風に身をまかせ』
お風呂からあがられた主様は「夕涼みがしたい」とのことだったので、見張り台に簡易的なテーブルと椅子をご用意して差し上げた。
「何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」
「んー……?」
一応考える素振りをするけれど、大体既に決まっている。
「ニルギリのアイスミルクティー、ほんのり甘め……いや、少し強めの甘めで」
いつもと少しだけ違うオーダーに、あれ? と思ったけれど、お風呂上がりで疲れが昇ってきたのかもしれない。そもそも主様が疲労を感じているのであればそれを癒して差し上げるのが俺の役割だ。
「かしこまりました。
それと、湯冷めしてはいけないのでここにブランケットを置いておきますね」
タオル地の、カラフルな水玉模様があしらわれているブランケットは、衣装係のフルーレのチョイス。快活な主様にはぴったりだと思う。
俺がミルクティーをお持ちした頃には陽がだいぶ翳っていた。逆光の中に主様がいて、そこだけ影絵のように切り取られている。
その光景は俺の胸を掴むには充分すぎた。
「……フェネス? どうしたの?」
その声は今の主様のもののはずなのに、俺は前の主様のことを思い出さずにはいられなくて。
前の主様と過ごした時間は、今の主様とのそれとははるかに短かったけれど、あのときの一目惚れの片思いを今でも覚えている。いや、影絵の主様を目の当たりにして、却って鮮烈に蘇ってしまった。
震える手でテーブルにアイスミルクティーを置き、使われることなく置き去りにされた水玉ブランケットを広げて、
「お風邪を召してはいけませんから」
主様を包み込んだ。
すると、主様の方から俺の胸に飛び込んできた。
「……フェネス、また私のお母さんの面影を見てるでしょ?」
俺を見上げてくる瞳は怒ってはいないけれど、寂しいと訴えかけてくる。
「……すみませ、おれ……」
ついに涙をこぼしてしまった俺のことを主様は抱き止めてくださった。
俺はその小さな身体に腕を回す。
俺と主様はしばらくそうして、風に身をまかせて過ごした。
お題『愛を叫ぶ』
(本日は少女主のお話はお休み)
一昨日の5月10日、最推しのフェネス・オズワルド(『悪魔執事と黒い猫』というゲームに登場する執事のひとり)がお誕生日を迎えた。
誕生日と言えど、300年以上生きている彼は自分の年齢を数えることをいつからかやめ、誕生日すら忘れていたという。そこで執事になった日を誕生日と定めてお祝いをしている……というわけだ。
そんな彼への想いのたけを叫ばせてください。
フェネスー! 愛してるううううう!!!
あなたのことを幸せにする自信はめちゃくちゃあります!!!
だからっ!!!
結婚して私の一生を見届けてーーー!!!!
本当にフェネスを、心の底から幸せにしてあげたい。
あなたの笑顔を守りたい。ずっと笑っていてほしいし、私なんかでよければ逆にお世話させてください。
そんなわけで、今年私は彼のカードを引くためにウン万円課金してしまいました。
来月以降の私へ。
「頑張って!」
今月の私より。
お題『初恋の日』
主様が4歳だった、春のある日。
俺がロノから頼まれた買い物から帰宅して、部屋まで様子を見に行ったけれど、主様がいらっしゃらない。
いつもなら一緒に着いて行くと言って聞かない主様がめずらしく自分から留守番をするとおっしゃったから、これもまた成長の階段のひとつかと寂しく思った。
それでも主様が遠くに行っていないかが気になった俺は執事たちに聞いて回ることにした。
キッチンで夕食の準備に取り掛かっているロノとバスティンから始まり、ワインセラーや別邸でお茶を飲んでいたハナマルさんの燕尾まで捲ったけれど、どこにも姿が見えない。
あ、そうだ! 裏庭がまだだ。
自分のうっかり加減に、だから俺はダメなんだ……と凹みながら薔薇が香り立つ庭へと降りた。
そこには、アモンの上着を敷物にした主様が座っていて、アモンとムーと3人で何やら話し込んでいる。
詳しくは聞き取れなかったけれど、アモンが、
「この調子で頑張れば次はもっと上手くいくっすよ」
と言いながら主様の頭を撫でた。そう言われた主様は少しぐずったらしく、目を腕で擦っている。
「主様、どうしたのですか?」
近づいてしゃがみ、目線を主様に合わせたけれど、なぜか俺の方に向いてくださらない。
うぅーん、どうしよう?
