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2/28/2025, 9:24:38 AM

▶117.「記録」「cute!」(抱き合わせ更新です)
116.「さぁ冒険だ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
イレフスト陣営、元対フランタ技術局内
仮説会議室(元食堂)にて

「なぁヤンよ」
「はい、課長」

「シルバーブロンドの奴は、第三隊に捕まるかのぅ」
「並の人間なら捕まるでしょうね」

「ここまで来るかのぅ」
「さぁ、どうでしょうね…って、来て欲しいんですか?」

「じゃって、この記録たちを見たらのぅ…血が騒ぐじゃろ?」
「否定はしませんけどね、期待しない方がいいですよ」

「むぅ…ちと第二隊らにお願いしてくるかの」
「相変わらず、言い出したら頑固ですね。無理言っちゃ駄目ですよ」


粘り強い交渉の末、地下通路は、元技術局側の出入口のみ警護することになった。
ホルツもそこに待機する予定だ。
曰く「話のわかるやつで良かったわい」ということらしいが、

「ったく…我々軍より前に出るなんて、どうなっても知りませんよ?」
「どうせ老い先短いジジイじゃ、ほっとけ。必要なのは対話じゃよ」
「どうせと言うなら長生きしてください」
「言われんでもするわい」


その報告が来たのは早馬が伝えてきた予想より1日早い、2日後のことだった。

「班長、かなり早い足音が聞こえてきました。しかし訓練された軍人のものではありません」

「来よったな。お前さん方、くれぐれも下がっておれよ」
「分かりました。しかし、いざという時は出ますのでご承知おきください」
「お主も頑固じゃの」
「あなたに言われたくないですね」

「班長、お早く」
「課長、早く行ってください」

地下に降りて所定の位置につく。

ホルツはシルバーブロンドが通路から出てきた時に目につきやすい場所へ、
第二隊5班は二手に分かれて、ホルツのフォローと、シルバーブロンドの背後に回れる位置につき息を潜めて待つ。

次第に足音が大きく、耳を澄ませなくても聞こえてくるようになってきた。

「…シ、もう少しだ」

まだこちらに気づいていないらしい。
独り言なのか潜めた声ながら警戒心は感じられない。

完全に姿を現したそいつは、想像していたより若かったが、情報通りの金とも銀とも見える髪色で、3秒目を離したら忘れてしまうような、特徴の少ない顔をしていた。
それよりも気になったのは、その顔になんの表情も乗っていないことだ。まるで人形のような全くの無表情。
しかし、わしと目が合った瞬間。
それは人間らしい、訝しげな表情に取って代わった。

「わしはホルツ。ここの管理人といったところじゃな。お主は、こんな所まで何しに来たんじゃ?」
「私は、‪✕‬‪✕‬‪✕‬。旅をしている者だ。ここには…友を助ける手段を探しに来た」

「ふむ、友か。友人とは良いものじゃ。人生を豊かにしてくれる」
「ああ…」
「しかし、ここに人間の助けになるようなものはない。友というのはナナホシというメカのことじゃな?」
「……そうだ。何故知っている?」
観念したのか、あっさりと認めた。しかし、警戒心まで解いたわけではなさそうだ。表情は緩んだが、心情がとても読み取りにくくなった。

「言うたじゃろ、管理人だからじゃ。わしは軍の奴らと違う。悪いようにはせん、こっちにおいで」
無造作に背を向け、スタスタ歩き出す。少しすると奴、‪✕‬‪✕‬‪✕‬もついてきた。
案外素直なやつじゃ。かわいいのぅ。じーさんはこういうとき、「cute!」と方言ぶちかましておったな。

