▶62.「新年」
61.「良いお年を」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「そろそろ年が明けた頃だ」
「ウン」
夜が明けてきて、人形はほら穴から出ていく。
ナナホシもチョコチョコと歩き、後に続いた。
顔を覗かせた新年最初の太陽が
空を、山を、照らしていく。
「ナナホシ、あなたを覚醒させる時に触った、最初の起動装置だが」
「ウン」
「愛を注いで、と書いてあったので、私は温めた手で触れた」
「前ニ聞イタ」
「そうだな。だが、あれには人間の手の形と体温以外に、もう一つの意味があったのだと思う。おそらく自国愛、あれは指紋パターンの読み取り装置でもあった」
✕✕✕とナナホシが話している間に、
太陽が、高くなっていく。
明るくなっていく空は、今日も晴れている。
「デモ✕✕✕ハ、フランタ国デ作ラレタ」
「ああ、イレフスト国とフランタ国は言語はほぼ共通だが、指紋パターンが違うようだな。旅の中で見てきたフランタ人と、イレフスト人が使っていた研究施設に残っていた指紋は、どちらにも傾向があり、それは2つの国で異なるものだった。
そして、承認が通ったということは、私はイレフスト国に多い指紋を持っていたということだ。ただ、博士の素性は私の中に殆ど残されていない。これは博士による意図的なことだと以前から考えている」
「博士ハ、イレフスト国ノ出身?」
「いや、関わりはあるだろうが、断言はできない。遠い国から来たと言っていたが、それが隣国というのは考えづらい。イレフスト国にススキという植物はあるのか?」
「ススキ、僕ハ知ラナイ植物」
「そうか…」
機械人形と、虫型メカ。同じ機械同士ではあるが、
規格の違いにより情報共有は視覚と聴覚に頼るしかない。
だが、無言の先にある課題は、
言わずとも共有できているように人形は感じていた。
▶61.「良いお年を」
60.「1年間を振り返る」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
人形が冬ごもりに向かう前に滞在していた町にて。
仕入れ屋のシブの妻で服屋を営むクロアと、
店仲間である野菜売りのベル、肉屋のミランダ、魚屋のフィーナは
年内最後の井戸端会議に花を咲かせていた。
「みんな、年越しの準備は大丈夫ね?」
野菜売りのベルが話を振れば、
「やだ、心配性ねぇベルったら」
肉屋のミランダがのんきに返す。
「そんなこと言って、年明け早々私のところに『新年用の魚買い忘れてた!』って言ってたのはどなた?」
魚屋のフィーナは鋭く切り込み、
「あ、それは…だってお肉があるから大丈夫だと思ったのよ」
「前の日まではね、でしょ?まぁ、ミランダだからね」
クロアがまとめる。
「今年もありがとう。ベル、ミランダ、フィーナ、ほんとうに」
「いいのよ、クロアはよくやってる。私こそありがとう」
「ほんと、わたしだったら挫けちゃうよー。旦那さんが冬以外ほとんど仕事で町にすらいないなんて」
「代わりに冬はべったりだものね、クロアのところは。時間まだ平気なの?」
「もう少し居たいわ、シブも休んでるし」
「そういえば、前に旦那さん様子おかしいって話してたの、解決したの?」
「あれからはいつも通りよ。ほんと、何だったのかしら」
「クロアの旦那さんが考え事なんて珍しーよね」
「仕事中の出来事だったのでしょう?街の外だもの、色々あるのでしょうね」
「そうね。私があれこれ考えても仕方ないって、思ったわ」
ふぅ、と
誰ともなくついた、ため息のような間が流れた。
「シブさんが、とにかく今の冬も無事にクロアのところへ帰ってこれて良かったわ。良いお年を迎えられそう」
「うん、そうそう。シブさんが帰ってこないと冬が来た!って感じしないもん」
「ミランダなんか冬支度の合図にしてるものね」
「あっ、言わないでー」
毎日のように顔を合わせていても、
年終わりの独特の焦燥感が、もう少しもう少しと話を繋いでいく。
良い年を、良い年を。祈るように彼女たちは繰り返した。
▶60.「1年間を振り返る」
59.「みかん」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「うふふ、ようやくここまで来たわねえ」
事務室にいる子猫は、
店の帳簿と自分の覚え書きとを照らし合わせながら、
にんまりと上がる口角を抑えられなかった。
花街で生まれ、花街で育った子猫。
ほかの生き方など知らぬが、
たまに訪れる人形のように自由に外を見てみたい。
人形にしか話したことがない、密やかな夢。
花街の女だった母親が病に倒れたとき、
子猫は自らを店へ売り渡した。
子猫の母親は我慢強い人であった。
それでも、それでも最後に、自分の子どもが欲しくなった。
そんな人間らしい愚かさを持った母親を、子猫は愛していた。
母親の身請けに薬代、さらに子猫のそれまでかかった養育費まで、
かなりの金額になった。
