お題『心の中の風景は』
(一次創作『この夏、君と忘れない』※ログはカクヨムに順次アップしていきます。今回は夏菜子のターン)
夏休みも終わり間近の補習の最終日、帰る準備をしていると、同じクラスの末廣くんに呼び止められた。
「川崎さん、このあと少しだけ付き合ってくれない?」
このときの私はおバカなことに「うん、いいよ」なぁんて快く返事をした。
そうして着いて行った先は、本館4階の図書室だった。司書の先生と数人の図書委員がカウンターで何やら作業をしているみたい。
週明けから2学期になる影響か、閲覧席の人も疎ら……というよりもほぼいない。みんな最後の夏休みを満喫したいのだろう。
そういえば、今年の夏は結構エンジョイしたなぁ……優斗たちの練習風景を観れなかったのは残念だけど、修学旅行と夏祭り、そしてクリームソーダのブルー。概ね青春していたと思う。
私の目の前を歩いていたヒョロリとした長身がいきなり立ち止まった。勢い余ってぶつかりそうになったところを、振り返った末廣くんに抱き止められた。
というか、抱きしめられた。
「川崎さん、好きです」
ちょっと、何言ってんの!?
「どうか俺と付き合ってください」
付き合ってもないのに一方的に抱きつくなんて何事!?
「お願いです」
うわあああ! 耳元で囁くな! 鳥肌立ってきた!!
「ごめ、ちょっ、末廣くん、ヤ……離して!」
「うんって言ってくれるまで離さない」
うわーん! 誰か助けてー!!
「好きな人がいるのでゴメンナサイ!!」
末廣くんの顔をぐいぐい引き剥がしているはずなのに、あろうことかどんどん近づいてくる。ヒョロくてもやはり男子といったところか。
「嫌だよ。だってその好きな人、高山一高の生徒だよね。確か……中山優斗」
え……?
「なん、で……?」
なぜこの男が知っているのか。
「幼馴染みなんだってね。少し調べれば分かるし、6日の陸上競技記録会のリレーにエントリーされてるみたいじゃないか」
茫然とした。何、こいつ?
「……何が言いたいの?」
「別に。ただ、バカ高の運動部員より、エリート高の生徒会長の方が君には似合ってるよ」
はあ!? 逆上した私は彼……いや、クソ野郎の足を踏みつけた。
「——イッ!」
不意を突かれた上に、それなりに痛かったようだ。私を絡め取っていた腕が弛んだ隙に逃げようとしたけれど、膝が笑って言うことを聞かない。
それでも数歩距離が取れた。私はそいつに向き直り、睨みつける。
「ちょっと、あなたの言っている意味が分からないわ。
私は彼ほど優しくて勇敢な人を知らない。それなのに、何も知らないあんたなんかが知ったらしく言わないで」
私の大声を聞きつけて、司書の先生がやって来た。
「川崎さんと末廣くん、騒がしいわよ」
騒ぎの内容までは知らないらしい。
私は、
「すみませーん。あ、この本借ります!」
と、手近にあった『傾聴の基本』という本を取ってカウンターに逃げた。
その夜、お風呂に入ってあんな奴に触れられたところを念入りに洗った。
洗って、洗って、水シャワーを浴びながら、小さな声でブツブツと悪態を吐く。
「アノ野郎、お前なんてBLだと当て馬ぐらいでしか登場できないんだぞ……馬に蹴られて(自主規制)されればいいのよ……」
お風呂上がりに麦茶を飲みながらスマホをチェック。
LINEを開くと、あのクソ野郎から何か言ってきてるけど無視無視! ブロックしてやるわ!!
そして優斗にメッセージを送る。
《優斗、こんばんは。お元気ですか? 私は元気です。あと少しで記録会だね》
《おう、夏菜子。こんばんは。スカウトされて今まであっという間だった》
《応援に行ってもいい?》
《おう、待ってる》
やっぱり優斗は優しくて頼もしいな。
私の心の中には小5のあの日の、バトンを振り回しながらこっちに笑いかけてくる優斗の姿が浮かんできた。
8/29/2025, 11:18:29 AM