▶51.「大空」
50.「ベルの音」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「今日は晴れ、ね」
花街の女、子猫は、いつものように開けた窓から外を見ていた。
小さい頃はお使いを頼まれるたびに外に出ていた。
不吉といわれる黒髪のせいで虐められることも多かったが、
それでも外に出るのは好きだった。
だが、お使いを頼む側になってからは窓から眺めるばかりで、
自ら外に出ることをしなくなった。
大好きだった母親と同じ黒髪。
窓から入る風に煽られ、そよぐ。
冬の風は冷たいけれど、それでも昼下がりなら気持ちがいい。
成長した子猫の黒髪は「妖艶」と映るらしく、
客からの人気がそこそこあるのだから人間は誠に勝手である。
もっと見上げれば、視界いっぱいの大空。
人形が同じ天気の場所にいれば、きっとその旅は順調に進むであろう。
そうであって欲しい。
渡り鳥だろうか、上空に小さく、鳥が2羽飛んでいくのが見えた。
「✕✕✕も、仲間ができればいいのにね」
花街を、ううん。
いっそのことなら、この街を出て本当の外を見てみたい。
花街の子猫ではなく、ただの人間として。
夢見る気持ちを新たに、子猫は窓を閉めた。
▶50.「ベルの音」
49.「寂しさ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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太陽を追うように少し移動しながら日没まで過ごし、人形は岩の穴から研究所へと戻ってきた。
途中、何か薄い膜のようなものを通り抜ける感覚があったが、土埃がなくなった以外は何も起こらなかった。
昨夜よりも、部屋の中が明るい。
稼働したことで、どこかから動力を取り込み始めたようだ。
大型機器の方も順調に進んでいるようだ。
引き続き、施設の探索と資料の読み込みを進めていく。
資料は、隣国の人間が書いたものであった。
ここフランタ国がある大陸は、共通の文字を使っているものの、言葉には国により若干の違いがある。
それに加えて、専門用語の多用により意味の取れない単語が増えているのだった。
とはいえ読み込みを続けていけば、ある程度解読はできるだろう。
人形は、昼は山、夜は研究所の探索を繰り返した。
山では人間とのニアミスもなく、
資料からは、人形に使われているだろう技術をいくつも見つけた。
また、地下に長い通路を見つけて入ってみたが、
あまりにも長く、途中で対策無しに向かうのは危険と判断した。
そして引き返したところで、
チーン…
大型機器から、
待機時間終了を知らせる軽妙なベルの音が鳴った。
人形が向かうと、
電子音声が流れてきた。
「開始ボタンを押してください」
✕✕✕は、電子音声に指示されたボタンを押した。
▶49.「寂しさ」
48.「冬は一緒に」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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寂しさどころか、楽しみも苦しみもない。
あるのは、感情とも呼べない程わずかな揺らぎ。
それが✕✕✕という名の人形。
日の出予想時刻に合わせて覚醒した✕✕✕は、
研究所から外へ出た。周りに人間の姿はない。
空はからりと晴れ、朝日がのぼり始めている。
昨晩は光源も乏しい中で動き回り、かなりエネルギーを消耗している。
人形は出てきた穴のすぐ横に座り、岩に寄りかかって日光浴を始めた。
その間、人間の足音にいち早く気づけるよう耳をすませる。
この土地特有の風により、木々が揺れて葉が擦れ、
ざぁ、ざぁ、と音を立てる。
遠くに鳥の鳴く声がする。
返すように、もう一羽。
(眼瞼の瞬間的開閉、胸郭の膨張と収縮、体表面の放熱、思考と表情の連動…)
✕✕✕は日光からエネルギーを取り込みながら、
人間的動作をひとつひとつ確認、ルーティンから停止もしくは手動に切り替えていく。
村人に知られている山であるから、遭遇する可能性がないわけではないが、
それでも、人形はいつも人間の住む場所を渡り歩いてきた。
誰かと一緒にいることの方が少なかったものの、
その道は人間がつくり、人形の通った後にも、誰か人間が同じように辿り歩いてくると理解している。
ここには、それが無い。
だからここは、人間のいる所ではない。
▶48.「冬は一緒に」
47.「とりとめもない話」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「冬はいいわねぇ」
「そうか?こうも寒くちゃ仕事にならねぇよ」
「だからこそよ」
「ああ?」
「この季節はあなた、ほとんど仕事に行かないでしょ?
