にえ

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お題『!マークじゃ足りない感情』
(一次創作・昨日のスピンオフ)


 私は川崎夏菜子。高校2年生。世を忍ぶ、所謂腐女子というヤツ。世を忍びすぎて、部活動仲間以外には腐臭を漂わせていない……と思いたい。
 幼い頃からずっと一緒にいたのに、中学へ進学するときに離れ離れした幼馴染みがいる。彼の名前は中山優斗。

 まぁ……その、私は腐っていながらにして優斗にずーーーっと片思いをしている。
 足が速いのは小学生女子の心を掴むには十分すぎる要因だった。
 だけど、私が彼のことを好きになったのにはもうひとつ理由がある。

 それは、小学4年生の運動会でのこと。
 優斗はクラス対抗リレーのアンカーだった。
 しかし彼の競技が始まる直前、優斗の前に走る予定だった男子が倒れてしまったのだ。クラスメイトたちが慌てふためく中、優斗だけは冷静だった。
「おい、早川、聞こえるか、おーい! ……意識なし。
 小林、先生呼んできて。高原は保健室の先生を。夏菜子、AED持ってきて」
 そのときは頭の中が混乱していて、とにかく必死にAEDを運んだ。
 私がAEDを持って行くと既に到着していた先生たちが心臓マッサージをしていた。
「先生、AEDです!」
 AEDを大人たちに渡すと、私の膝が緊張のあまりか崩れ落ちそうになった。けれど私を優斗が支えてくれた。
「夏菜子、サンキュ」
 後になって冷静な頭で振り返ると、そのときの優斗の、あまりの格好良さに言い表せないほど心臓を掴まれた。その時のAEDは使われることなく済んだけれど、私自身には見事に作動していたらしい。
 それからは夢中だった。
 優斗の一挙手一投足が気になって仕方がない。
 優斗の笑顔が最高に眩しいし、優斗が私の名前を呼んでくれる、もうそれだけで有頂天になった。

 しかし、私と優斗は離れ離れになった。親の教育方針の違いというやつだ。私は中学から私立に通うことになった。

 優斗になかなか会えない。
 この事実が、もしかしたら私を歪めたのかもしれない。

 私は中学で文芸部に入った。
 そして、そこでとんでもない世界を知ることとなった。
 部室の机に、一冊の雑誌。表紙は、思わずため息が漏れてしまうほど耽美なイラストが飾っていた。
 私は中身は何だろうかと興味を唆られ、その雑誌の表紙を捲った。
 表紙の中は小説で、最初は男同士の友情に胸がキュンキュンしたのだけれど、その……あ、あはは……なるほど……。
 有り体に言ってしまえば、男性同士の恋愛ものだった。

 私はそのまま納豆となってしまった。もう大豆には戻れない。

 BL本を読んだり書いたりして、私は優斗と会えない時間を潰した。

 つい先日、久しぶりに優斗とゆっくり会える機会を持てた。咄嗟に双葉町のカフェを思い出した私、グッジョブ!
 しかしそこに現れたのは優斗だけではなかった。
「優斗ー! こっちー!!」
 私の呼び声に驚いていた同級生の中村くんも一緒だったのだ。ふたりは終始仲が良さそうで、見ているだけでシアワセな気分にさせてくれた。
 浅黒く日焼けした体格のいい男子高校生ふたりは仲が良く、しかも片方がもう片方を口説き落としにかかっているという。ヤンチャ系というのも素敵だわ……私の好敵手として相応しい。
 何より、シチュエーションが既に美味しすぎる!

 私はまた優斗が走る姿を見られるかもしれないことへの喜びを噛み締めつつ、この味わい深い三角関係へと身を投じて行った——

 中村くんに勝てるかな?
 いや、私、中村くんになら負けても構わない……!!

8/15/2025, 11:52:03 AM