自身が緊張しないよう、くだらない事を考えながら仮説会議室へ向かう。
さらに後ろの方からぞろぞろと5班のライラたちがついてきた。

「なぜ今日は多くの人間がいる?前は誰もいなかったが」
「前に来たという、そのせいに決まっているじゃろう。おかげで大忙しじゃ」
「む…すまない」

なんじゃなんじゃ。本当に国の上層部を騒がせている重要人物なのか?
調子が狂うの。

「まぁ座れ」
家具の類いは全て朽ちておった。そのため軍が野外に本部を置くときに使うテーブルセットを借り受けている。

「で、じゃ。さっそくナナホシというメカを見せてくれんか。実物を見たことがないんじゃ」
「ナナホシ、いいか?」
「ウン…優シクネ」

‪✕‬‪✕‬‪✕‬が突き出した手に乗っていたのは、
虫と考えれば大きいが、メカと考えれば極小の虫型機械であった。

「触れてもよいか?」
試しに手を伸ばしてみると、
ヨタヨタと脚を動かしてわしの手に乗ってきた。かなり冷たい。

「アッタカイ…」
「随分弱っておるの」
「ここに来る前に軍を振り払ってきた。その時に無理させてしまったのだ」

ちんまりと手に収まる、小さく弱ったメカ。
「…cute!」
「なんだ?」
しまった。じーさんの気持ちが分かってしまった。
「あぁいや、こいつを助けたいのじゃな?」
「そうだ」

「ちょうど、ここに記録が…おっと」
「モウチョット、アッタメテ」
「仕方ないのぅ」

その時は初めて触れた本物のメカのかわいさに、忘れていたのだ。
‪✕‬‪✕‬‪✕‬が追われていたことを。

バタバタとした大人数の足音に気づいた時には、もう遅かった。
「あっ、ちょっと困ります!ミナト第三隊長!」
「退けっ…!見つけたぞ!もう逃がさん!!」

血気迫る隊長の姿に、‪✕‬‪✕‬‪✕‬の様子が変わった。
サッとナナホシをわしの手から取り上げ懐に押し込んだかと思うと、わしの首に腕を回して拘束した。いつの間に出したのか、ナイフまで突きつけられている。
だが、痛くはない。

「すまない、少し付き合ってくれ」
しかも小声で頼んできた。

(おいおい、‪✕‬‪✕‬‪✕‬よ)
仕方ないので、苦しげに見えるようにしかめっ面をしておいた。

「いいのか?この老人が、どうなっても」
「お前が降伏すればいい話だ!」

ほんの少しだけナイフが触れる。
ヒヤリとした感触は、それが本物であることを伝えてくる。

「本当に?」
「隊長、ここはどうか」
「…くっ!」

じりじりと‪✕‬‪✕‬‪✕‬が移動を始める。ナイフが少し遠くなったので、わしも歩みを合わせていく。方向からしてメインルームに向かうようだ。

「ナナホシ、すまないが」
「ウン、イイヨ。マズハ、ココカラニゲヨウ」
「…どうするんじゃ」
隊長と向かい合っているため、わしは口を動かさないように尋ねた。
「ここを破壊する」
「なっ…」
「崩壊には3日の猶予があるから心配ない」

3日。それだけあれば資料室にあるものを全て持ち出せる。
優先順位をどうするか考えているうちに、メインコントローラーの前まで来た。
ボタンを押す音がした。‪✕‬‪✕‬‪✕‬は後ろ手にやっているので何のボタンを押したかまでは分からない。
『自壊装置の開始ボタンが押されました。自壊開始まで後3
「さあ、私はボタンを押した!ここは崩れる!逃げなければ死んでしまうぞ!」
‪✕‬‪✕‬‪✕‬が電子音声に被せるようにして大声を出す。
なるほど、猶予がないと思わせて退かせる算段か。

「この野郎…!」
隊長はいきり立っているが、他の面々は逃げ腰だ。フランタ国に通じる道ならすぐそこにあるが、昔とはいえ敵国であった国に取り残されるのは軍人には恐怖があるだろう。第三隊が後ろに退いていく。

「すまなかった」
謝罪の言葉を口にして✕‬‪✕‬‪✕‬は、わしを解放した。
それだけだと第三隊が勢いづいてしまうので、そっちに向かってよろめく演技をしておく。

そして✕‬‪✕‬‪✕‬は、フランタ国に繋がる通路に入っていった。

「あっちは異国、深追いは無理だ」
「では一度戻って…」
がやがやと協議しているのを無視して、わしは‪全部巻き込むことにした。

「イレフスト国を愛してやまない諸君!気をつけ!敬礼!」
昔のように腹から声を出せば、隊長以下全員が反応した。

「この対フランタ技術局は、崩壊の危機に面している!よって、全ての記録資料を持ち出し帰還する!復唱!」
「全ての記録資料を持ち出し帰還します!」
「よし、かかれ!」
我に返った隊長が苦虫を噛み潰したような顔をしていたのが気持ち良かった。


