お題『遠雷』
(一次創作・いつものやつ! 優斗のターン)(昨日のお話、書き足ししてるので良ければそちらもよろしくお願いします)
自宅から歩いて20秒。
夏菜子の家は幼馴染みという言葉が相応しすぎるほどのご近所だ。
インターホンを鳴らすと夏菜子のお母さんが出てきた。
「こんにちは、おばさん」
なるべく爽やかに言ったつもりだけど、そう思われているだろうか?
『優斗くん、こんにちは。これから夏菜子たちが出るから。エスコートをよろしくお願いします』
……ん? 夏菜子【たち】?
俺はなぜかくっついて来たオマケの中村と思わず顔を見合わせた。
そこにカラコロと軽やかな音が玄関を押しのけてやってきた。
「こんにちは。あ! やっぱり中村くんもいる!!」
嬉しそうに顔をパッと明るくした浴衣姿の夏菜子だけど、もしかして中村目当てで祭りに行きたいと言ったのか?
俺の思いを他所に、夏菜子の後ろからひとりの女子がひょこりと頭を出した。
「はじめまして、夏菜子の同級生の内藤由香里です」
そう言って彼女は頭を深々と下げた。
うっ、夏菜子と甲乙つけ難いぐらいかわいい。具体的にどこがかわいいかと言うと、まず声。高めの音域なのにキーキーしない。鈴が転がるような声というのはこういうことを言うのか。他にもそばかすの浮いた白い肌とか、守ってあげたくなるような小さな背丈とか。
「あー! 優斗、鼻の下伸びてる!!」
夏菜子はわざとらしくむくれたかと思うと、中村の腕を掴んだ。
「え? ええ……夏菜子様、いいのですか?」
え、ま、マジ……?
「鼻の下が伸びてるというのは今の中村みたいな顔のことを言うんだぞ!?」
しかし夏菜子は臍を曲げたようだ。フンっとそっぽを向いた。
遠くで雷の音がしたような気がした。
なぜこのようになったかと言うと。
「あのですね、夏菜子から今日中山くんと夏祭りに行くって聞いて、羨ましがってたのです。そうしたら中山くんのお友達も多分来るから、4人でお祭りを満喫しよう! という話になり、夏菜子のお母さんに浴衣を着付けていただいたのです」
ここまで、内藤さん・談。
そしてそこからの流れ、以下略。
夏菜子は完全にご立腹らしい、中村の腕を離さない。内藤さんは内藤さんで夏菜子とは反対側の中村サイドにいる。
俺、完全にアウェイじゃねぇか!
そうこうしているうちに夏祭り会場の神社に到着した。
4人で軽くお参りを済ませて、祭りの本番とも言える屋台に繰り出す。焼きとうもろこしの香ばしい香りや、かき氷を掻くシャリシャリという音、暗闇でも光るブレスレットの灯り……本来ならばどれもワクワクする風物詩だ。
だけど俺の隣は閑古鳥。対する中村は両手に花。
夏菜子は俺と目が合うとツンと顔を逸らす。俺は俺で不貞腐れて、これじゃあ中村と内藤さんは困惑していても不思議じゃない。
「ごめん、内藤さん。はじめましてなのにこんな微妙な空気にして」
内藤さんはふるふると首を振ると、中村を見上げてた。
「私、わたあめが食べたいのです。中村くん、行こ?」
「へ、俺? いいけど……」
中村は俺と夏菜子を一瞥したが、内藤さんに腕を引っ張られて人混みへと消えていった。
「夏菜子」
「……何?」
相変わらず俺の目を見ない夏菜子に、俺は少しイラついた。
『ちょっと他の女の子を見ただけじゃん』
いや、違うな。
『中村ばっかりモテて、ちょっと僻んだ』
これも違う。
あー! もー!!
「夏菜子、ごめん! 俺が悪かった!!」
夏菜子に向かって俺は深く深く頭を下げた。
「……もういいよ」
すん、と鼻を啜る音が聞こえた。
「私も優斗のこと、からかいすぎたし」
夏菜子の手を取れば嫌がっていないらしい、握り返してきた。
「はあああああああ〜〜〜……」
仲直りできたことに安堵の特大ため息を吐いてしまう。
「……ぷっ。何それ」
夏菜子は吹き出している。そうそう、お前には笑顔がよく似合う。
それから俺たちは何もかもを忘れて祭りを楽しんだ。
何もかも忘れ過ぎて、中村と内藤さんを置いて帰ってしまった……。
中村とは双葉町のカフェのクリームソーダで手を打ったけど、内藤さんにはなんとお詫びをすれば——
しかし内藤さんは「気にしてないです」と言う。
「え、でも……」
「本当にいいんです。常日頃ニコニコしている夏菜子のむくれっ面というSRを拝めたので」
すると慌てたのは夏菜子だった。
「お願い由香里! 今日のことはみんなには内緒で! ね?」
「仕方ないなぁ……それじゃあ、私もクリームソーダが飲みたい」
と、いうわけで今度4人で例のカフェに行くことになったのだった。
雷雲はどこかへ行った……かな?
