。。

Open App
6/19/2023, 8:55:36 AM

イカロスの墜落。

美しい海と、のどかな街の風景のはしに
まさに今、溺れ死のうとしている人間を見つけた。

秋の夕日をなめらかに照らしだす水面には、逞しいイカロスの脚が突き出ている。

ゆうゆうと浮かぶ船の帆は、はち切れんばかりに膨らみ、小舟は大きく傾いていて、その落下の衝撃を物語っている。

しかし、誰ひとり、その異変に気がついていない。
過ぎゆく日常の片隅に、イカロスはただ落ちた。

無情で無関心。彼の翼を焼いた太陽だけが、
沈むイカロスを見つめている。

6/16/2023, 10:35:27 PM

悲しみの輪郭をなぞるように白い花に触れた。
細く細く糸を重ねて織った心が、はらはら崩れていくのがわかる。

月日は経ち、星は流れて、木洩れ日に翳る夏がやってくる。1年前に地上に落ちた君が、そろそろ空に昇ってゆくのを私は黙って見届けるつもりだ。

君のことは誰も知らない。知るよしもない。
誰も知らないまま、知られようとしないまま、君は夜の静けさに溶けて、光を求めることもない。

庭に埋めた月下美人は、今年も冷たい色を咲かせた。君の面影を永遠に残して。


6/15/2023, 11:03:07 AM


『緋色の研究』


いわゆる純文学みたいなのが好きで、謎解きとか、探偵や刑事。魅力的なキャラクターが活躍する推理小説に、なんとなく苦手意識を持っていた12才のとき。図書室でたまたま手に取った。

はじめて、本を読んで泣いてしまった。
探偵小説でありながら、ひとつの文学作品として、心の底から惹きこまれた。

シリーズものも苦手だったのに、あっという間にシャーロック・ホームズシリーズは読破して、はじめて自分で買ったのもこの本。

あの日読んだときの衝撃と感動は、今も鮮やかに残っている。再び味わえないはじめての感情を追うように、中学、高校、ずっと読み返してきた。

本の数だけ好きはあって、相変わらず本といったら純文学ばかり読んでいるけれど、いつまでも大切な1冊。




6/15/2023, 9:52:17 AM


天の海に 雲の波立ち 月の船
星の林に 漕ぎ隠る見ゆ


まどろむ雨空の、その向こうにさす景色を想い描いてみる。千年前から変わらない空を。


6/13/2023, 10:22:20 PM

「水の器」といわれたのも、夜のあじさいをみれば頷ける。

薄い藍色は、時にガラスのようにはらはら透けながら、夕闇にひっそりと隠れてしまう。

その葉陰に蛍が光って、夢幻の花をみせる。花びらに浮かぶ露は月光を吸い込んで、淡いゆらめきを湛えている。

梅雨の水面を映したような、静けさのある花だと思った。


「この子たち、海蛇だったのよ。」


君の言葉を、昔は笑った。どうして海蛇なんだろう。相変わらずファンタジーな世界に生きている君らしいと思った。

でも、虫の音もしない梅雨の夜にひとり。
しっとりと濡れるあじさいは、まるで生きているようにみずみずしく、あでやかに咲き誇っている。

あじさいは「水の器」という意味があるんだ、と教えたのは僕だけれど、君はそれを海と解釈したのかもしれない。

たっぷりと水を含んでいるあじさいは、確かに陸に咲く小さな海のようだ。だから、母なる海をつかさどる神の姿に重ねていたのだろう。

でも、僕には今ようやく見える。
君にも、見えていたのだろうか。

無数のあじさいの中にひそむ青い海蛇が、
重い頭をもたげている、その姿が。




Next