お題『足音』
(一次創作・今までの続き)
部室で着替えを済ませた中村とグラウンド前で合流する。
「よっ、中山。さっきぶり」
軽快にそう挨拶を寄越した中村と一緒に、見覚えのある気がする3人組がやって来た。
「ツーブロが横川、ピアスが高橋、おかっぱプリンが野上。そして俺の4人が高山第一のリレーメンバーだ」
「なかなか個性的な面々だな」
俺は素直な感想を伝える。
「何言ってんだ、お前もその個性的な面々の仲間になってくれよぉ」
そうは言うけれど。
「いや、リレーのメンバー、足りてるじゃねぇの」
陸上競技4×100mリレー。つまり4人で100メートルずつ走る。そのくらいの知識はある。
「だから、中山は何かあった時の助っ人補欠だよぉ〜。分かれよぉ〜」
中村は情けなさそうな声を出すが、まぁ補欠がいた方がいいことぐらいは俺にも分かった。このメンバーの誰かに、もしも何かがあったらバトンを繋ぐことはできない。
だけど、というか、だからこそなんで中村が俺にこだわるのかが分からなかった。
「なぁ、中山。よかったらプリンと100メートル走、やらねぇ?」
「はあ!?」
不満の声を上げたのは野上の方だ。
「中村先輩、何言ってるんスか? ズブのど素人が俺の走りについて来れるわけないっしょ」
その言葉を聞いて俺も黙っていられない。
「確かに俺は陸上に関してはズブのど素人みたいなもんだ。だけどお前、曲がりなりにも体育会系だろ? 先輩を敬え」
メンチを切って譲らない俺と野上に「まぁまぁ」と挟まれながら中村は、
「だったら100メートル走で決着つけようぜ」
と、都合の良いことを押し付ける。
「そんなこと言っても、俺は今日ジャージなんて持ってねえよ」
陸上部の面々はみんなユニフォームに身を包んでいる。それに引き換え俺は着崩しているとはいえ制服だ。どう考えても走るのには向いていない。
「そう言うと思って、ちゃあんと俺のジャージを洗濯して用意しといたんだぜ」
なんかお膳立てされているようで気には入らないけれど、それ以上に野上の態度が気に入らない俺はグラウンドの端っこにあるベンチで着替えた。
スタートラインに立つ。意識するのはゴールラインのみ。隣で誰が走っていようが関係ない。
「さぁて。位置についてぇー。よーい、」
ピーッとホイッスルが鳴った。
スタート位置から俺はダッシュする。
俺は、どちらかと言うと走ることは嫌いじゃない。体力測定の短距離走とて手を抜かない。
風と化し、自分自身の足音を背後に聞く。俺はこの瞬間が心地いい。
ゴールを先に切ったのは日頃から鍛錬を積んでいるはずの野上ではなく、俺だった。負けた野上は自分にキレているらしい。レーンの上で大の字になって悪態をついている。
「野上。俺は陸上競技ではズブのど素人だけど、お前に勝ったよな。お前、俺のこと何て呼んだらいいか分かるよな」
野上は大の字から起き上がると、小さく「うっす、中山先輩」と素直になった。
それにしても、と中村が近づいてきた。
「お前、体育のときから思ってたけどやっぱ足速ぇな! フォームがブレブレでこれだけ走れるんだったら、整えたらもっと速くなれるぞ」
その言葉を聞いて、俺の心は揺らぐ。
「そ、そうか……な?」
「うん、そうそう。なんなら補欠じゃなくてスタメン。この前夏菜子様の前で言ってた通りにな!」
ここで夏菜子の名前を出すなんて、卑怯だろ! そんなこと言われたら良いところを見せたくなるじゃねーか!!
「お前がリレーに興味がねーなら諦める。俺たち4人で行けるところまで頑張るさ。でも……」
中村は勿体ぶるかのようにチラリと俺を流し見た。
「少しでも気になるんだったら、素直になってくれてもいいんだぜ?」
あ、あああー! こいつ!!