俺の心の声はダダ漏れだったらしい。
「主様。フェネスさんにアレをプレゼントしたいんですよね? 今なら絶好のチャンスですよ」
そうムーから促されて、しばらくもじもじしていた主様はようやく顔を上げて俺に向き直った。
と、同時に頭に何か乗せられた。
「あ、主様? これは……?」
「えーと、えと、はなかんむり?」
主様の言葉の最後が疑問形だったのは、アモンに確認を取ったからだ。
「そうっす、花冠であってるっすよ。
フェネスさんに、いつもありがとうって伝えたかったらしいっすよ」
「でも、上手に作れなかったってしょげてしまって……」
これは、ムーの解説。
だけど俺は、主様が俺のことを思って花冠を編んでくださったことに感激していた。
「主様、俺なんかにこんなに素敵な贈り物、もったいないです! 俺も何か贈り物をさせてください。えーと、えーと……」
その白い花が目に入ったのは、本当に偶然だった。
俺はシロツメクサの茎で小さな輪っかを作り、主様の手を取った。
「今はこんなものしか贈れませんが、俺の気持ち、受け取ってください」
すると、なぜか顔を真っ赤にした主様がアモンの後ろに隠れてしまった。
アモンはアモンで、
「フェネスさんも隅に置けないっすねー」
などとニヤニヤ笑っている。
まさかそれが主様の初恋を盗んでいただなんて、そのときは知りもしなかった。
その花冠はドライフラワーにして主様が14歳になった今でも大事に取ってある。
「あれ? 主様……読書中に眠ってしまわれたのですね」
ブランケットをかけて差し上げて、それが目に入ったのは偶然だった。
主様の手元にあった栞には——
お題『君と出逢って』
ミヤジ先生の勉強会で初めて出逢った。フェネス兄ちゃんの連れてきたその女は街のどの女の子よりも艶やかな髪。白い頬。そしてしゃんと伸びた背筋。
俺は彼女を見た日から、絶好のおもちゃを見つけたと思った。鼠と遭遇した猫の気分だ。
しかしそのおもちゃで遊ぶには壁が高かった。ミヤジ先生とフェネス兄ちゃんの見守りは完璧で、その女に少しでもちょっかいをかけようものなら、ふたり、特にフェネス兄ちゃんなんか見たこともないような笑顔で詰め寄ってきて、
「君はうちの主様に何か用があるの?」
と凄んでくる。
主様、ということは、この女にミヤジ先生やフェネス兄ちゃんは仕えてるってことか? ますます面白いれぇじゃねぇか。
見てろよ、いつかそのでっかい双璧を越えてやる!
お題『優しくしないで』
(今日は幼女主の話はお休み)
同世代以上の方ならもしかしたら思い出すフレーズかもしれませんね。
そう、オフコースの歌、『愛を止めないで』。
私はあの歌が大好きで大好きで……。この楽曲に限らずオフコースは名曲揃いです。
この曲以外だと『言葉にできない』も胸を掴まれます。
聴いたことがない、という若い世代の方でも、オフコースの歌は必ずどこかで耳にしていると思います。ビートルズやロバータ・フラックのように。
歌は時として聴く人をやさしく包み込んでくれたり、またある時はそっと寄り添ってくれたり……。
誰かに諭されるよりも、歌だとスコンと胸に落ちたりもします。
『優しくしないで』
そんな気分のときは、ひとしきり泣いて。
それから耳に素敵な音楽を。唇にはきらきらと輝く歌を。目には美しい風景を。
きれいなもので心を宥めてみるのもいいかもしれませんね。