にえ

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お題『君が見た景色』
(一次創作・昨日の続き)


「中山、な、頼む!」
 こいつは中村正人。出席番号1番違いの同級生。陸上部。
「この夏の大会、お前がいると勝てるんだ! だから頼む、陸上部リレーメンバーの補欠になってくれ!」
 両手を合わせて拝まれてもなぁ……。
「俺がいると勝てるとか言う割に扱いが補欠ってどうよ?」
 俺は帰り支度の手を止め、頬杖をついて中村に目を向けた。
「いや、だってお前から出てるオーラがお守りのソレと一緒」
 中村はそう言うと俺の空いてる手を両手で包み込んだ。
「やめろよ、暑苦しいし気持ち悪りぃ」
 その手を払いのけて俺は碌に何も入っていないカバンに手を伸ばした。
「じゃあな、中村」
 こうして俺はひとり颯爽と夏菜子を迎えに行った。

 ——はずだった。
「なぁ中山、頼むよぉー」
 中村は、今日は嫌に食い下がってくる。
 蜃気楼揺らめく真夏のアスファルトを歩きながら俺はコイツをどうしようかと思い悩む。
 だってそうだろう。もうすぐ夏菜子との待ち合わせ場所だ。中村がいると色々ややこしくなる気しかしない。
 しかし。
「優斗ー!」
 あ、この声は。
「優斗ー、こっちー!」
 あぁ……夏菜子だ。どうやら俺を迎えに来たらしい。
 はっきり言ってしまえば、夏菜子に俺のダチを会わせたくなかった。
 方やきゅるんとした目、肩口で切り揃えられた今時珍しい黒髪、そして元気溌剌なかわいい女子高生。対する中村は阿保という2文字がとんでもなく似合う茶髪ヤンキー風ど天然野郎と来る。コイツといると俺まで阿保扱いされる。
 なので今回も阿保扱いされることがほぼ確。何なら夏菜子に愛想を尽かされる。
「優斗……って、もしかしてお前のこと!? え、芹沢学院のあのお嬢様、お前と友達なの?」
 ぽけっとしている中村はこの際置いて帰るか。
「んじゃ俺はここで」
 そうしてヤツと別れた。

「んー! クリームソーダ、うめえぇぇ!!」
 数分前に別れたはずの中村は、何故か俺の隣で歓声を上げている。
「ばっ……! もっと静かにしろ!!」
 俺たちのボケツッコミが面白かったらしい。夏菜子は白い頬にえくぼを浮かべた。
「ふふ、優斗にちゃんと友達がいて安心した」
「お前なぁ、俺のこと何だと思ってんだよ」
「だって、優斗の口から友達の話聞いたことないし」
 夏菜子はそう言った唇でストローを吸った。ちくしょう、ストローの奴、羨ましいぜ。
 俺はスプーンで目の前にある、水色のソーダ水に浮かんだアイスクリームを転がした。
「あ、申し遅れました。俺は中村正人です。高山第一高校の2年B組で、部活は陸上部。キャプテンをやっています。よろしくお願いします」
 中村は、俺の向かいに座る夏菜子に握手の手を伸ばそうとした。すかさずその手を俺がはたき落とす。
「ふふ、面白い人」
 くすくす笑う夏菜子に気をよくした中村が、
「おい聞いたか中山、俺を褒めてくださったぞ」
と、また騒ぐ。
「馬鹿かお前は」
 隣の茶髪にぐりぐりゲンコツをお見舞いしておいた。
「いで、いでで」
 このやりとりがツボったらしい。夏菜子はテーブルに突っ伏して肩を震わせている。
「夏菜子も夏菜子だろ。そんなに笑うな」
「だって、優斗も中村くんも面白いんだもん。
 あ、私も申し遅れました。川崎夏菜子です。優斗のおうちの2軒隣に住んでいて、言ってみれば幼馴染みです。よろしくお願いします」
 頭をぴょこりと下げると、黒髪がサラサラと顔を隠した。それがあまりにも絵になりすぎて、ドギマギしてしまう。
 パッと顔を上げた夏菜子は「あ、そうだ!」と小さく声を上げてから鞄を開けた。夏菜子の鞄はさすが進学校というべきか、参考書らしきものやらノートやらがみっちりと詰まっているようだ。
 その中からひとつ、小さなファイルを取り出した。
「ポケットカメラで撮った昔のフィルムが出てきて、現像してみたの」
 いつ頃のだろうかと思いながらそのファイルを開いてみると、見覚えのあるイガグリ頭に赤いハチマキ。
「これ、小5の運動会じゃねぇか!」
 うわぁ、懐かしー……。俺の声にならない言葉に、
「懐かしいでしょ」
と、相槌を打つ夏菜子。
 夏菜子の写真は一枚もない。
 この時、俺と夏菜子はそれぞれのポケットカメラで各々好きなものを撮ろうという取り決めをしていたのだ。
 俺が撮った写真は友達や先生、後輩たちの演技など。もちろん夏菜子の写真も。
 しかし、夏菜子が撮った写真はどれも画角に俺が収まっている。
 耳の奥がドクドクと音を立てている。アルバムに付くのではないかと心配になるほど手汗をかいてきた。
「夏菜子、これ……」
「ふふっ。リレーで走る優斗があんまりにもカッコよかったから、何枚も撮っちゃった」
 はにかんで視線を落とされ、俺は、俺は——!
「なぁ、中山……これは夏菜子様がお前にリレーメンバーに加わるようにと、お告げしてくださったのではなかろうか……?」
 おどろおどろしい声に視線を向ければ、見知った男の姿。
「な、中村! い、いつからそこに!?」
 夏菜子とのふたりの世界に浸りすぎてしまい、すっかりコイツの存在を忘れていた。
「俺のこと忘れんなよぉー。
 夏菜子様からもコイツに言ってやってくださいよ。リレーのメンバーになれって」
 リレーと聞いて夏菜子の顔が紅潮した。
「え! それって、また走る優斗が観れるってこと!?」
「ええ、そうですそうです!」
 調子のいいこと言ってやがる。
「優斗、頑張って」
「そんなこと言われたって、どうせほけ……」
 補欠と言いかけた口を塞がれた。
「中山ならすぐにスタメンですから!」
 調子よくヘラヘラしている中村に、嬉しそうにニコニコしている夏菜子。
 ああ、俺は一体どうしたらいいんだ?

 走るしか、ないのか……!?

8/14/2025, 1:07:46 PM