「分かったよ、やれば良いんだろ! とことん付き合ってやろうじゃねえか!!」
こうして俺は、野上の隣で大の字になった。
そうして見上げた空は悔しいほどスコーンと晴れていて、いっそ清々しいのだった。
お題『終わらない夏』
(一次創作・今までの続き)
修学旅行は夏の信州だった。
「やだー! 何にもない、つまんない!!」
同室になった由香里曰く、そうらしい。
だけど、何もない中に詰まった、美しい景色と澄んだ空気が名状しがたいほど素晴らしい。
もし優斗がリレー合宿するならこういう涼しいところがいいのではないだろうか。
『おい、中山……寒くないか? あっためてやるからこっちに来いよ』
『……馬鹿』
とかなんとか言いながら、ヤル事ヤッてほしい。あわよくばそれをかぶりつきで見たい。そうなったら私は壁になるしかない。
「……なにニコニコしてるの、夏菜子? あ、さては彼氏から良い連絡が来たとか!?」
聡子! コラ、余計なことを言うでない!!
「え! 夏菜子って彼氏いたの!?」
ああ、芳佳……それに、
「そんなに美味しい話、なんでもっと早く教えてくれないの!!」
スピーカーの向井さんまで……あなたには何も語りたくないわ。
「みんな! 違うったら!!」
「だったらこの前の放課後デートは何だったの?」
聡子、おま、今度校舎裏な。
「やだなー。彼は幼馴染み。それにデートだったらふたりきりで出かけたいわよ」
そう。あの日は中村くんも一緒だった。あの至福のひととき。夢のような時間……。
「あらー? そんなこと言いながらも満更でもなさそうじゃないの」
向井千佳子。私はこの女を警戒している。
もしこの女に私が腐女子であることがバレたら? そしてそれが優斗に伝わったら? 考えただけでも恐ろしい。
優斗から軽蔑の眼差しを向けられる。そして、
『夏菜子、お前のことはもう知らねえ。俺はこれから中村と一緒に生きていくから。な、正人』
『あぁ、優斗』
中村くんに肩を抱かれ、ふたり夜の闇へと消えて行くのよ……っくぅ、絵になる……。私はふたりを照らす街灯になるのよぉ……。
妄想にパワーを貰って笑顔を作る。
「本当にそんなんじゃないから」
そう、まだ『そんなんじゃない』。告白もしていなければ振られてもいない。振られるならその理由は中村くんであれぇ〜!!
修学旅行、旅程最終日。
自由行動だから私は聡子たちと一緒に戸隠神社へと向かった。
スニーカーにお揃いの芋ジャージ姿になった4人で、散策しようと話していたのだ。
奥社コースを片道2時間かけてみっちりと歩く。
「夏菜子、疲れないの?」
由香里は行きだけで結構苦戦しているようだけど、
「私はまだイケる」
とだけ答えた。
だってここにはスポーツ必勝の御神徳があるんですもの! 優斗と中村くんにお守りを用意しないとね。
中村くんにまでお守りとか、我ながら敵に塩を送るなんてあっぱれじゃ……。
私が悦に入っていると、先を歩いていた芳佳が叫んだ。
「やっとお社が見えてきたー!」
その声に聡子も由香里も顔を上げる。
「我々芹沢学院2年5組、到着しましたー!」
芳佳の音頭で記念撮影をサクッと済ませて参拝へ。
二礼二拍手をした私たちはそれぞれ思い思いに祈願する。
私は胸の中で『優斗がまたリレーの選手になりますように。優勝しますように。あわよくば中村くんと好い仲になりますように』とお祈りした。
帰りは中社を参り、ついでなので自分の学業成就をお祈りしといた。
合計3つのお守り(うちひとつはついで)を手に入れた私たちは集合時間に間に合うように神社を後にした。
帰りの新幹線では向井さんと席が隣だったけど、ニコニコ笑顔が誤魔化せない。
ああ、地元に帰ったら、あのふたり進展してないかなー?