お題『Midnight Blue』
通話アプリのチャット機能にて。
《こんばんは。私は勉強の休憩中。優斗は何してるの?》
《夏菜子、おつかれ! 俺はストレッチしてた。なぁ、聞いてくれよ》
《?》
《今日、部活に姉さんが降臨した!》
《!?》
《ヤマセン……顧問の山田先生から、俺の姉さんからだって差し入れ渡されてさ》
《優斗それって》
《姉さんまだ帰ってきてないんだけどな。まあ念のためにあとで本人にも確認取るけど》
《ごめん優斗、多分それ私》
《!?》
《優斗たちの練習風景、見れるかなって。顧問だって言うおじさんに差し入れのスポドリ渡した!》
《なんだぁ……よかった、知ってる奴で》
《明日も練習?》
《午前中だけ。夏菜子は塾?》
《こちらも午前中だけ》
《そうなんだ。それじゃあ夕方から出かけないか?》
《もしかして夏祭り!》
《うん、そう》
《やったー! 行く行く!!》
——こうして若き二人の青い春の夜更けは過ぎていくのであった。
お題『君と飛び立つ』
(一次創作・最近書いてるやつ! 夏菜子のターン)
塾の夏期講習を終えてからコンビニに立ち寄り、差し入れのスポドリを買って、午後4時の高山第一高等学校に潜入する。目的はもちろん優斗と中村くん。
運が良ければふたりの姿が見れるといいな。あわよくば走っている姿も。
グラウンドはどこかな……。彷徨っていると、後ろから「お嬢さん」という声が聞こえてきた。しまった、多分私のことだ。
恐る恐る振り返れば、ジャージ姿のおじさんが立っている。
「ここは学校関係者以外立ち入り禁止のはずなんだが」
「え、えぇ……っと……」
どうしよう。何も言い訳が出てこない。
「誰かの身内かな?」
「え? あ! はい、そうです!!」
ええーい、嘘も方便!!
「中山優斗の姉です」
するとおじさんは、
「中山のお姉さんでしたか」
そう言って相合を崩した。どうやら優斗を知っている人のようだ。
「いつもお世話になっております」
方便ついでに頭を下げればおじさんは「こちらこそ」と頭を下げる。
「陸上部顧問の山田です」
あらー、まさか顧問の先生と鉢合わせするとは!
「中山が入部してくれてから、陸上部が俄然楽しみになってきました。
弟さんなら今頃100メートルを走っている頃だと思いますが、見て行かれますか?」
見たい! 見たいけれど、そんなことになれば嘘がバレてしまう。
「いえ、私はここで……あ、これ、差し入れです」
私は山田先生にスポドリの入った袋を押し付けた。
「これはこれは……ありがたく受け取らせていただきます。あいつらも喜ぶと思います。
それにしても、体育教師から中山の足の速さを聞いてから、彼が欲しくて欲しくてたまらなかったんです。あいつなら頑張れば社会人でも飛び立っていけます。俺も連れていってほしいぐらいですよ」
何ですって? 優斗のことが【欲しかった】……!? このおじさん、【どっち】だ……??
しかしここで脳内腐女子モードを発動するわけにはいかないと判断する。そんなことになれば間違いなく不審な行動をしてしまう自信があった。
「そうですか……姉として、そう言っていただけて嬉しいです。それでは失礼します」
急ぎ足で高山一高を後にした私は、枯れているおじさまの受け攻めについて考察を巡らせるのであった。
その頃、陸上トラックに、
「俺の姉さん、今ロサンゼルスのはずなんだけど!?」
という優斗の素っ頓狂な声が響いているとか、いないとか。
お題『きっと忘れない』
(一次創作・いつもの! 優斗のターン)
「手はグーじゃなくて、パー!」
「着地するときはつま先から。踵からじゃダメ!」
「腕は左右にぶれさせない。前後に真っ直ぐ!」
フォームを矯正されて初めて測ったタイム、11.15。
「おい! 0.3も遅くなったじゃねぇか!!」
俺は中村に食ってかかった。
それもそうだろう。苦労して直しているのに、タイムが落ちたのだから。
だけど中村は「大丈夫」しか言わない。
「新しい走り方に身体が慣れてないからだって。俺を信じてくれって。な?」
俺は思わず「まじかよ」と呟く。
中村を信じる? 1学期末のテスト中、答案を見ていいと言ったから信じて答えを写したら二人揃って見事に赤点を取ったのに……その中村を信じる?
