▶91.「まだ知らない君」
90.「日陰」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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サボウム国の新首都を出発して北上し、
イレフスト国に近づいてきた人形たち。
街道を通って国境付近まで行った場合、人形たちにとって都合の悪いことがあっても、そこから外れるのも不審がられるため、動きが取れなくなる。
そのため夜のうちに身を隠しておき、遠くから様子を見ることにした。
「ここは2国よりも国境警備が厳重に管理されているな」
街道には関所があり、入国したい人たちが行列を作っている。
サボウム国は観光事業をしているため解放的であったし、
フランタ国は牧歌的なところがあるせいか、のんびりとしたものだった。
「ただ、フランタ国については、今回そもそも国境付近に寄らなかった。だから情報としては古いかもしれないが」
「ドウスル?」
さすがに国境すべてが警備されているわけではないから、人形たちが通り抜けることはできる。
ただ行列を作り待ってでも正規の入国をするのには、何らかの理由があるかもしれない。
「出てきた人間に話を聞いてみるか」
「入国待ちの行列?あれは、ごく最近できるようになったんだよ」
荷車をゴロゴロ引いている老女に話しかけると、すぐに話に乗ってきた。
後ろから押しつつ、さらに話を聞いていく。
「兵隊たちがね、急に真面目になったのよ。わたしゃ国を往復して商売してるんだけどね、こんなこと初めてだよ。体も引き締まってるようだし、ありゃ娘っ子にモテるよォ。わたしが知ってるのはこんなもんだね。もうここまででいいよ、ありがとさん」
ヒィッヒッヒッと笑いながら、老女はゴロゴロ去っていった。
「ふむ。真面目、か」
「決マッタ?」
「ああ、正面から行こう。まだ知らない君の柑橘を探すのに不都合が出ては困る」
一方、イレフスト国軍の執務室にて
「将軍、国境警備の強化は順調ですが、入国希望者に対する隊員の審査が長くなり、苦情が出始めています」
「ふむ、最初のうちは仕方あるまい。さじ加減は経験で覚えていくものだ。だが、そうだな…我が国への印象が悪くなっては困るな。隊員に温かい汁物を配らせて交流を図らせろ」
「かしこまりました」
「まだ知らない君の正体は、オレの軍が暴いてみせる」
▶90.「日陰」
89.「帽子かぶって」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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~人形たちの知らない物語~
____が配属されたF16室は、もう1つの敵国フランタ国の技術の研究と解析を行っている場所だった。
「ここではフランタ国にある自律思考回路を専門にやっている。私は室長のドッジだ。よろしく」
「____です。お世話になります」
「早速だが、君の腕を見たい。それから詳しく説明しよう」
イレフスト国の技術研究者たちには、切迫感や悲壮感のような雰囲気がない。市井に住む国民は税金によって家計を苦しめられているのだが、こちらはのびのびとやっているようだ。
そんな現状を無視すれば、サボウム国の仲間たちが夢見ていたような空間が、そこにはあった。
(同じ戦いの最中にあっても、国によって違うんだな)
____は、指示された作業に集中を向けた。
そんなふうに仕事に打ち込みながら、____は職場に、ひいては王宮の構造に慣れるためと称して何日かに分けて王宮内を巡り歩いた。王の私室など立ち入り禁止の部分はあれど、それでも問題なく入れる範囲は広い。その中で____は早くも『ワルツ』の隠し場所に最適な場所を見つけた。
それは、通称『日陰の倉庫』と技術者や研究者の間で呼ばれている、使われなくなった実験道具や試作品などをしまっている倉庫だ。