私たちの夏は、始まったばかりだった。
お題『遠くの空へ』
(一次創作・一昨日からの続き)
夏休み初日から続いていた補習もようやく最終日になった。
夏菜子は明日から修学旅行らしい。進学校は夏休みが潰れていろいろ大変だ。
それに比べて俺は? 俺は何をしている?
「なぁ、中村」
呟くように前の席に声をかけた。
「中山! やっとその気になってくれたか!!」
勢いよく振り返ったリレー馬鹿を「早えよ」と冷たくあしらう。
「なんでそんなに俺にこだわるんだ? 陸上部には他にメンバーいるだろ」
すると中村はギリっと唇を噛んだ。
「……だって、悔しいと思わないか?」
「悔しい?」
思ってもいなかった言葉で、ついおうむ返しをした。
「あぁ。だってあいつら、グラウンドにすらちゃんと来ねえんだぜ」
中村は窓の外、遠くの空へと目を向けたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「陸上部で走ってるのは数人だけ。他の奴らは来ないか、来ても部室にこもってエロ漫画ばっか読んでやがる。こんなんじゃ、リレーなんか勝てねぇよ。どこの高校とも勝負にならねぇよ……」
心底悔しいらしい。中村は作ったゲンコツで自らの膝を殴った。何発も、何発も。
「部活、今日は何時からだ?」
「え?」
中村の手が止まる。
「仕方がねーから、見学ぐらい行ってやるよ」
半泣きだった顔がぱあああっと輝いた。
「場合によっちゃあ助っ人にならなくもねえ」
自分の人の良さにため息を漏らしつつ、俺も遠くの空を見上げた。
俺はこのポンコツ高校を卒業したら、どうするつもりなんだ?
リレーに出たところで何も変わらないかもしれない。
でも——俺が真面目に走ることで、勉強を頑張っている夏菜子を応援することくらいはできるかもしれない。
小6のときは運動会自体が中止になったから、あいつは今の俺の走りを知らないはずだ。
また走るなんて知ったら、夏菜子は飛び上がって喜ぶんだろうな。
……いや、まだ走るなんて決めてねえから!!
決めて、ねえよ!! ねえけど……おう。
お題『!マークじゃ足りない感情』
(一次創作・昨日のスピンオフ)
私は川崎夏菜子。高校2年生。世を忍ぶ、所謂腐女子というヤツ。世を忍びすぎて、部活動仲間以外には腐臭を漂わせていない……と思いたい。
幼い頃からずっと一緒にいたのに、中学へ進学するときに離れ離れした幼馴染みがいる。彼の名前は中山優斗。
まぁ……その、私は腐っていながらにして優斗にずーーーっと片思いをしている。
足が速いのは小学生女子の心を掴むには十分すぎる要因だった。
だけど、私が彼のことを好きになったのにはもうひとつ理由がある。
それは、小学4年生の運動会でのこと。
優斗はクラス対抗リレーのアンカーだった。
しかし彼の競技が始まる直前、優斗の前に走る予定だった男子が倒れてしまったのだ。クラスメイトたちが慌てふためく中、優斗だけは冷静だった。
「おい、早川、聞こえるか、おーい! ……意識なし。
小林、先生呼んできて。高原は保健室の先生を。夏菜子、AED持ってきて」
そのときは頭の中が混乱していて、とにかく必死にAEDを運んだ。
私がAEDを持って行くと既に到着していた先生たちが心臓マッサージをしていた。
「先生、AEDです!」
AEDを大人たちに渡すと、私の膝が緊張のあまりか崩れ落ちそうになった。けれど私を優斗が支えてくれた。
「夏菜子、サンキュ」
後になって冷静な頭で振り返ると、そのときの優斗の、あまりの格好良さに言い表せないほど心臓を掴まれた。その時のAEDは使われることなく済んだけれど、私自身には見事に作動していたらしい。
それからは夢中だった。
優斗の一挙手一投足が気になって仕方がない。
優斗の笑顔が最高に眩しいし、優斗が私の名前を呼んでくれる、もうそれだけで有頂天になった。
しかし、私と優斗は離れ離れになった。親の教育方針の違いというやつだ。私は中学から私立に通うことになった。
優斗になかなか会えない。
この事実が、もしかしたら私を歪めたのかもしれない。
私は中学で文芸部に入った。
そして、そこでとんでもない世界を知ることとなった。
部室の机に、一冊の雑誌。表紙は、思わずため息が漏れてしまうほど耽美なイラストが飾っていた。
私は中身は何だろうかと興味を唆られ、その雑誌の表紙を捲った。
表紙の中は小説で、最初は男同士の友情に胸がキュンキュンしたのだけれど、その……あ、あはは……なるほど……。
有り体に言ってしまえば、男性同士の恋愛ものだった。
私はそのまま納豆となってしまった。もう大豆には戻れない。
BL本を読んだり書いたりして、私は優斗と会えない時間を潰した。
つい先日、久しぶりに優斗とゆっくり会える機会を持てた。咄嗟に双葉町のカフェを思い出した私、グッジョブ!