しかしこいつはどこ吹く風だ。
「それじゃあもう一回走ってみようか」
俺に勝って野上はニヤニヤしてやがる。気持ち悪りぃ。悔しいから、一回でも野上に勝たねぇと今日の練習はやめねーぞ。
俺は鼻息も荒くスタートラインに着いた。
それから何本走っただろうか。
いつの間にか顔からニヤニヤが消えた野上は、
「もう帰らせてくださいッス」
と懇願してきたが、
「いーや。今日中にお前にぜってー勝つ。いいか、手を抜くんじゃねぇぞ」
そうやって走っているうちに野上の脚が攣って、本日の練習は終了。
「いいところまでは行ってたんだけどなー」
中村はそう言ったけど、俺にはそうは思えなかった。
「まあまあ、そんな目ぇすんなって。
タイムは確かに落ちたけど、一時的なもんだから。フォームのブレが無くなってきてるから、ここから速くなっていくはずだぜ」
「そう、その通り」
部室の鍵を返すのに職員室のドアをノックしようとしたその時、背後からまだちょっと苦手な声が聞こえてきた。
「よぉヤマセン」
中村は元気よくそいつに振り返った。
「今日ちょっと見たが、中山のフォームは綺麗になっていってる」
そう言ったヤマセンに背中を叩かれた。
山田先生。通称ヤマセン。定年間近の英語教師。陸上部顧問。だけどほとんど部活には顔を出さない。
俺の英語の成績は下から数えた方が早いくらい酷い。そうなると必然的に怒られる回数も居残りになる回数も補習を受ける回数も、何もかもが全部増える。
だから俺は、ヤマセンのことが大いに苦手だった。
それがちょっと苦手程度にまで変化したのは、陸上部に入ってヤマセンの印象が変わったからだ。
入部届けを提出しに行ったあの日。
俺から届けを受け取ったヤマセンは、普段の仏頂面からは想像できないほど笑顔になった。
「そうか、中山! うちの部に来てくれるか! 体育の浜中先生が『あんなに速いのに陸上やらないなんてもったいない』ってずっと言ってて、私もお前が欲しいと思っていたんだ。嬉しいなあ」
「は、はぁ……」
ヤマセンのあまりの変わりように俺は驚いてしまう。
「俺も大学までは走ってたんだぞ、リレー。だけど膝を壊してからは泣く泣く引退してなぁ」
意外だった。文系だと思っていたヤマセンが、実は体育会系だったとは。
「ここに赴任してからは陸上に不真面目な奴ばかりで辟易としていたが、そうか、中山が……うんうん」
そう言って目頭を押さえた。
「定年までに、この学校が1位になれるのを見れるかもしれないと思うと、嬉しいねぇ」
まだちょっと苦手だけど、ヤマセンにはきっと忘れられない走りを見せてやりたい。
俺は、そう思った。
お題『なぜ泣くの?と聞かれたから』
(一次創作・最近書いてるやつ。夏菜子のターン)
《優斗、お元気ですか? 私は元気に修学旅行から帰ってきました。お土産を渡したいので明日会える?》
「送信、っと」
優斗にLINEを送ってスマホの画面を伏せ、塾の課題をやるべく机にかじり付いた。
お守りを渡したらどんな反応するだろ? 優斗のことだから迷惑がることはないだろうけど……まだ何もスポーツしていないところにスポーツのお守りを渡すのもおかしいかもしれない。やっぱりお菓子とかの方がよかったかな。
そんなことを考えていると、スマホが震えた。見れば、優斗からだった。
《おかえり夏菜子。ちょうどよかった。俺も話したいことがある。明日またこないだのカフェにでも行かないか?》
話したいこと……なんだろ?