「こちらこそすまなかった、‪✕‬‪✕‬‪✕‬」

言っていた通りに3日後、元対フランタ技術局は崩壊した。

2/26/2025, 9:41:29 AM

▶116.「さぁ冒険だ」
115.「一輪の花」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
〜人形たちの知らない物語〜

目を開けると、
私の持てる全てを注いで作り出した人形が、
寝床に横たわる私の左手側に腰掛け、私を見つめていた。

技術局で過ごした仲間が作ったメカを迎えに行きたくて、せっかくならと作り始めた人形だった。
旅に出ることを諦めて残りの命を人形の仕上げに使う。

そう決めたことに悔いはない。

だが、このままでは‪✕‬‪✕‬‪✕‬とナナホシが出会うことはないだろう。


「は…っ」
喋ろうと口を開いたが掠れた声しか出ず、咳き込んでしまう。
すぐさま✕‬‪✕‬‪✕‬が助け起こし、水を含ませてくれた。

「…✕‬‪✕‬‪✕‬、ありがとう…。私もあとわずかだろう…すまないな」
「はい」

「私が死んだら…この家のものは全てを処分して、お前は旅に出るんだ」
「はい」

「色々なものを見聞きして、人間とは何か、自由とは何か探してほしい」
「分かりました。私にとって時間の経過は苦痛になりません。博士が言うものをできる限り探します」
「頼ん、だぞ…」

これで、これでいい。
いつか、あの技術局にたどり着いてナナホシに出会える日が来るかもしれない。

根拠に欠ける予測だった。
しかし、____は訳もなく、大丈夫だと信じたのだった。





世界でただ一つの人形。

もっと成長していく姿を見ていたかったから、
お前に完成という言葉を伝えられなかった。

生きるものは未完成であるからこそ美しい。


私自身のことは何も持っていかなくていい。
技術が便利に使われていた時代はとっくに終わったのだから。

結局、自由とは何だろうな?
まぁいいよな。



一瞬が永遠にも感じる。

なのに、
今感じている気持ちの何も、
言葉でも瞳でも伝えられなくて

彼の腕に触れるのが精一杯だった。


今こそ、さぁ冒険だ。

行っておいで、私の愛した人形。



〜人形たちの知らない物語 [完]〜

2/25/2025, 9:34:00 AM

▶115.「一輪の花」
114.「魔法」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
〜人形たちの知らない物語〜

「ここか」
サボウム国王の墓の場所を聞いてやってきたのは、中庭だった。
隅に建てられていて、王という立場を考えればかなり質素だ。
それも生前の所業を考えれば仕方ない。
むしろ墓があるだけ敬意を払われているのだ。

一輪の花が供えられている。
____も、それに倣ってその辺に咲いていた花を摘み、並べて置いた。

(これで、良かったのだろうか)

じっくり考えをまとめたい所だったが、
また地面が揺れ始めた。
これ以上の時間は無いと判断した____は、
できるだけ遠くに逃げろと呼び掛けながら城から脱出する。
最初に話した人が呼びかけていたらしく、もう無人のところが多かった。

城下の住人たちもぞろぞろと後退し離れていく。

離れていくのを待っていたかのように、
また、力に溺れたものの末路を見せつけるように、

王城は隆起した岩に崩され、
また地面に生じた亀裂の中へ飲み込まれていった。

誰もが無言だった。
家が近くにある者は荷物を取りに行き、
そうでないものは早々と立ち去っていく。

____も、その場から離れることにした。

漏れ聞こえてくる話に耳を傾けていると、どうやら地面が揺れている間は術具が使えないらしかった。

もしかしたら何もしなくても、この現象によって、少なくともサボウム国は戦い続けることが出来なくなっていたかもしれない。だがそれは、王城にも城下の街にもたくさんの人が残っていることになっただろう。
そうなっては、避難に時間がかかってしまう。

「何があるか、分からないものだな」

強い風が吹いた。
立ち上る煙を追い払うように、一輪の花が空を舞っていた。

サボウム国の仲間は建設中という新首都にいるだろうと思われた。
しかし花の行く末を眺めていた____は、しばらくの間ここに留まることに決めた。
老夫婦に受けた恩を返すくらいは。そしてそれは仲間にではなく、ここに住む者に返したい。そんな思いだった。

