▶44.「イルミネーション」
43.「愛を注いで」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「承認されました」
そう電子音声が流れると、
部屋の天井に近いところで明かりが点滅し始めた。
色とりどりなそれは、好き勝手に点滅を繰り返している。
信号としての意義は無さそうなので飾りなのだろう。
人形は天井から視線を外し、正面の大型機器を見た。
(これだけの技術、間違いなく戦前のもの。まさか動くとは)
手形のある機器も始めこそ光ったが、既に反応がない。
✕✕✕は手を外して前に寄る。
どれも専門用語で書かれているようで人形には意味が分からない。
しかし、じわじわと数値が増えている箇所があった。
それと共に、空白が塗りつぶされていく部分もあった。
(この後、何かが起こる)
とはいえ、その時が来るのは、まだ先のようだ。
人形は、他に続く通路に入ることにした。
▶43.「愛を注いで」
42.「心と心」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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あの山、と示された山についたのは日暮れだったが、
その特性から夜目がきくため、山歩きも月明かりで充分だ。
なので人形は物陰で夜を待ってから入山した。
見える範囲に灯りはつかなかった。
村の祭りで出会った青年は入山規制があるように話していたが、
そこそこ枝が払われている。
山に入る人間を成人に限定しているのかもしれない。
✕✕✕は、ひとまず山の中腹を目指し歩き始めた。
夜の山は妙な静けさに包まれていて、
人形の歩く音が周囲に容易く響いてしまう。
それでも✕✕✕は一定の速さで黙々と足を運んでいく。
木々の間を抜け、岩をよじ登り。
中腹に差し掛かり勾配がきつくなってきたところで、これ以上の登山は消耗が激しいと人形は判断した。夜明けまで身を隠せるような場所を探す。
すると、岩のくぼみに紛れるような小さい岩穴を見つけた。
サイズこそ小さいが切り口が滑らかで明らかに人工物だ。
身をかがめて入ると、中は立てるほど広い。
(もしやここが噂の施設なのだろうか)
奥まで行くと、今では見られない機器の数々が収められた部屋についた。
何に使うかは分からない。
ただ青年の話では武器づくりの材料になる金属を掘っていたというから、
それに関係したものかもしれない。
部屋の中央には、腰の高さほどで柱状の機械。
天面には手の形にくぼみがあり、なにか書いてある。
この国で使っている字体と少し違う。古いものだろう。
『愛を注いでください』
(手形があるのだから、ここには手を置くのだ。だが愛とは…そういえば、赤子を育てる時は親の温度を感じさせることが重要だと聞いたことが)
試しに手だけ放熱して温め、手形にあてがってみる。
しばらくそのままでいると、
機器に電源が入り、電子音声が流れた。
「承認されました」
▶42.「心と心」
41.「何でもないフリ」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「はぁーあ、きっともう✕✕✕は山小屋に着いたわね」
気だるい雰囲気漂う昼下がり。
子猫は窓枠に頬杖をつき、ため息をひとつ零した。
少なくとも寒さが緩むまでは会えない。
いつ会えるかなんて確かな約束をしたこともないくせに、
会えないと分かるだけで、こんなにも面白くない。
面白くない、と自覚すれば目線も下がって、
そのままもう一つため息をついたら、
下ろした髪がサラサラと顔の方に落ちてきた。
小さい頃は不吉と虐められた黒髪。
それでも負けずに手入れを頑張って、今じゃ専売特許。
そのきっかけをくれた私のお人形さんは、今は遠い。
ここは花街、夢を売る場所。
心と心、ぶつかっても決して混じり合わぬ場所。
客は私たちに一夜の夢を見る。
私たちは客に一生の夢を見る。
「ほんと、どこにいるのかしらね」
私の心と、あるのか分からないけど✕✕✕の心も、
付き合いは長いけど、きっとどこか噛み合ってない。
「あ、雪」
小さい頃は雪が好きだった。
白くて、きれいで。全てを覆い隠してくれる気がして。
「もう冬なんて大嫌いよぉ。いー、だ」
早く下りてきて、また話を聞かせて、お人形さん。
▶41.「何でもないフリ」
39.「手を繋いで」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「ねぇ、あなた。ちょっといいかしら?」
「なんだ、もう寝たんじゃなかったのか」
晩酌をちびりちびりとやっていると、
妻のクロアが寝室から出てきた。
「明日は店、早いんだろう。どうしたんだ」
「ええ…でも気になっちゃって。あなた、この町で浮気してないわよね?」
「ごふっ」
しばらく噎せが止まらなかった。
「この町で、って…どこでもしてねぇよ。なんだ急に」
「だってあなた、森に行ってから考え事ばっかりしてるじゃない」
ハッと反応しそうになる体を抑え、何でもないフリはしたものの。
私なりに色々な理由を考えてみたのよ、だけど…と言い募る妻の言葉が動揺から耳を滑っていく。
「怪我もなく遅れて帰ってくるなんて、本当に浮気じゃないなら何なのよ…シブ?」
だめだ、立て直さねぇと。
「…本当に何でもねぇ。一緒に行った奴が森でコケたから、余計に休ませてから帰った。それだけだ」
じっと俺を見ていたクロアの表情から、
ふっと毒気のようなものが抜けて、
「わかったわ、あなたを信じる」
もう寝るわね、と寝室に戻っていった。
すまねぇな、クロア。
こればっかりは、お前が相手でも話すわけにはいかねぇんだ。
残った酒を干したら、やたらと苦い。
変だよな、ついさっきまで飲んでたのによ。
▶40.「仲間」
39.「手を繋いで」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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冬に祈る祭りの翌日。
「世話になったよ」
「ああ、気をつけて」
戦時中に使われていた施設が残っていると噂を聞いた人形は村を出た。
辺境から出ると見せかけて数日かけて迂回し山に向かう。
東の辺境は、その大半が山々で占められた山岳地帯だ。
人々は、その裾に沿ってまばらに村をつくり細々と暮らしている。
(山中にも村があるのだろうか)
(念の為、山に入る前に様子を見た方がいいだろうか)
未知の領域を前に人形は歩きながら思案を重ねていた。
時折強く風が吹くので、外套を手で抑えなければならない。
✕✕✕は、手を繋いで祈りを捧げていた村のことを思った。
手を繋ぐことで肌が触れ合えば、
親しみが生まれ村内の団結が強まる。
しっかり食事から栄養をとれれば、
厳しい寒さにも耐えられるようになるだろう。
同じ対象に祈りを捧げることは、
思想の統一に繋がる。
多少排他的な態度も、
歴史的経緯もあるだろうが、
新参者による余計な不和や軋轢を避ける結果になっている。
この土地を生き抜き、
仲間同士支え合う。
そのための知恵。
博士によって作られた
この世にたった一体だけの
人間のフリをしているだけの人形
✕✕✕には祈りも仲間も無ければ、
欲しいと思ったことも無い。