にえ

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8/11/2025, 11:46:17 AM

お題『こぼれたアイスクリーム』
(今日は一次創作)

 2段アイスクリームを買い、ホクホク笑顔で店を出た。ナッツがたっぷり入ったアイスと、チョコレートの味がとっても濃いアイス。お値段、720円也。私の好みはソルベ系なのに、亡き両親がこよなく愛したフレーバーを選んだ。もしかしたら帰省できなさそうな初盆間近であることのセンチメンタルから来たものかも。私が子供の頃、両親とアイスクリームを買いに行くとダブルなんて許されなかった。必ずカップでシングル。だからこれは、所謂大人買いの一種なのかもしれない。
 コーンにギチギチと収まっている、溶け始めのアイスにピンク色のスプーンを突き立てた。口の中に濃厚なクリームが広がり、私はその甘さに眉を顰めた。この味、濃すぎてブラックコーヒーが欲しくなる!
 そう思った私は辺りを見渡した。視界に入ったのは二軒の喫茶店。でもさすがに飲食物を持ち込んではいけないよなぁ。さらに遠くに目を向ければ、陽炎がゆらめく向こうに白い背高のっぽの筐体が見えた。自動販売機だ!
 とてとて近づきながら、バッグの中の財布を漁る。そして硬貨を投入し、無糖ブラックのボタンを押して出てきた缶を受け取る。そしてここで大いに狼狽えた。
 開けられないのだ、缶を。片手のアイスが邪魔をして、今すぐ飲みたいコーヒーにたどり着けない。飲めないとなると尚更ブラックコーヒーが恋しくなり、なんとかして開けられないだろうかと片手でもがく。ああ、これがペットボトルのコーヒーだったなら、左腋に挟んで右手で開けられただろうに。たった40円ケチっただけでコレである。
 悪戦苦闘していると、缶の上に茶色くて丸い物体がどっかりと落ちてきた。それは苦味に逃げを打つ私を嘲笑うかのようにチョコレートをふんだんにとろけさせていく。左手は溶けたアイスが垂れてきてベトベトだし、缶コーヒーは無茶苦茶だし、最悪だ。近くの公園で手を洗えば、捻った蛇口からはお湯が出てきた。
 思わず、深い深いため息がこぼれる。これは親不孝にも初盆に家にいない私への当てつけだろうか。いや、そんなばかな。

8/4/2025, 1:45:02 PM

お題『ただいま、夏』


 振り返ればハウレスだった。買い物帰りらしく、バゲットが頭を覗かせている大きな袋を抱えている。
「お帰りでしたか」
「ついさっき。何か用事?」
 ハウレスがいつになく生き生きとして見えたから、何かあるのかな、という小さな勘だった。
「街にアイスクリームの店ができていまして。よろしければ一緒に行き」
 皆まで言うよりも早くベリアンがやってきた。
「主様、帰っていらしたのですね」
「うん。ただいまベリアン」
「ごゆっくりお過ごしください」
 恭しく礼をすると、ベリアンはハウレスに向き直った。
「依頼です。ハウレスくんご指名の」
 依頼と聞いてハウレスの顔が引き締まった。
 しかし私のお口はアイスクリームになっていた。チョコ味のアイスをこよなく愛する私の舌は甘くて冷たい食感を求めている。
 拗ねているのが顔色に出てしまっていたのかもしれない。ハウレスが困惑しているとフェネスが通りかかった。
「フェネス。主様をアイスクリーム屋にお連れしてくれ」
 そう言ったハウレスの顔は残念そうに見えた。

 フェネスのエスコートで馬車から降りると結構な列の最後尾に付く。日傘を差してくるフェネスを見上げた。
「あなたはナッツのたくさん入ったアイスが好きなのよね」
 すると慌てて首を振る。
「主様と一緒に飲食できませんから」
「私がいいって言ってるの」
 反論させない私にフェネスが折れた。
 順番が来て私たちはそれぞれお気に入りの味のアイスを手に入れた。が、走ってきた子どもとぶつかって、私のアイスは地面に食べられた。
 ギラついた日差し。そこそこな列。戦意喪失の私。
 呼ばれて見上げれば、橙色の困り眉。
「このアイス、ベースはチョコなので……でも俺の食べかけじゃ、あっ、主様⁉︎」
 フェネスの手の中から、ひと口いただく。
「美味しい」
 私が笑えば、フェネスもふわりと微笑んだ。