イレフスト国では技術転用が多く、もう使わないと決めてもしばらくの間は保管していることが多い。そのようなものを入れておく場所だ。大抵は、二度と使われず忘れ去られてしまう。ゴチャゴチャした空間では、小さな機械ひとつ紛れていても変化には気づけないだろう。
「フランタ国は、思考回路の精密さも素晴らしいが、すごいのはコレだ」
奥の部屋に案内され、見たものは大きなレンズのようなものだった。
透明な球体にも近いが、中に黒い球体が入っていて巨大な目にも見える。
「この瞳のようなものは、日光を動力として取り込むことができる。それと同時にわれわれの目と同じように視覚の機能も有しているのだ」
うまく繋げば屋内にいながら、外の様子を見られるだろうな。
ワクワクした様子で室長は続けて、そう話している。
「だが、私はこう考えている。日光は明るいだけじゃない。何か分かるか?」
「なんでしょう…あたたかさですかね」
「その通りだ。この熱も動力に変えられたら、より良い効率性能を生み出せるのではないかと考えているんだ。どうだね?君、やってみないかね」
____は一瞬のような短い時間を悩んだ。
こんな場所を取り戻したいと願う仲間たちが日陰の存在となっているのに、と。
「はい、やってみたいです」
だが、ここにいるのは自分だけだ。
一種の諦めのようなものを抱えて、____は返事をした。
▶89.「帽子かぶって」
88.「小さな勇気」
87.「わぁ!」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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誰が行くかで揉めとったが、
しばらくして決着がついたようじゃ。
「骨は拾ってくださいね…!」
「この恨みは高くつきますよ…」
それぞれ捨て台詞を残しつつ、地下通路に入っていった。
「よし、わしらもやるぞ」
日光取り込み装置『瞳』が開いたことで、日光から動力を作れるようになっているはずだ。そうなれば、いずれ施設内設備が起動できる。
「索敵と地下通路の確認、それから設備の起動確認。この3つを一定時間ごと、順番にこなしていくぞ」
「はい」
ゼンマイ式のタイマーを取り出して3周回す。
「一刻半ごとでよかろ。さて、これからは軍が来るまでの長期戦じゃ。ヤン、水の確保を頼む」
「わかりました。ではすぐに」
「ああ、そうじゃ。寒いから、こっちの帽子かぶってけ」
一方、送り出された部下2人は王宮に帰り着き、軍の窓口で応援要請をしていた。
「だから、昨日も言っただろう!うちの課長に軍から応援連れて来いって指示受けたんだって!」
「正式な指示書もなく、しかも捨てる予定のガラクタと閑職じじいを相手に軍を出せと?」
「ああ、もう下っ端じゃ話にならない!もっと上のやつ出せ!」
「それならあんたたちこそ課長を連れて来ればいいだろう」
「はあ!?」
もう言葉も出なかった。
「なあ、やっぱ無理だよ。一旦戻って考えよう」
「…くそっ」
「おい、あのじじいはどうした」
「あっ、ジーキ課長。実は…」
悔しい思いを抱えながら技術保全課に戻る途中、
行き会ったのは軍事記録課の課長だった。
俺たちとそう変わらない歳なのに威圧感がすごい。
でもメインは同じ事務仕事なんだよな。
確か、うちの課長に言われてF16室に関する記録を調べてたけど、
当時、王の交代を始めとした状況の激しい変化に大混乱だったとかで、対フランタ技術局から廃棄したって連絡を受けたのをそのまま記録したらしい。この辺はうちと変わらない。今は前後の記録から背景を探っている最中だそうだ。
「俺が行こう」
事情を話したら、ついてきてくれることになった。
ジーキ課長の威圧効果は抜群で、すんなり話が通った。
「あの、ジーキ課長。ありがとうございました」
「じじいに借りは返したと伝えとけ」
礼を言ったら、颯爽と去っていった。
「借りってなんだろうな。ま、おかげで助かったな」
「ああ…いつか俺も、あんな風になれるかな」
無言で優しく肩を叩かれた。首も振られた。
ちょっと憧れるくらいいいじゃないか。ちくしょう。
◇
「将軍、ご報告が」
「聞こう」
