にえ

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お題『終わらない夏』
(一次創作・今までの続き)


 修学旅行は夏の信州だった。
「やだー! 何にもない、つまんない!!」
 同室になった由香里曰く、そうらしい。
 だけど、何もない中に詰まった、美しい景色と澄んだ空気が名状しがたいほど素晴らしい。

 もし優斗がリレー合宿するならこういう涼しいところがいいのではないだろうか。
『おい、中山……寒くないか? あっためてやるからこっちに来いよ』
『……馬鹿』
 とかなんとか言いながら、ヤル事ヤッてほしい。あわよくばそれをかぶりつきで見たい。そうなったら私は壁になるしかない。

「……なにニコニコしてるの、夏菜子? あ、さては彼氏から良い連絡が来たとか!?」
 聡子! コラ、余計なことを言うでない!!
「え! 夏菜子って彼氏いたの!?」
 ああ、芳佳……それに、
「そんなに美味しい話、なんでもっと早く教えてくれないの!!」
スピーカーの向井さんまで……あなたには何も語りたくないわ。
「みんな! 違うったら!!」
「だったらこの前の放課後デートは何だったの?」
 聡子、おま、今度校舎裏な。
「やだなー。彼は幼馴染み。それにデートだったらふたりきりで出かけたいわよ」
 そう。あの日は中村くんも一緒だった。あの至福のひととき。夢のような時間……。
「あらー? そんなこと言いながらも満更でもなさそうじゃないの」
 向井千佳子。私はこの女を警戒している。
 もしこの女に私が腐女子であることがバレたら? そしてそれが優斗に伝わったら? 考えただけでも恐ろしい。
 優斗から軽蔑の眼差しを向けられる。そして、
『夏菜子、お前のことはもう知らねえ。俺はこれから中村と一緒に生きていくから。な、正人』
『あぁ、優斗』
中村くんに肩を抱かれ、ふたり夜の闇へと消えて行くのよ……っくぅ、絵になる……。私はふたりを照らす街灯になるのよぉ……。
 妄想にパワーを貰って笑顔を作る。
「本当にそんなんじゃないから」
 そう、まだ『そんなんじゃない』。告白もしていなければ振られてもいない。振られるならその理由は中村くんであれぇ〜!!

 修学旅行、旅程最終日。
 自由行動だから私は聡子たちと一緒に戸隠神社へと向かった。
 スニーカーにお揃いの芋ジャージ姿になった4人で、散策しようと話していたのだ。
 奥社コースを片道2時間かけてみっちりと歩く。
「夏菜子、疲れないの?」
 由香里は行きだけで結構苦戦しているようだけど、
「私はまだイケる」
とだけ答えた。
 だってここにはスポーツ必勝の御神徳があるんですもの! 優斗と中村くんにお守りを用意しないとね。
 中村くんにまでお守りとか、我ながら敵に塩を送るなんてあっぱれじゃ……。
 私が悦に入っていると、先を歩いていた芳佳が叫んだ。
「やっとお社が見えてきたー!」
 その声に聡子も由香里も顔を上げる。

「我々芹沢学院2年5組、到着しましたー!」

 芳佳の音頭で記念撮影をサクッと済ませて参拝へ。
 二礼二拍手をした私たちはそれぞれ思い思いに祈願する。
 私は胸の中で『優斗がまたリレーの選手になりますように。優勝しますように。あわよくば中村くんと好い仲になりますように』とお祈りした。

 帰りは中社を参り、ついでなので自分の学業成就をお祈りしといた。
 合計3つのお守り(うちひとつはついで)を手に入れた私たちは集合時間に間に合うように神社を後にした。
 帰りの新幹線では向井さんと席が隣だったけど、ニコニコ笑顔が誤魔化せない。
 ああ、地元に帰ったら、あのふたり進展してないかなー?

 私たちの夏は、始まったばかりだった。

8/17/2025, 11:02:53 AM