王城があった場所は、地面が揺れる度に隆起を繰り返し亀裂も広がっていき、やがて地下水と繋がり大きな池を形成した。

誰かが地獄を再現したようだと言うと、それは街中に、後に国中に広まり、王によって開発された術具は揺れによる障害もあって急速に廃れていったのだった。

____は、住民たちの暮らしの立て直しを手伝いながら、
吹き出る蒸気や湯を調べ、人間への影響や活用法を見出した。
住民たちは貪欲に吸収し、生活の糧へと変えていった。

そして新しい国の形が出来上がってきた時、____はサボウム国を出た。
行き先はフランタ国。
その気候は、機械技術にとって必要な条件が全て揃っている。

____は、自分の描いた夢を諦めていなかった。

花を一輪ずつ集めて花束を作るように、
少しずつ材料を集め部品を作り、人形を作り上げていった。

自身の故郷でやっていたように人形の素体を作り、
フランタ国が得意としていた自律思考回路と動力回路を組み込む。
各種伝達回路にはサボウム国の術式を使用した。
人間らしく関節を動かし、人間らしくものを食べ、眠って回復する。
細々とした機能は、イレフスト国の幅広い応用技術が役に立った。

自分の中に積み上げてきた全てを使って。
国を渡り歩いてきた____だからこそ出来ることだった。
けれど容易に出来ることではなかった。

長い長い年月を要した。

そうして「その日」は来たのだった。

2/24/2025, 9:41:39 AM

▶114.「魔法」
113.「君と見た虹」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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時は現在、イレフスト国にある対フランタ技術局付近の湖にて

水面を走っていくシルバーブロンドは、
もう我々では到底手の届かない距離まで進んでいた。

「なんだあれ…」
「魔法か?」
「馬鹿言え、魔法なんてあるもんか」
「いや、でも…」

隊員たちは、魔法だなんだと騒いでいる。
技術では到達し得ない奇跡や偉業をそのように呼ぶことがあるが、
今はそんな眉唾ものに構っている暇はない。


「隊長、追いますか?」
「ああ、馬の得意なものを連れてこい。少人数で追うぞ」
「私の他に3人知っています。すぐに準備させましょう」


勝負はここからだ。





湖を渡り切ってから後ろを振り返り、追っ手が来ないことを確認してから、
元のとおりに能力制限を掛けた。

制御の難易度が高く、燃費も悪いためだ。


「隠れながら進んでも、いずれ追いつかれるだろうな」

【ふり積もった雪の中、足跡を消すのは困難だ。そして、】制限が掛かる直前まで見えていた湖の向こう側では、隊長を名乗った男が周りの人間に指示を出していた。諦めた人間の行動ではない。

「ドウスル?」
「速度を早めるには動力が足りない」

それに、仮に最も燃費のいい速度を保っても、
かなり長いであろう地下通路を抜けられるか怪しい。

「だからと言って身を隠して動力を補給できたとしても、その頃には施設に入ることは困難になっているだろう」

動力さえあれば。
あの第三隊と名乗る集団の体勢が整う前に地下通路に入れるだろう。

「僕ノヲ使ッテ」
「ナナホシ?」
「今残ッテルノ、全部アゲル」
「だが、私とナナホシでは製作者が違うだろう?動力の互換性はないはずだ」
「ウン、デモ試シテ欲シイ」

ナナホシは虫型のメカだ。
音声は生き物のそれとは全く異なる。表情も私と同じく人間が親しみやすくなるように仕組まれたもののはずだ。
だが時々、こうして意志の強さのようなものを感じさせる。

「分かった。どうしたらいい」

いずれにしろ何かしなければ、そのまま詰むだけだ。

「‪✕‬‪✕‬‪✕‬ノ、動力取リ込ミ機関ヲ見セテ」
「それなら私の眼球だ。詳しく見たいのか?」
「デキル?」
「洗浄しやすいように作られているから大丈夫だ」

取り出された眼球にナナホシは触覚を触れさせて調べている。
「ウン、デキソウ。顔モ調ベサセテ」
「分かった」

ナナホシを乗せていた手をそのまま顔、目の近くまで持っていけば、
極細の触覚が、眼窩内の端子にそっと触れていく。
「試シテミル」
「ああ」

触覚を引っ込めたナナホシは、口器を端子に押し付けた。

「ドウ?」
「問題ないようだ」
「続ケルネ」
「いや、待てナナホシ」
「ドウシタノ?」
「今ナナホシが動力切れを起こしたら私は施設にたどり着けない。継ぎ足しながら行こう」
「ソウダッタ」
「私の腹は、先程の全力疾走による発熱で暖かい。道案内は口頭で構わないから、少しでも補給してくれ」
「ワカッタ」

