にえ

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8/13/2025, 11:09:10 AM

お題『言葉にならないもの』
(一次創作)

「おーい!」
 片側二車線の道路の反対側の歩道に、ぴょこぴょこ飛び跳ねるような歩き方をする幼馴染みの夏菜子の姿を見つけた。特徴的なその歩き方はなんとも言えない可愛らしさがある。
 俺の呼び声が聞こえたらしい。こちらを見ると、パッと顔を綻ばせた。
 約10メートルをサッと走り、歩行者信号のボタンを押す。ここの信号のいいところはすぐに変わってくれるところ。横断歩道を渡ったところで夏菜子と合流した。
「今日も暑いね。アスファルトを踏むと熱されて焼豚になりそう」
 そう自虐する夏菜子だけど、俺はそうは思わない。ふにふにと柔らかそうな白い肌は触ると心地いいに違いない。昔、幼い頃はお互いつつき合ってじゃれてたのになぁ。
「まあまあ、そう言うなって。ところでこれから補習?」
「うん。優斗は?」
「俺も補習」
 俺と夏菜子では同じ『補習』という名称でも意味合いは全く違う。夏菜子は進学校ゆえの授業の延長。俺は低レベル高校の、さらに底辺ゆえの夏季休暇返上。
「あー! かったりぃぜ」
「まあまあ、そう言わないで」
 俺の言葉を夏菜子は混ぜっ返した。
「何時までかかるの?」
「昼前まで。夏菜子は?」
「私も同じくらい」
 そんな他愛もない話をしているうちに夏菜子が通う高校の前までやって来た。
「優斗、よかったらお昼にカフェ行こ。こないだできた双葉町の」
 思わぬお誘いに一瞬目をぱちくりさせた。
「……いいけど、そういう夏菜子こそいいのかよ?」
 俺は1週間前、見かけたのだ。背の高い男と一緒にこいつが歩いていたのを。胸の奥が焦げたのは日差しのせいだけではなかった。
 たっぷり3秒間ぽかんとした夏菜子は、
「いいに決まってるじゃない」
と、いかにも心外だと言わんばかりに呟いた。
「それじゃ、補習が終わったらまたここで」
 そう言い残して夏菜子はスカートの裾を翻しながら校門の中へと駆けて行った。
 どどど、どうしよう! これはデートのお誘いなのでは!?

 幼馴染みへの片想い、その長さは生まれてから今まで。言葉にするなら『愛してる』。
 だけど口にすることで関係が木っ端微塵になりそうで怖い。
 言葉にならないこの胸の内を抱えたまま歩いているうちに、我が校の校門を通り過ぎた。同級生の田村に首根っこを掴まれてそのことに初めて気がついた。
「おいおい中山、どこまで行くんだ?」
「あ、田村。おはよ」
「おはよ。ってか、何にやけてんだよ? 気持ち悪りぃな」
 そうか、俺はにやけていたのか。胸の内は言葉にできないけど、顔には出ているらしい。
 緩んだ頬の筋肉をムニっと摘んだ。ああ、早く補習が終わらねぇかなー!

8/12/2025, 12:28:11 PM

お題『真夏の記憶』
(一次創作)


 それは、真夏の真夜中のこと。

 昼間が焼けるように暑かった影響で夜だというのに寝苦しく、俺は入眠を諦めてコンビニへと足を向けた。
 足元は、カラコロと鳴る下駄。汗をかいてしまうほど暑いのに、草むらでは虫が鳴いている。見上げれば空は雲で覆われていて、なるほど昼間の熱が逃げない訳だと納得する。
 目的地に到着した。自動ドアの向こうはキンキンに冷えており、火照った肌に心地よい。何となくやってきたコンビニだが、体がほどよく冷えたらビールと枝豆とアイスを買って帰るという目的を作る。
 それまで立ち読みをして過ごすことにした。ゴシップだらけの週刊誌を捲る。
 しばらくして、視線を感じた気がして目を上げた。はめ殺しのガラス窓の向こうに目を向けたが誰もいない。
 気のせいかと思い、雑誌に目を落としたが、今度は何か聞こえてきた。俺は声もなく唇で『まさか』の形を結ぶ。
 雑誌を棚に戻して外に出た。そしてぬるい空気の中で見たのは一匹の猫。
 実家で飼っている猫によく似た姿形、雰囲気。もしかして、と、そんなばかな、という思いがした。だってそうだろう。実家から俺のアパートまでたっぷり3時間かかるのだ。
 その猫は俺を一瞥して、なぁん、と一声甘えたように泣くと茂みに飛び込んでそのまま姿を消した。

 翌日、母から電話があって、俺が小学5年生のときに拾い、そのまま飼っていた猫のナナが夜中に亡くなったことを知った。

8/11/2025, 11:46:17 AM

お題『こぼれたアイスクリーム』
(今日は一次創作)