その報告は、オレが待ち望んでいたものだった。
ついに、この日が来た。
オレは軍帽を深く被り直し、
気持ちを落ち着けようと窓の景色を眺める。
その間、直属の部下はじっと控えている。
なんて心地がいいのだろう。
満足したオレは窓から離れて、
命令書を記入するため執務机の椅子に座った。
「技術保全課への支援は、離れているとはいえ王宮の施設だからな。第二隊から、これは班2つで構わんだろう。それを派遣する。適宜交代させろ」
「はっ」
「それから、国境警備の強化。これが敵の仕業なのかすら分かっていない。ならば第三隊の訓練強度を上げて隊員どもを鍛え上げろ。あとは第四隊の半分を使った増員編成案を出せ」
「かしこまりました」
命令書を受け取った部下が部屋から出ていく。
「刀は、研ぎ澄まされてこその刀だ」
▶88.「小さな勇気」
87.「わぁ!」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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翌朝、引き続き施設内の捜索と、新たに周辺探索を始めた。
周辺探索については、万一にもフランタ国民と遭遇しないよう、また痕跡を残さないように気をつけなければならない。
「と言っても、こっちは雪がない分、楽なもんじゃな。足跡も残りにくいしの」
「課長、支度整いました」
「うむ。近くに集落があるかどうか、また人が入っている形跡があるかどうか。この点に注意するのだ。よいか、山の幸を探すのに夢中になるでないぞ?」
「分かっておりますよ」
「頼んだぞ」
部下2人を送り出し、わしは施設内に戻った。
多少出口から光が入るとはいえ、目が順応するまでは暗闇と同じだ。
奥に入れば、その光も届かない。
だからといって、いたずらにロウソクをつけるわけにもいかない。
地下通路では安全確認の意味を含めて灯し続けたが、何本もあるわけではないのだ。
「課長、あちこち触りましたが電源らしきものは見つかりません」
「一人や二人程度では、そんなもんじゃ。転ばぬように引き続き探せ」
「はい、わかりっうわぁ!」
言った先から、
がっしゃん、どしんと凄い音を立てて部下が転んだ。
崩れた家具にでも足をつっかけたのだろう。
まだ歩いていないところに足を踏み出すには、慎重さを失わない小さな勇気が必要じゃ。
昼ごろになって、外に出ていた部下たちが戻ってきた。
「無事で何より。どうじゃった」
「はい、施設の周辺に人が頻繁に入っているような形跡はありませんでした。また、集落は麓に見えましたが、ここが山あいに面しているため、かなりの距離があります」
「ご苦労じゃった。残念ながら、こっちの収穫はなしじゃ。昼食後はこっちを手伝うように」
「承知しました」
「さての、このままグダグダ探すのもアホらしいな。かといって施設の資料室から探すのは、ちと骨が折れるしの」
昼食後、捜索を再開する前に持ってきた資料を見直す。
「なんか、これが怪しいんだがのぅ…なぁお前たち、どう思う」
「例の瞳、ですか」
「掃除しろってありましたよね。掃除されてないからダメってことですか」
「瞳…簡単に言えば目ですよね。とじるとダメ…まぁ暗くて確かに見えないけどな」
部下の一人が目を開けたり閉じたりしながら呟いた。
「ふむ、閉じると暗い…開けば明るい…光か!豊富にある光といえば太陽じゃ」
「地面には、それらしいものは見当たりませんでした」
「王宮を出発する前までついとったんじゃ、埋もれてるとは考えにくい。となると、この岩が怪しいの」
全員で岩のあちこちを探すが、何も無い。
「仕方ない、お前たちの誰かが上に登るんじゃ」
「ええ、こんな高いの無理ですよ!足をかけるようなデコボコもないし!」
「肩に乗るんじゃよ」
「怖いです!」
「小さな勇気こそ肝要じゃ。がんばれ」
「課長の鬼!」
部下たちが、顔色を真っ赤にしたり真っ青にしたり、
やいのやいの騒ぎながら1人を岩の上に押し上げていく。
「あっ!布、布があります!これは、石で押さえているようです」
