お題『言葉にならないもの』
(一次創作)
「おーい!」
片側二車線の道路の反対側の歩道に、ぴょこぴょこ飛び跳ねるような歩き方をする幼馴染みの夏菜子の姿を見つけた。特徴的なその歩き方はなんとも言えない可愛らしさがある。
俺の呼び声が聞こえたらしい。こちらを見ると、パッと顔を綻ばせた。
約10メートルをサッと走り、歩行者信号のボタンを押す。ここの信号のいいところはすぐに変わってくれるところ。横断歩道を渡ったところで夏菜子と合流した。
「今日も暑いね。アスファルトを踏むと熱されて焼豚になりそう」
そう自虐する夏菜子だけど、俺はそうは思わない。ふにふにと柔らかそうな白い肌は触ると心地いいに違いない。昔、幼い頃はお互いつつき合ってじゃれてたのになぁ。
「まあまあ、そう言うなって。ところでこれから補習?」
「うん。優斗は?」
「俺も補習」
俺と夏菜子では同じ『補習』という名称でも意味合いは全く違う。夏菜子は進学校ゆえの授業の延長。俺は低レベル高校の、さらに底辺ゆえの夏季休暇返上。
「あー! かったりぃぜ」
「まあまあ、そう言わないで」
俺の言葉を夏菜子は混ぜっ返した。
「何時までかかるの?」
「昼前まで。夏菜子は?」
「私も同じくらい」
そんな他愛もない話をしているうちに夏菜子が通う高校の前までやって来た。
「優斗、よかったらお昼にカフェ行こ。こないだできた双葉町の」
思わぬお誘いに一瞬目をぱちくりさせた。
「……いいけど、そういう夏菜子こそいいのかよ?」
俺は1週間前、見かけたのだ。背の高い男と一緒にこいつが歩いていたのを。胸の奥が焦げたのは日差しのせいだけではなかった。
たっぷり3秒間ぽかんとした夏菜子は、
「いいに決まってるじゃない」
と、いかにも心外だと言わんばかりに呟いた。
「それじゃ、補習が終わったらまたここで」
そう言い残して夏菜子はスカートの裾を翻しながら校門の中へと駆けて行った。
どどど、どうしよう! これはデートのお誘いなのでは!?
幼馴染みへの片想い、その長さは生まれてから今まで。言葉にするなら『愛してる』。
だけど口にすることで関係が木っ端微塵になりそうで怖い。
言葉にならないこの胸の内を抱えたまま歩いているうちに、我が校の校門を通り過ぎた。同級生の田村に首根っこを掴まれてそのことに初めて気がついた。
「おいおい中山、どこまで行くんだ?」
「あ、田村。おはよ」
「おはよ。ってか、何にやけてんだよ? 気持ち悪りぃな」
そうか、俺はにやけていたのか。胸の内は言葉にできないけど、顔には出ているらしい。
緩んだ頬の筋肉をムニっと摘んだ。ああ、早く補習が終わらねぇかなー!
8/13/2025, 11:09:10 AM