しかしそこに現れたのは優斗だけではなかった。
「優斗ー! こっちー!!」
私の呼び声に驚いていた同級生の中村くんも一緒だったのだ。ふたりは終始仲が良さそうで、見ているだけでシアワセな気分にさせてくれた。
浅黒く日焼けした体格のいい男子高校生ふたりは仲が良く、しかも片方がもう片方を口説き落としにかかっているという。ヤンチャ系というのも素敵だわ……私の好敵手として相応しい。
何より、シチュエーションが既に美味しすぎる!
私はまた優斗が走る姿を見られるかもしれないことへの喜びを噛み締めつつ、この味わい深い三角関係へと身を投じて行った——
中村くんに勝てるかな?
いや、私、中村くんになら負けても構わない……!!
お題『君が見た景色』
(一次創作・昨日の続き)
「中山、な、頼む!」
こいつは中村正人。出席番号1番違いの同級生。陸上部。
「この夏の大会、お前がいると勝てるんだ! だから頼む、陸上部リレーメンバーの補欠になってくれ!」
両手を合わせて拝まれてもなぁ……。
「俺がいると勝てるとか言う割に扱いが補欠ってどうよ?」
俺は帰り支度の手を止め、頬杖をついて中村に目を向けた。
「いや、だってお前から出てるオーラがお守りのソレと一緒」
中村はそう言うと俺の空いてる手を両手で包み込んだ。
「やめろよ、暑苦しいし気持ち悪りぃ」
その手を払いのけて俺は碌に何も入っていないカバンに手を伸ばした。
「じゃあな、中村」
こうして俺はひとり颯爽と夏菜子を迎えに行った。
——はずだった。
「なぁ中山、頼むよぉー」
中村は、今日は嫌に食い下がってくる。
蜃気楼揺らめく真夏のアスファルトを歩きながら俺はコイツをどうしようかと思い悩む。
だってそうだろう。もうすぐ夏菜子との待ち合わせ場所だ。中村がいると色々ややこしくなる気しかしない。
しかし。
「優斗ー!」
あ、この声は。
「優斗ー、こっちー!」
あぁ……夏菜子だ。どうやら俺を迎えに来たらしい。
はっきり言ってしまえば、夏菜子に俺のダチを会わせたくなかった。
方やきゅるんとした目、肩口で切り揃えられた今時珍しい黒髪、そして元気溌剌なかわいい女子高生。対する中村は阿保という2文字がとんでもなく似合う茶髪ヤンキー風ど天然野郎と来る。コイツといると俺まで阿保扱いされる。
なので今回も阿保扱いされることがほぼ確。何なら夏菜子に愛想を尽かされる。
「優斗……って、もしかしてお前のこと!? え、芹沢学院のあのお嬢様、お前と友達なの?」
ぽけっとしている中村はこの際置いて帰るか。
「んじゃ俺はここで」
そうしてヤツと別れた。
「んー! クリームソーダ、うめえぇぇ!!」
数分前に別れたはずの中村は、何故か俺の隣で歓声を上げている。
「ばっ……! もっと静かにしろ!!」
俺たちのボケツッコミが面白かったらしい。夏菜子は白い頬にえくぼを浮かべた。
「ふふ、優斗にちゃんと友達がいて安心した」
「お前なぁ、俺のこと何だと思ってんだよ」
「だって、優斗の口から友達の話聞いたことないし」
夏菜子はそう言った唇でストローを吸った。ちくしょう、ストローの奴、羨ましいぜ。
俺はスプーンで目の前にある、水色のソーダ水に浮かんだアイスクリームを転がした。
