お題『冬はいっしょに』
主様がそれに興味を持ったのは、7歳の冬だった。
食堂を覗くとミヤジさんとハウレスが、真冬だというのに汗をダラダラかいているのを不思議に思ったらしい。よく見れば真っ赤に染まっているスープ。
「それ、おいしい?」
主様が興味津々といった風に尋ねれば、ふたりは汗と目をきらきらさせながら頷いた。
「主様もいつか食べられる日が来るといいのだけれど」
ミヤジさんがうつむき気味になると主様は「ぜったいなる!」と息巻いた。
「あの、主様……ふたりが食べている真っ赤なスープは激辛スープカレーなので、召し上がられない方が……」
俺が言えば、汗を拭いていたハウレスも、
「最初は俺もミヤジさんの辛さについていくのは大変だったのですが、辛さの中に深い味わいがあって今ではもう病みつきです。いつか主様ともご一緒したいです」
と言って、主様を激辛党に勧誘している。
そこにハナマルさんが通りかかり、
「激辛もいいかもしれねーけど、冬は熱燗で一緒に、ってのもオツだぜ?」
首を摘んだ徳利を掲げてみせる。
すると、どうだろうか。執事たちがわらわらと集まってきて主様との冬の過ごし方プレゼン大会となってしまった。
その様子をしばらく眺めていた主様だったけど、大きなあくびをひとつすると俺の手を引っ張った。
「いこ、フェネス」
「え? いいんですか、主様?」
抱っこをせがまれたので抱き上げると、うふふ、と笑う。
「ふゆの いちばん たのしい すごしかたは、おふとんの なかで フェネスに えほんを よんで もらうこと なんだー」
そして「みんなおやすみー」と言って俺の首にしがみついた。
お題『取りとめもない話』
「ねぇ、フェネス」
主様呼ばれてお茶を淹れる手を止めた。
「私のお母さんってどんな人だったの?」
薪の爆ぜる音をBGMに、見たいとねだられてお貸しした俺の昔のアルバムを捲りながら、主様は尋ねてきた。
「主様のお母様は、そうですね……一言で言えば陽だまりのような方でした」
目をぱちくりさせると「なぁにそれ」とくすくす笑った。
「ナックは私のことをそう言うし、しかも抽象的だし……」
わざとらしく頬を膨らませる主様に、ついつい微笑んでしまう。
「そういうところ、そっくりですよ」
「そういうところ? そういうところってどういうところよ!?」
「ナイショです」
お茶が濃くなってしまった。ミルクをたっぷり入れておこう。
こうしてとりとめもなく夜が更けていった……。
お題『イルミネーション』
(今日はいつものやつはお休みです)
地元岡山のイルミネーションについてお話しします。
私は駅近で働いているので帰宅する時などは駅前のイルミネーションを目にすることも多いのですが、ぶっちゃけ
ショボい。
おそらくはイルミネーションの予算が年々削られているのでしょうね。
コロナ前まではそこそこ楽しい年末イルミネーションだったんです。駅前の桃太郎は周りを桃のイルミネーションに彩られ、頭上にはミラーボールが!
【パリピ太郎】と誰かが言い出し、いつの間にかその名前が定着したり。しかし岡山駅前再開発で一時撤去され、今や桃太郎は駅前の片隅で泣いています。
あと、桃太郎大通りに面した、メルヘンチックな外観の交番をキラキラさせる【エレクトリカル交番】とか。その交番も役目を終えると同時に光を失いました。
しかし、岡山駅前を離れるとイルミネーションに力をめちゃくちゃ入れているところもあります。
それは岡山市郊外にある、産婦人科。最初は入院する妊婦さんに少しでも楽しんでもらおうと始めたことらしいのですが、年々派手になり、さらには系列病院まで輝きを放つに至りました。
どうやら観光名所にもなっているらしいその病院ですが、25日になると綺麗さっぱり電飾を撤去するそうです。
あとは、エントランス前の大きな木をクリスマスツリーにしているマンションとか……。
こうして振り返ってみるとわかるのですが、『財政が潤っていないとイルミネーションはショボショボになり、頑張って稼いでいるところ・金回りのいいところはイルミネーションに力を入れられる』ということです。
人もそうです。心が潤っていないと貧相になります。
あなたの心のイルミネーションは、輝いていますか?
