にえ

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お題『ふたり』

(一次創作『この夏、君と忘れない』優斗のターン)


 9月1日、始業式。
 そこには松葉杖をついた野上の姿があった。

「おーい、野上ぃー……って、あれ?」
 放課後、奴の教室まで顔を見せに行くと既に帰った後のようだった。
 特に言いたいこともないはずなのに、俺は何をやってるんだ? 自分にツッコミを入れつつ部活に向かった。

 部室で焼きそばパンを貪ってからグラウンドに向かう。そこで俺は見かけてはいけない人物の、見かけてはいけない姿を見てしまった。
「野上!」
 奴はあろうことか、念入りに柔軟をしている。
「お前、運動していいのかよ!?」
 一瞬動きを止めたが、俺を一瞥するとまた再開した。
「何も走るわけじゃないっスよ。放っておくと、身体、鈍るから」

 野上はアンカーだった。その大事な脚を、俺は守れなかった。
 もしあのとき100mの勝負を断れば? あの勝負を途中で辞めさせれば? そもそも俺が補欠を受けなければ?
 あの日の夜、頭の中を散々駆け巡った言葉を振り払う。
 ——違う。野上が望んでやった勝負だ。運がなかったとしか言いようがない。

 俺は野上の隣を陣取る。しばらくそうしてふたり並んで柔軟をしていたら、野上が口を開いた。
「先輩たちと違って、俺はまだ来年があるから気にしないでくださいっス」
 俺は思わず足首を回すのを止めた。
「中山先輩はアンカーで何人も抜いて彼女さんにいいところを見せてくださいっス」
「なっ!?」
 思わず後ずさってしまった俺に、こいつは人の悪い笑みを浮かべる。
「来ないんスか? 彼女さん」
「まだ付き合ってねぇし!!」
 すると、野上はぽかんとした。
「え……まだ告ってないんっスか!?」
 俺が口篭っていると、「ふーん」と意味深に唸る。
「それじゃ、その人にこう言えばいいっスよ。『俺、アンカー走ることになったから、勇姿を見に来てくれ』って」
 芝居がかった物言いについ吹き出してしまう。
「ばーか。そんなこと言ってないでタイム計ってくれ。
 ……それに、俺だってまだ来年もあるんだわ」
「ちっ」
 大袈裟に舌打ちした野上は、カラッと笑った。


《夏菜子、ばんわ。大ニュース!》

 今夜は珍しく俺からLINEした。
 夏菜子から送ってくれるのは、多分俺がすぐ返事を返すから。俺からLINEを送っても、あいつは勉強中だと絶対返してこない。
 というわけで、暇な俺はいつも夏菜子からのLINEを待っていた。
 しかし今夜は黙っていられなかった。
 メッセージを送ること1時間、スマホがようやく鳴った。

《優斗、こんばんは。なにごと!?》

《リレーの走行順、教えてなかっただろ?》

《あ! そういえば知らない! 何番目に走るの?》

《ふふふ、聞いて驚け》

 俺はもったいぶって、そこで一旦メッセージを切る。

《アンカーだぜ!!》

 そう。俺は今日正式にアンカーを任された。

《え、本当!? やったあー》

 夏菜子は喜んでくれているようだ。

《頑張って応援するね!》

《ああ、応援頼んだ!》

《それにしても、入ったばかりでスタメンっていうのも驚いてたけど、アンカーだなんて……やっぱり優斗はすごいね》

 ……あれ? もしかして、俺が補欠だってこと知らない?

《とにかく、怪我だけは気をつけてね》

 俺の疑問などこれっぽっちも知らないであろう夏菜子は、

《少しでも早く今日の疲れが癒えますように。おやすみなさい!》

と一方的にメッセージをぶった切った。
 ちょ、待って! もっと会話をリレーしようぜ!?
 そう思ったけれど、

《夏菜子もな。おやすみ》

指がそう勝手に動いたのだった。

8/30/2025, 11:56:35 AM