「あ、申し遅れました。俺は中村正人です。高山第一高校の2年B組で、部活は陸上部。キャプテンをやっています。よろしくお願いします」
中村は、俺の向かいに座る夏菜子に握手の手を伸ばそうとした。すかさずその手を俺がはたき落とす。
「ふふ、面白い人」
くすくす笑う夏菜子に気をよくした中村が、
「おい聞いたか中山、俺を褒めてくださったぞ」
と、また騒ぐ。
「馬鹿かお前は」
隣の茶髪にぐりぐりゲンコツをお見舞いしておいた。
「いで、いでで」
このやりとりがツボったらしい。夏菜子はテーブルに突っ伏して肩を震わせている。
「夏菜子も夏菜子だろ。そんなに笑うな」
「だって、優斗も中村くんも面白いんだもん。
あ、私も申し遅れました。川崎夏菜子です。優斗のおうちの2軒隣に住んでいて、言ってみれば幼馴染みです。よろしくお願いします」
頭をぴょこりと下げると、黒髪がサラサラと顔を隠した。それがあまりにも絵になりすぎて、ドギマギしてしまう。
パッと顔を上げた夏菜子は「あ、そうだ!」と小さく声を上げてから鞄を開けた。夏菜子の鞄はさすが進学校というべきか、参考書らしきものやらノートやらがみっちりと詰まっているようだ。
その中からひとつ、小さなファイルを取り出した。
「ポケットカメラで撮った昔のフィルムが出てきて、現像してみたの」
いつ頃のだろうかと思いながらそのファイルを開いてみると、見覚えのあるイガグリ頭に赤いハチマキ。
「これ、小5の運動会じゃねぇか!」
うわぁ、懐かしー……。俺の声にならない言葉に、
「懐かしいでしょ」
と、相槌を打つ夏菜子。
夏菜子の写真は一枚もない。
この時、俺と夏菜子はそれぞれのポケットカメラで各々好きなものを撮ろうという取り決めをしていたのだ。
俺が撮った写真は友達や先生、後輩たちの演技など。もちろん夏菜子の写真も。
しかし、夏菜子が撮った写真はどれも画角に俺が収まっている。
耳の奥がドクドクと音を立てている。アルバムに付くのではないかと心配になるほど手汗をかいてきた。
「夏菜子、これ……」
「ふふっ。リレーで走る優斗があんまりにもカッコよかったから、何枚も撮っちゃった」
はにかんで視線を落とされ、俺は、俺は——!
「なぁ、中山……これは夏菜子様がお前にリレーメンバーに加わるようにと、お告げしてくださったのではなかろうか……?」
おどろおどろしい声に視線を向ければ、見知った男の姿。
「な、中村! い、いつからそこに!?」
夏菜子とのふたりの世界に浸りすぎてしまい、すっかりコイツの存在を忘れていた。
「俺のこと忘れんなよぉー。
夏菜子様からもコイツに言ってやってくださいよ。リレーのメンバーになれって」
リレーと聞いて夏菜子の顔が紅潮した。
「え! それって、また走る優斗が観れるってこと!?」
「ええ、そうですそうです!」
調子のいいこと言ってやがる。
「優斗、頑張って」
「そんなこと言われたって、どうせほけ……」
補欠と言いかけた口を塞がれた。
「中山ならすぐにスタメンですから!」
調子よくヘラヘラしている中村に、嬉しそうにニコニコしている夏菜子。
ああ、俺は一体どうしたらいいんだ?
走るしか、ないのか……!?