お題『愛を注いで』
ある日、再び主様が執事たちを食堂に集めた。
主様の口から、真剣交際をしている人がいる、と聞かされた執事たち。おとなしく『ふたりの幸せを願っているよ』などと言うわけがなかった。
騙されているのではないですか? とか、きっと騙されているに違いない、とか、さらには今のうちに芽を刈り取っておこうなどといった過激な発言をする若い執事もいる。
「いや、俺はその青年を知ってるけど、そんな人じゃないから! あと手はかけないで!!」
俺の言葉に、若い執事たちは目を丸くした。
「だって、主様はフェネスさんのこと好きだっていってたじゃないですか?」
ロノの言葉を受けた主様は、
「フェネスにはきちんと振られた」
と言って俺の方を見て微笑んだが、執事たちの視線が一斉に俺を刺す。
「それで、その人に目が向いたの。ミヤジのお墨付きだから大丈夫よ」
すると執事たちの視線は一斉にミヤジさんに向いた。
「私の勉強会に来ていた子でね、昔からとてもしっかり者だったな。もしかしたら主様に興味があるのかな、とは思っていたけれど……実現させたと知って驚いているよ」
ミヤジさんが認めた相手と聞いた執事たちの溜飲はとりあえず下がったらしい。しかし今度は、結婚式をどうするかの話になる。
ボスキは会場デザインは任せろと言うし、アモンはブーケの選定を始める。ロノとバスティンは料理とケーキをどうするかと相談をし、フルーレはというと、
「一生に一度の晴れ舞台ですから、俺が綺麗に仕立てますね」
と今にも生地屋に向かいそうな勢いだ。
「みんな待って!」
主様が大慌てでストップをかけた。
「まだプロポーズすらされていないんだから!」
それを聞いたラトが、
「真剣交際ではなかったのですか?」
と言って首をこてんと倒した。
「も、もちろん真剣よ。あっちも、私も」
ふむ、と口元に手を当てて少し考えてから、一番物騒なことを言い出す。
「どのくらい真剣なのか、私が測ってあげますよ」
「そのサービスはやめてー! お願いだからナイフをしまって!!」
すると、ラトに触発されたハウレスが息巻きだした。
「俺より強い男でないと!!」
「伝説の剣士に勝てる男なんてまず居ないわよ!!」
他にアイデアが出てはツッコむ主様を眺めながら、事情を知っている、あるいは理解のある執事たちは目を合わせて苦笑いをこぼした。
でもこの騒ぎこそが、いかに主様が愛情をたっぷりと注がれてきたのかの証拠でもであると——俺は少しだけ涙ぐんだ。
12/11 お題『何でもないフリ』
主様が大事な話があるというので執事たちは全員食堂に集められた。
みんな何事かとざわめいていたけれど、主様がやってきて静寂が訪れた。
主様は全員を見渡すと、めずらしく緊張しているのか、ピンクの小花柄の白いスカートを両手で握りしめた。
「あのね、」
口を開いたけれど、はくはくと開いたり閉じたりするだけで言葉にならないようだ。
その様子を見て、俺は例の青年とのことだな、と勘づいてしまった。
おそらくここにいる執事たちもあらかた気づいているのかもしれない。そのくらいふたりの関係はオープンで、彼も何度か屋敷にパイを持って遊びにきていた。
「えっとね、」
主様の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
うーん、どうしよう……。
するとルカスさんが一歩前に出た。
「主様、具合が悪そうなのでお話はまた次の機会にしませんか?」
そう言うと、さっと主様を横抱きにした。
「ベリアン、カモミールティーを淹れてくれるかな? アモンくんも今が一番見頃な花を採ってきて」
テキパキと指示を出したルカスさんは、腕の中の主様に向かって微笑みかけた。
何でもないフリをできるルカスさんはやはり大人なんだ……それに比べて俺は何もできていないな……。
運ばれていく主様を見送って、ルカスさんと俺とを比べて、また凹んでしまうのだった。
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12/10 お題『仲間』
画廊で手を繋いでいたふたりを見てしまったことを、俺は独りで静かに寂しく思っていた。
主様から想いを寄せられて俺は満更でもなかったのかもしれないし、そんなすぐにすぐは恋人と出会って紹介されるとも思ってなかったのかもしれない。しかしいざその場面に直面してみると、思いのほかダメージを受けている。
それでも、これでよかったのだと思う。
俺の想い人は後にも先にも、前の主様ただひとりなのだから。
2階の執事室の小さな椅子に身体を押し込んで膝を抱えていたけれど、『これでよかった』と思ったら少しは心も軽くなった気がする。立ち上がって身体をうーん! と伸ばしたところでドアがノックされた。
ドアの隙間から見えてきたのはベリアンさんとラムリ、フルーレの3人。
「どう……したのですか?」
新鮮な組み合わせに驚いているとラムリが身を乗り出してきた。
「眼鏡くんを元気づけに来たんだよ!」
「あ! ちょっと、ラムリさん!?」
フルーレが慌てているとその背後でベリアンさんが「あらあら」と苦笑っている。
「まぁ……概ねラムリくんの言っている通りなのですが。
もしよかったらお茶でもしませんか? ひとりでいるよりも、気持ちを誰かと共有することでスッキリできることもありますから」
ベリアンさんからの申し出に、
「実はついさっき割り切れたところなんです。あ、でもみんなとお茶は飲みたいです!」
俺はめずらしく素直に返事をした。
「それではみんなでティーパーティーをしましよう!」
「そうですね。ロノのスウィーツも、バスティンのケークサレも、他にもいろいろありますよ!」
それらは俺を励ますために用意されたものだと、さすがの俺も気がついた。
「ありがとう、みんな……」
「お礼はいいんですよ。私たちはみんな仲間、いや【家族】なのですから」
家族。その言葉に胸が温かくなるのを感じながら俺は引きこもっていた2階の執事室を後にした。