この1年間に来た客の顔と収支を振り返り、
そして、
使わないからと言って少し多く包んでくれる人形を思い。
微笑みを優しいものに変えて、
帳簿と覚え書きを閉じた。
▶59.「みかん」
58.「冬休み」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「そろそろ石が温まった頃だ」
人形は燃やさずにおいた枝を使って、焚き火の中に入れていた小さな石を取り出した。
人間が持つならば大きいものの方が良いだろうが、
ナナホシには小さいもので十分だ。
それを手ぶくろの中へ転がし入れて、さらに指先の方へ押し込む。
「できたぞ」
「ヤッタ」
簡易湯たんぽ付き寝ぶくろの完成だ。
「どうだ?」
「暖カイ…トテモイイ」
「そうか」
「ア、入口閉メテ」
そそくさと潜り込んだナナホシが専用の寝ぶくろの中から答えた。
人形は、そっと手袋を押さえて窄めた後、
石を取り出す際に動いた枝の調整を始めた。
瞳に炎が映り込み、揺らめく。
「ナナホシの動力になるものは熱だけか?」
「実ハ、モウ1ツ」
「それは何だ」
「みかん」
「なんだと?」
「ダカラ、みかん」
「すまない、うまく聞き取れないようだ」
「イレフスト国ニ自生スル柑橘ノ1種。1年ニ1度ノ摂取ガ必要」
「できないと、どうなるんだ」
「他国ノ人間ニ渡ッタト判断シテ、爆発スル」
パチン、と焚き火から破裂音が響いた。
「それを話してしまったら、誰でも取りに向かうのではないか」
「他国ノ人間ニハ言エナイ、ソウイウ設計。デモ✕✕✕人間ジャナイ。言エル」
「抜け穴か」
「マァネ」
「…私たちには、まだ解き明かされていないことが多いようだな」
「ウン」
▶58.「冬休み」
57.「手ぶくろ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「石が増えてきた。もうすぐ見つかるだろう」
「ガンバッテ」
手ぶくろの中から少しくぐもった声がする。
併せて規則的な動きも感じる。
手の温度が上がり、活動しやすくなったようだ。
「あったぞ」
しばらく歩くと、鉱山の入り口が見つかった。
村人の口ぶりから予想はしていたが、
既に閉山して塞がれている。
「先に温石に使えるものを探そう。ナナホシも手伝ってくれ」
「ウン」
日は傾きかけている。
石を温めるには火を起こす必要があるが、
不用意にすると人間に見つかる恐れがある。
また、暗くなってしまっては素材の見極めが難しい。
「アッタ」
「こちらにもあった。複数あった方が良いだろう。火起こしは…少し前に、ほら穴が見えた。そこまで戻る」
「手ブクロ…」
「入っていい。ほら」
人形が手を差し向けると、気が変わらぬ内にとでも言うように、
ナナホシは手袋の中へ、せかせかと入り込んだ。
✕✕✕がほら穴まで歩き、ナナホシが偵察に入る。
冬眠中の獣でもいるかと思われたが、何もいなかった。
仮にいたとしても、気にもされないが。
生き物らしい匂いがないせいかもしれない。
人形は火を起こし、先ほど拾った石を隅の方に突っ込む。
ナナホシは近くから、その様子をじっと見ていた。
「火の中に入りたいのか?」
「僕?入ッタラ焼ケチャウヨ?」
「そうだな」
少し火の調整をして、やることは終わった。
「ナナホシは、80年前までのデータしかないんだったな」
「ウン。逆二✕✕✕ハ、古イデータヲ持ッテイナイ」
「そうだ。博士の記憶をデータとして持っているが、抜けが大きく資料としては不適格だ。あとは私自身の設計と、旅に必要な知識、目覚めて以降の約37年分の人間学習データだ」
バチン、と焚き火から大きく爆ぜる音がした。
くべた枝が乾ききっていなかったようだ。
「僕ト✕✕✕ノ、空白期間ハ、40年ヲ超エル」
「そういうことになる。その間に、この国に当時あった先進技術は喪失し、3国による戦乱は終わった。…たった40年にしては技術破壊が徹底的すぎる」
くるりとナナホシが回り、尻を火に向けた。
小さな頭部を傾げ、人形に問う。
「知リタイ?何ガアッタカ」
「分からない。私には感情や欲求が備わっていないから。だが今、この国の歴史を知らなければ、私の探しているものには辿り着かないだろうと考えている」
「ソウ。僕モ手伝ウ」
「ありがとう」
ナナホシが再び火に向き直り、
しばらく無言の時間が続いた。
火にあたっていると、人形の体があたためられていく。
光と熱が動力に変換され満たされていく。
「ここまで長く人間から離れたのは初めてだ」
「僕ハマダ人間ヲ見テナイ」
「そうだな。私を人形と知っている人間もいるが、その人間の周りはそうでは無いから、常に人間らしくする必要があった」
「ソウダネ」
「人間らしさを再現することは、私の平均的な動力取得量からすると、かなりの動力が必要だ」
「ウン」
「それをやめると、動力のやりくりが必要ないほどに節約できることが分かった」
「ソレジャ今、✕✕✕ハ冬休ミ、ダネ」
「冬休み…そうだな。私の冬休みだ」