「それをこっちに寄越せ。恐らく中に日光の取り込み装置があるはずじゃ。慎重にやれよ」
やはり、中には日光を動力として取り込むためと思われる装置があった。
そして回収した布は、この施設が使われていた頃を考えると、明らかに新しい。
「これで確定じゃな。今回の異変は人為的なものじゃ。しかも相手はイレフスト国の技術や施設に詳しいと見える」
仕方ないのぅ。
「2人は王宮に戻り報告。軍に掛け合って応援を呼んでくるんじゃ」
「えぇ!?課長は!?」
「わしは、この施設を調べなきゃならん。お前たちだけでは経験も技量も足りんからの」
「あの将軍こわいんですよぉ」
「言ったじゃろ。勇気じゃ勇気」
▶87.「わぁ!」
86.「終わらない物語」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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地下通路の入り口に着いた一行。
王宮側からの操作で、中には明かりが灯っている。
「よし、入るぞ」
「あ、その前に」
わしが先頭で入ろうと部下が割って入ろうとしてきた。
「なんじゃ」
「ちょっと前を失礼します。すぅ…「これ」
嫌な予感がして、その部下の口を塞ぐ。
「どうするつもりじゃ」
「いや、わぁってやろうかなと」
「何があるかも分からん場所に向かって叫ぶでない。行くぞ」
地下通路は出口が見えないほどかなり長い。時々空気穴なのだろう細い穴を見かけるが1本道だ。明かりがあるおかげでサクサクと進んでいるが、暗闇だったらと思うとゾッとする。
「課長、まだ歩くんですかぁ?」
「いつか着くじゃろうて」
「もう頭がおかしくなりそうです〜」
部下たちは早くも音を上げ始めていた。
変化の乏しい道のりは、確かに退屈すぎる。
「ロウソクは何本目じゃ」
「3本目ですね」
途中で先頭に替わった部下は、ロウソクを持って歩いている。
だいたい1刻で1本のペースで燃える。
「休憩まで、あと2本じゃな」
不満の声が上がったが無視した。
「何か脇道のようなものが見えます」
それはロウソク5本目がそろそろ終わろうかという時だった。
足早に行ってみると、それは大きな窪みだった。
壁面がきれいで人工的に作られたことが分かる。
「わぁ!休憩室だ〜!」
歩き詰めだった部下たちは喜んで駆け寄り、
早速思い思いの場所に落ち着こうとしていた。
「やれやれ」
昼食を摂り、再び歩き始める。
技術保全課の業務で長歩きすることなどない。
あまりの道のりの長さに、次第に無言になっていった。
(こりゃ老体に堪えるのぅ)
「よくもまぁ掘ったもんじゃ」
上り階段についたのは、
さらに3本と半分のロウソクを消費した後だった。
階段を上がると、施設は暗闇に沈んでいる。
「それぞれ灯りを持て。手分けして電源と外に通じる出口を探すんじゃ。くれぐれも気をつけるように」
2人ずつに分かれて手探りで進んでいく。自分たちの立てる音以外、なんの音もしない。だからと言って異変が起きた原因が分からない以上、警戒を解くことはできない。
じりじりとした時間が続く。部下の緊張も極限状態だろう。
資料室、小さい研究室がいくつか、ずらりと並んだ私室、食堂、
「ここが大元になっている部屋じゃな」
「出口のような通路、見つけました!何かが塞いでいて通れません!」
「やれやれ、年寄りをこき使いおって」
触ってみると石のような触感であった。狭いが無理やり総出で押し退ける。
「わぁ!外だ!」
「騒ぐでない。ここはもうフランタ国であるぞ」
窘めはしたが無理もないと諦め、ぞろぞろと全員で外に出る。
地下通路に入る前は朝であったが、
今は太陽が落ち、一帯は暗闇に包まれ始めていた。
「岩に化けとったんじゃな」
振り返り見上げれば、
施設が収められているとは思えないほど自然な大岩がそこにはあった。
「今夜は、火は無理じゃな。明朝から周辺探索及び対フランタ技術局の起動を試みる。気は高ぶっておるだろうが、体を休めるように。よく頑張ったな」
「課長〜!一生ついていきます!」
「いや、無理じゃろ」