7/29/2025, 10:22:27 AM

お題『虹のはじまりを探して』

※久しぶりにあくねこ2次創作です。



 書庫で整理をしていると、主様が現れた。

 5歳の主様。

 屋敷は久しぶりの主様が幼い子どもということもあってかみんなメロメロだ。お菓子を差し上げようとする執事が後を絶たなかった。このままでは主様の健康に関わるということでハウレスは心を鬼にして【鬼ごっこ】の鬼となり、日々主様に楽しんで運動をしていただけるように努めている。
 ここでもハウレスが鞭役となっているので、俺は飴役。運動をして疲れた主様に気持ちよく休んでいただいている。
 最初は寝室で寝かしつけをしていたけれど、目が覚めたときにひとりぼっちは嫌だと泣きだしたことがある。そこで俺は主様につきっきりになれるよう書庫で休んではいかがですか、と提案した。
 主様に「目が覚めたら絵本を読んでいてもいいですよ」と言ったところ大きく頷いていた。

 今日も鬼ごっこをたっぷり楽しんだらしい主様をお風呂に入れて、書庫のソファで寛いでもらう。トントンと胸を叩きながらゆったりとしたリズムで子守歌を歌っているうちに夢の中に入っていった。
 その主様が、絵本を抱えて俺を見上げている。瞳は爛々と輝いていて、何か楽しい思いつきがあることを物語っている。
「ねぇフェネス」
「主様、いかがなさいましたか?」
 すると主様は、
「にじのはじまりをみたい」
と言い出した。大事そうに抱えている絵本は虹の始まりを見つけに行く冒険譚。
「うーん、今日は晴れていて虹は出ていないと思うのですが……」
 そこまで言って、いいことを思いつく。
「ハウレスに相談してみましょう。俺ひとりの力ではどうにもならないので」

「わあ……つめたくてきもちいいー!」
屋根からホースで水を撒かれて主様は大喜びだ。
「あ! 主様、虹が出てます!」
「きれいだねー……あれ?」
 主様がきょとんとしている。それもそうだろう、輪っかの虹が出てきたのだから。

5/20/2025, 11:33:39 AM

お題『空に溶ける』
タイトル『いってらっしゃい!』

***
まとめは
【カクヨム】か【note】
『わんわんとさっちゃん』
***

 皐月の両目から温かな雨が降り注いでから22年の歳月が過ぎた。

 あの日——皐月が6歳の冬、コハナちゃんは癌で亡くなった。白石さんと川崎さんの要望もあって、最期の瞬間が訪れるまでコハナちゃんは皐月の腕の中で過ごした。
 幼稚園で覚えてきた童謡をコハナちゃんに歌って聴かせてた声が、ふいに途切れた。
「コハナちゃん、ばいばい」
 みんなが駆け寄ったときには息を引き取った後だった。
 双眸から涙をはらはら流す皐月は親の私から見ても思いのほか冷静で。
 その理由らしきものを、コハナちゃんも祀られている共同墓地で、皐月がぽつりと漏らした。
「コハナちゃん、ここでいっかいおわかれするけど、またいつかあえるからっていってた。だから、かなしまなくていいよ、って」

 そして今日、皐月は大きな岐路に立っている。
「お父さん、お母さん、行ってきます」
 駅のホームにて皐月ははにかんでいる。
「はい、いってらっしゃい」
 私が皐月に言えば浩介さんは「いつでも帰ってこい」なぁんて、鬱陶しく泣いた。
「皐月、ワンコたちに舐められないようにな」
 浩介さんは尚も心配そうに声をかければ「大丈夫」と皐月は笑う。
「犬は私にとってパートナーだから」
 じゃあね! と手を振って皐月は新幹線の中に消えていった。