もぞもぞとナナホシが人形の服の中へ潜り込み、人形は聞こえてくるくぐもった声に従って制限内の速度で走り出した。
湖を渡った時に比べれば雲泥の差だが、疲れを知らぬ人形の体は動力のある限り、いつまでも、どこまでも走り続けられる。


(なぜ、私とナナホシに動力の互換性があるのだ?まるで、魔法のようだ)

いや、魔法などという曖昧なものはない。おそらく私たちには知り得ない理由があるのだろう。そして、それは今の私たちに関係の無い話だ。
人形は思考を振り切り、目的地に向かって走ることに集中した。

2/23/2025, 9:43:57 AM

▶113.「君と見た虹」
112.「夜空を駆ける」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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〜人形たちの知らない物語〜

ノンバレッタ平原を抜け、小高い丘の上まで来た。
サボウム国が見渡せる場所だ。
拾ってくれた老夫婦以外では大した思い出のない国だが、
不思議と戻ってきたという感覚がある。
そのまま一息ついていると、

突然、視界が揺れ出した。

「あ、なんだ…じしん…?」

久しぶりすぎて自分が揺れているのかと思ったが、
しゃがんでいると地面から小さい揺れが伝わってくる。

こっちでは何と言うのだったか。
故郷の言葉しか出てこない。

長い揺れの中、遠くに目をやると、煙が上がっている場所があった。
それは、王城のある方角だった。

「あ」
煙の一部が虹色に光っている。
何かの粒子か水蒸気か、
太陽の光を分散させているのだろう。

冷静に現象を分析しようとする一方で、
____は急な郷愁に捕らわれていた。

あの頃は平和で、足りないものなんかなくて。
苦しさに、ぎゅっと服の胸元を握りしめた。


「君と見た虹は、もっとささやかで優しいものだったよな」

幼い頃、瓶に水をいっぱいに溜めて太陽に透かして見せてくれた。
それから、色んな場所に虹を当てて遊んだ。
高名な父がいるからと驕っていた私と親しく遊んでくれた女の子。

お互い成長してからは、
寝食を惜しんで人形づくりに没頭していた私を叱ってくれた恋人。

今は、あの虹よりも遠い。

煙は虹を飲み込んで、次第に大きく黒く変化し空を上っていく。

「行かなくては…」

力を振り絞って立ち上がり、丘を駆け下りていった。


サボウム国に入っていくと、あちらこちらで白い煙が上がっていた。
湯気にしては、変わった匂いがする。

布で口元を覆い、王城に向かって走って向かおうとしたが。

「術具が使えない!」
「こわいよー!」

あちこちで上がる悲鳴に見て見ぬふりも出来ず、
口元を覆って広い場所へ逃げるように声をかけていく。

恐怖に叫ぶ声の合間に、術具が使えないと焦っている声が多い。
揺れで壊れたというわけでもないようだ。

大きな物は持たずに避難するように呼び掛けながら、
人々の間を縫って進んでいく。


大通りを抜ける頃には揺れが収まって、
住民たちは少しばかり落ち着きを取り戻していた。

丘の上から見たとき、城とは反対方向の方が煙が少なかったように思う。
そう伝えると、そちらでは新首都を建設していると教えてくれた。

なるべく早くみんなで声を掛け合いながら避難した方がいいと念押しして、その場を離れた。


そうして着いた王城は、すでに人も少なく、がらんとしていた。

残っていた者に聞いてみると、
王を始めとする戦乱に積極的だった者たちが乱心して城を出ていくと、
それを知っていたかのようなタイミングで反抗組織が現れたという。

その者達は城内を掌握すると新首都建設のために人を引き抜いていったということだった。王子も一緒に連れていかれたらしい。
イレフスト国の王子と違って、サボウム国の王子は気弱な性格だからだろう。

つまり、人が少ないのは揺れの前からだったらしい。

(自分たちで作り上げたかったのだろうな)
仲間たちが、残った人達と上手くやっていくことを願うしかない。


「あなたも城を出て避難した方がいい」
「そうするよ、あっちには弟がいるんだ」

「あと1つだけすまない、王の墓はどこにあるだろうか」

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