だから冬は一緒にいられる。それが嬉しいの」
「そうかよ。さっさと買い出し行くぞ」
耳が少し赤いのは、照れか寒さか。
▶47.「とりとめもない話」
46.「風邪」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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年月不明
とある技術者の手記
○月✕日
研究所での日々を記録として残していく。
とりとめもない内容もあるだろうが、個人的な記録だから問題ない。
今日、私はフランタ国の山中にある専門技術研究所の局長に就任した。
我がイレフスト国とフランタ国、サボウム国の三つ巴戦争が激化したことによるものだ。戦争は嫌だが、フランタ国の自律思考回路は徹底的に調べてみたいと思っていたのだ。この機会をものに出来て良かった。しかし、戦争以前は技術革新に切磋琢磨し合う関係だったはずなのだが、どうしてこうなったのだろう。
△月○日
フランタ国に来て初めての冬が来た。乾燥と吹き降ろしの風が強いが、研究所内の人間関係はあたたかい。とりとめもない話にも花が咲いている。
イレフスト側では大量の雪が降っていたから、両国の間に連なる山々に雲がぶつかっているということだろう。この乾燥こそがあの繊細な技術を可能にしているのだ。このまま解析をどんどん進めていこう。
□月○日
研究は順調だ。夢中になりすぎてクリ・ス・マスをすっかり忘れていた。局員の1人など同じ日に誕生日を迎えるというのに。来年は盛大に祝おう。
✕月△日
最近、局員たちの間で郷愁の念が強くなっているようだ。研究所の雰囲気が暗い。戦争はいつ終わるのだろう。地下通路で我が国と繋がっているとはいえ、研究を放って行く訳にはいかない。局員を励ますにも限界がある。
○月△日
そうだ、クリ・ス・マスだ。次こそは盛大にやろうと思って、毎年キリが悪くてお流れになっていた。今年こそ、今こそやろう。プレゼントは、ちょうど出来上がったばかりの研究内容を応用すれば良いものができそうだ。技術の横流しにあたるかもしれないが普段国のために働いてくれているのだから、このぐらいいいだろう。
○月✕日
みな私の提案に賛同してくれた。本人に知らせるかどうかで少し揉めたが、内緒で準備を進めていくことになった。久しぶりの祝い事に局員たちに笑顔が戻って、私も嬉しい。本人には悪いが、フォローしてくれると言っているのだ、信じよう。
○月□日
研究所に最初の頃の雰囲気が戻ったことで気が緩んだのだろうか、風邪をひいたみたいだ。しかしここで水を差したくない。このくらいすぐに治るだろう。当日が楽しみである。
○月○日
風邪は中々良くならない。それどころか悪化しているようだ。幸い、局員たちに感染している様子はない。それより、戦争の様子が変わってきている。場合によっては研究の破棄も考えられる。より一層の情報収集に努めなければ。
日付未記入
最悪、最悪だ。一体私たちは何のために。直ぐにここを撤収しなければ。研究は破棄するしかない。仕方ない。やるせない。局員への誕生日プレゼントはまだ持ち出せない。時間が必要、ということは破棄?いやだ。あれには、みなの気持ちが詰まっている。いつか、いつか取りに来られるかもしれない。これだけは残していこう。私の体では国までとてももちそうにないが、みなを国に帰せるだろうか。いや、弱気はいけない。必ず帰すんだ。