 帰宅して、2頭の引退犬の頭を撫でながらお義母さんは笑った。
「それにしてもさっちゃんが盲導犬訓練士になるなんてね」
「まだ実習生ですよ、お義母さん」
「えぇ、分かってますよ。だけど天職を見つけてきたわよね」
 コナツが亡くなってお義母さんがペットロスにかかったときに支えてくれたのは、今いる2頭の引退犬だ。皐月があの日言った、引退犬ボランティアになれたからこそのことだと思う。
 引退犬ボランティアになりたいと言ったことは覚えていなかったけれど、コハナちゃんのことは大人になってからも何となく覚えているらしく、今でも不思議な体験をすることがあると言う。

「時々、悲しい気持ちになることがあっても、その度に心の中に『よしよし、いい子いい子。安心していいよ、私がそばにいるからね』って声が聞こえてくるの。その声の主を探そうとしても、周りには誰もいなくて。その気配に、ありがとうコハナちゃん、って伝えるとね、穏やかにそれは空に溶けてしまうの」
 コハナちゃんは私にとって神様だね、と言って笑っていたけど、皐月、あなたにとって本当にコハナちゃんは神様だったのよ。

 コハナちゃん、不束な娘ですが、これからもよろしくお願いします。


——完——

5/9/2025, 11:41:33 AM

お題『夢を描け』
タイトル『再会』

***
まとめは
【カクヨム】か【note】
『わんわんとさっちゃん』
***

 車の中で皐月に念押しをした。
「あなたがコハナちゃんに会えるわけじゃないのよ」
 コクコクと頷く上気した頬。握りしめすぎて蒼白になった両手。
「コハナちゃんの【はどう】をかんじたいだけ」
 皐月にとってのコハナちゃんは、片想いの相手になったり信仰の対象になったりと忙しい。

 白石さんと私たち親娘を乗せたワゴン車は、郊外にある立派なお屋敷の前で停まった。
「おしろみたいだねぇ、おかあさん」
 皐月の目がまんまるに輝く。
「コハナちゃんがすむのにふさわしい……」
 それでこそ我がコハナちゃんと言わんばかりに満足げな様子の皐月だったけれど、車を降りようとしている白石さんに気がついて、慌てて呼び止める。
「しらいしさん、これ、おねがいします」
 白石さんに渡したのはピーマンごはんのお手紙と、あの日買ったハンカチ。ハンカチに至っては洗ってアイロンをかけたはずなのに皐月が握りしめてシワシワになっているし、皐月の手汗でびちょびちょになっている。
「……うん、分かったよ。ちゃんと届けるからね」
 降りて行った白石さんの背中を見送る視線から感じるに、一目でもいいから会いたかったのだろうな。
 皐月を連れてきたのは間違いだったのかもしれないと、最初は思った。だけどうちの娘は、なかなかどうして、凛としている。生まれてまだ4年しか経っていないのに堂々としていて、頼もしさすら感じられる。

「……! コハナちゃんだ!!」
 皐月が声を上げて、しばらくすると車の外が騒がしくなった。
「コハナちゃん! コハナちゃん!! あいたかったよ!!」
 きっとコハナちゃんも会いたかったのだろう。皐月の顔をペロペロと舐めている。
「すみません、目を離した隙に飛び出してしまって」
 コハナちゃんの今の飼い主さんだろう、中肉より少しだけふっくらした男性が申し訳なさそうに顔を見せた。

 帰りの車の中で皐月は、
「わたし、おおきくなったら、いんたいけんをかいたい」
と言い出した。
「どうしたの? 急に」
「きょうあった、かわさきさんみたいに、たくさんのいぬを、しあわせにしてあげたい」
 皐月の目にはコハナちゃんたちがとても幸せそうに映ったのだろう。
「よくぞ言ってくれた、我が娘よ!」
 皐月も私も、そして白石さんも。川崎さんのご自宅まで連れて行ってくださったボランティアの方も。
 幸せに満たされた空気に、みんなほっこりしたのでありました。

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