 2段アイスクリームを買い、ホクホク笑顔で店を出た。ナッツがたっぷり入ったアイスと、チョコレートの味がとっても濃いアイス。お値段、720円也。私の好みはソルベ系なのに、亡き両親がこよなく愛したフレーバーを選んだ。もしかしたら帰省できなさそうな初盆間近であることのセンチメンタルから来たものかも。私が子供の頃、両親とアイスクリームを買いに行くとダブルなんて許されなかった。必ずカップでシングル。だからこれは、所謂大人買いの一種なのかもしれない。
 コーンにギチギチと収まっている、溶け始めのアイスにピンク色のスプーンを突き立てた。口の中に濃厚なクリームが広がり、私はその甘さに眉を顰めた。この味、濃すぎてブラックコーヒーが欲しくなる!
 そう思った私は辺りを見渡した。視界に入ったのは二軒の喫茶店。でもさすがに飲食物を持ち込んではいけないよなぁ。さらに遠くに目を向ければ、陽炎がゆらめく向こうに白い背高のっぽの筐体が見えた。自動販売機だ!
 とてとて近づきながら、バッグの中の財布を漁る。そして硬貨を投入し、無糖ブラックのボタンを押して出てきた缶を受け取る。そしてここで大いに狼狽えた。
 開けられないのだ、缶を。片手のアイスが邪魔をして、今すぐ飲みたいコーヒーにたどり着けない。飲めないとなると尚更ブラックコーヒーが恋しくなり、なんとかして開けられないだろうかと片手でもがく。ああ、これがペットボトルのコーヒーだったなら、左腋に挟んで右手で開けられただろうに。たった40円ケチっただけでコレである。
 悪戦苦闘していると、缶の上に茶色くて丸い物体がどっかりと落ちてきた。それは苦味に逃げを打つ私を嘲笑うかのようにチョコレートをふんだんにとろけさせていく。左手は溶けたアイスが垂れてきてベトベトだし、缶コーヒーは無茶苦茶だし、最悪だ。近くの公園で手を洗えば、捻った蛇口からはお湯が出てきた。
 思わず、深い深いため息がこぼれる。これは親不孝にも初盆に家にいない私への当てつけだろうか。いや、そんなばかな。

8/4/2025, 1:45:02 PM

お題『ただいま、夏』


 振り返ればハウレスだった。買い物帰りらしく、バゲットが頭を覗かせている大きな袋を抱えている。
「お帰りでしたか」
「ついさっき。何か用事?」
 ハウレスがいつになく生き生きとして見えたから、何かあるのかな、という小さな勘だった。
「街にアイスクリームの店ができていまして。よろしければ一緒に行き」
 皆まで言うよりも早くベリアンがやってきた。
「主様、帰っていらしたのですね」
「うん。ただいまベリアン」
「ごゆっくりお過ごしください」
 恭しく礼をすると、ベリアンはハウレスに向き直った。
「依頼です。ハウレスくんご指名の」
 依頼と聞いてハウレスの顔が引き締まった。
 しかし私のお口はアイスクリームになっていた。チョコ味のアイスをこよなく愛する私の舌は甘くて冷たい食感を求めている。
 拗ねているのが顔色に出てしまっていたのかもしれない。ハウレスが困惑しているとフェネスが通りかかった。
「フェネス。主様をアイスクリーム屋にお連れしてくれ」
 そう言ったハウレスの顔は残念そうに見えた。

 フェネスのエスコートで馬車から降りると結構な列の最後尾に付く。日傘を差してくるフェネスを見上げた。
「あなたはナッツのたくさん入ったアイスが好きなのよね」
 すると慌てて首を振る。
「主様と一緒に飲食できませんから」
「私がいいって言ってるの」
 反論させない私にフェネスが折れた。
 順番が来て私たちはそれぞれお気に入りの味のアイスを手に入れた。が、走ってきた子どもとぶつかって、私のアイスは地面に食べられた。
 ギラついた日差し。そこそこな列。戦意喪失の私。
 呼ばれて見上げれば、橙色の困り眉。
「このアイス、ベースはチョコなので……でも俺の食べかけじゃ、あっ、主様⁉︎」
 フェネスの手の中から、ひと口いただく。
「美味しい」
 私が笑えば、フェネスもふわりと微笑んだ。

7/29/2025, 10:22:27 AM

お題『虹のはじまりを探して』

※久しぶりにあくねこ2次創作です。



 書庫で整理をしていると、主様が現れた。

 5歳の主様。

 屋敷は久しぶりの主様が幼い子どもということもあってかみんなメロメロだ。お菓子を差し上げようとする執事が後を絶たなかった。このままでは主様の健康に関わるということでハウレスは心を鬼にして【鬼ごっこ】の鬼となり、日々主様に楽しんで運動をしていただけるように努めている。
 ここでもハウレスが鞭役となっているので、俺は飴役。運動をして疲れた主様に気持ちよく休んでいただいている。
 最初は寝室で寝かしつけをしていたけれど、目が覚めたときにひとりぼっちは嫌だと泣きだしたことがある。そこで俺は主様につきっきりになれるよう書庫で休んではいかがですか、と提案した。
 主様に「目が覚めたら絵本を読んでいてもいいですよ」と言ったところ大きく頷いていた。

 今日も鬼ごっこをたっぷり楽しんだらしい主様をお風呂に入れて、書庫のソファで寛いでもらう。トントンと胸を叩きながらゆったりとしたリズムで子守歌を歌っているうちに夢の中に入っていった。
 その主様が、絵本を抱えて俺を見上げている。瞳は爛々と輝いていて、何か楽しい思いつきがあることを物語っている。
「ねぇフェネス」
「主様、いかがなさいましたか?」
 すると主様は、
「にじのはじまりをみたい」
と言い出した。大事そうに抱えている絵本は虹の始まりを見つけに行く冒険譚。
「うーん、今日は晴れていて虹は出ていないと思うのですが……」
 そこまで言って、いいことを思いつく。
「ハウレスに相談してみましょう。俺ひとりの力ではどうにもならないので」

「わあ……つめたくてきもちいいー!」
屋根からホースで水を撒かれて主様は大喜びだ。
「あ! 主様、虹が出てます!」
「きれいだねー……あれ?」
 主様がきょとんとしている。それもそうだろう、輪っかの虹が出てきたのだから。

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