《話したいこと? なになに? 教えてよ》
《明日話すってば》
《分かった。13時に双葉町のカフェでいいかな?》
《オッケー。それじゃまたな》
《うん。よければ中村くんも一緒に。
おやすみなさい》
優斗のいう『話したいこと』ってなんだろ? リレーの話に進展があったのだろうか。
いや、まさか。
「中村くんとの仲に何か進展が……?」
そこに行き着いて、思わず小さく呟いた。
『夏菜子……俺たち付き合うことになったんだ……』
『認めていただけますでしょうか、夏菜子様』
そう言って、ふたり揃って頭を下げてきたらどうしよう?
私、告白する前に振られたショックと己の歪んだ願望が叶ったことで泣いちゃうかもしれない!
そうとなれば早く勉強を済ませて執筆に取り掛からないと!!
……そう、私はBL熱を発散すべくふたりをモチーフとした小説をちまちま書いているのだ。さすがに名前は変えてあるけど……でも、文芸部の部員以外に見られたら確実に死ぬ。
まだキスシーンに辿り着けていないお話だけど。
続き、書くの楽しみだなぁ〜♪
翌日。
塾の夏期講習を午前中に済ませ、その足で例のカフェに向かう。
お守りを渡すのが楽しみすぎて、朝から何度も鞄の中を確認した。
カフェに到着すると、優斗と中村くんが陽炎揺らめくこの炎天下の中、外に突っ立っていた。
「何やってんの、ふたりとも!?」
思わず1オクターブ高い声が出てしまう。
「先に入ろうって言ったんだけど」
優斗が視線を私から自分の隣に移す。
「夏菜子様から直々にお土産を頂くのに、先に座って涼むわけにはいきません!」
直立したまま大声で言うものだから、つい笑ってしまった。
「お気持ちはありがたく頂戴いたします。それじゃ入ろ?」
そうして私を先頭に、3人で涼しい店内に入った。
ふたりはお昼ごはんを済ませてきたと言い、今日もクリームソーダを頼んでいた。私はお腹ぺこぺこなので遠慮なくランチを注文する。
オーダーしたものがやって来るまでの間に私は鞄から例のブツを取り出した。
「これ、お土産です。よかったら受け取ってください」
ふたりにそれぞれ手渡した。
「これ、お守り?」
呆気に取られたような優斗の声に「そう」と答えた。
「長野県の戸隠神社はスポーツ必勝の御神徳があるの。それで中村くんにも渡したいな、って」
「夏菜子様! ありがとうございます!!」
中村くんはテーブルに両手をついて深々と頭を下げた。
一方、ぽかんとした優斗が、
「お前、何で知ってんだ?」
と聞いてきた。
「戸隠神社のこと? それは旅行前にクラスメイトと旅行雑誌で調べて……」
「いや、そうじゃなくて」
ひと呼吸置いてから優斗は続ける。
「俺がリレーの選手になること、どこで知った?」
そう言われて、今度は私がぽかんとする番だった。
「え……?」
「え、って。お前、俺が陸上部に入ったの知ってて買ってきたんじゃねぇの?」
「え? なんでなんで? ちょっと待って」
私は混乱した。だってそうでしょ?
「優斗、いつ陸上部に入ったの?」
「昨日」
「私が修学旅行から帰ってきたの、一昨日。知ってるわけないじゃないの」
「だよな。だったらなんでスポーツのお守りを?」
優斗の疑問はもっともなことだ。
「優斗が走る姿をまた見たいなー、っていう願掛けのつもりで」
っていうか。あれ? 優斗、今何て言った?
「優斗、陸上部に入ったの?」
「……おう。今日はその報告をしようと思って」
優斗はぶっきらぼうにそう言うと鼻の頭を掻き、そして「へへ」と笑った。
私は胸が熱くなり、自分の目から温かい雫がこぼれ落ちるのを感じた。
「お、おい? 夏菜子、なんで泣いてんだよ?」
驚く優斗と、
「だ、大丈夫ですか!? どこか痛いとか?」
慌てる中村くん。
「ううん、大丈夫。ありがとう。優斗がまた走るって知って、びっくりしちゃった」
ポケットからハンカチを取り出して涙を拭いた。
「そうなんですよ。中山、走るって——夏菜子様のために」
中村くんの発言に、優斗が彼の頭を叩いた。
「おい、バカ、言うなよ!」
「だったら何か? 俺のために走ってくれるのか?」
優斗は頭を抱えている。
中村くん、そのセリフ、小説に使わせてもらうわ!!