▶35.「眠れないほど」
34.「夢と現実」それぞれが望むもの
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
あの人、どうしたのかしら。そこの森に行ってから変よ。
考え込んでる時間が明らかに増えたもの。
帰りが1日遅くなったことと関係があるのかしら?
…遠くなら知らんぷりできても、こんな近くでなんて嫌だわ。
でも朝になってすぐ肉屋のミランダにも魚屋のフィーナにも八百屋のベルにも聞いたけど何も無かったわ。本当に帰ってきていなかった。
怪我をしたというのでもないし、何なのかしら。心配だわ。
考えてたら眠れなくなっちゃったわ。
「ねえ、あなた。ちょっといいかしら?」
▶34.「夢と現実」それぞれが望むもの
33.「さよならは言わないで」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
時系列不明
花街にて
「見てー、私の爪キレイでしょ」
いつものように寝床に腰掛けていると、
子猫が両手の甲をパッと✕✕✕の前に向けて翳した。
「私に美醜の判断はできないが、どの指の爪も均等に整えられ、色もムラなく塗られているのは分かる。また、濃い色に染めるのは技術が必要だろう」
そう人形が応えると手を引っ込め、口角を上げた。
「そうよ、よく分かってるじゃない。合格をあげるわ。ふふ、これでお客さんをいーっぱい夢中にさせるんだから」
「子猫は外に出たいと言っていた」
「うん。いっぱい稼いで、自分で自分を買って、外に出たい。私、花街から出たことないから」
うーん、と子猫は窓に向かって伸びをした。その横顔は年相応の少女に見える。
「ま、それまで元気でいられるか分からないけどね。ね、✕✕✕は?夢ってあるの?」
「私は…人形だ。夢という曖昧な希望を持つことはしない」
▶33.「さよならは言わないで」
32. 「光と闇の狭間で」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「はぁ…あのやろう」
-✕✕✕さんですか?もうお発ちになりました-
(✕✕✕め、挨拶もしねぇで行きやがった。おかげで恥かいたぞ)
森から帰還した翌日。もっと根掘り葉掘り聞いてやろうと宿を訪ねたが、✕✕✕はもう出立したあとだった。シブは行き場のない遣る瀬無さをボヤきに変えて、仕方なく家にとんぼ返りしていた。
森の奥に連れて行って✕✕✕の薬草採取に幅を持たせてやろう、
それでついでに誰かが助かれば言うことない。
ただそれだけのつもりだったのに。
「帰ったぞ」
「おかえりなさい、やけに早いわね。もしかして会えなかった?」
「ああ、もう行っちまった後だった」
「そう、きっと急ぎの旅なのね。なのに予定より長く連れ回したということ?」
シブが油断したせいで✕✕✕は穴に落ちて足を負傷した。
しかもその傷から人間ではなかったことが分かってしまった。
幸い短い期間で復活したものの、それでも元々の予定より1日延びての帰還。
妻には大層心配され、だからと言って全て話す訳にもいかない。
「勘弁してくれよ。そりゃ同意の上に決まってるだろう」
「もう、どうだか怪しいものね。先輩風はだめよ?」
「へぇへぇ、分かってるよ」
足早に仕事道具を置いている部屋へ入る。
考え事をするにはここが一番だと、シブは思っている。
隅に置いた椅子に深く腰掛けたら、勝手に大きなため息が出てきた。
日常の空間に戻ってきたからこそ、あの場の異常さが際立ってシブの心にのしかかる。
(✕✕✕に同行者がいる様子はなかったな)
自由を求めていた博士という奴はどうしたのだろうか。あんなことを成し遂げられるなら、そこそこ年齢はいってるはず。そこから30年以上経つなら、この国の人間なら死んでいてもおかしくない。
もし、そうなら。
(せっかく理想的な自由の形を見つけられても、報告する相手がいねえ)
しかも何だ、理想的な自由のカタチって。
薄ら寒くなった腕をさすりながら、
そんなものに縛られ続ける✕✕✕をシブは哀れに思った。
(傲慢かもしれねぇが、お前は必要ないと言うかもしれねぇが)
さよならは言わないでおいてやるよ。
会えたら仲良くやろうぜ。
▶32. 「光と闇の狭間で」
31.「距離」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
日が傾きはじめ、人形は野営の準備を始めた。
充分に薪を集めてから火を起こす。
ごくたまに人が通りがかることもあるため偽装と消火用を兼ねて、
水を汲んだポットも近くに置いておく。
人形の体は冷えても動作に支障が出ないし、今夜は人間と一緒にいるわけでもないから放熱の必要がない。だんだんと気温が下がり、焚き火に近い前部の温度はさほど変わらないが、背部の温度は少しずつ下がっていく。
(あの夜は、背中に温度を感じた。状況的にシブだったのだろうが)
なぜそうしたのかは分からないし尋ねてもいない。
太陽の光が沈んで消え、夜の闇が近づいてくる。
その摂理に抗うように火を焚く。
人形も同じようなものだろうか
人間が生まれて死んでいく、その狭間で延々と動き続ける。
仕入れ屋に人形であることが知られた影響か。
ゆらり、ゆらりと揺れる炎を見つめながら、
具体性のない問いに思考が流れていく。
✕✕✕は、そのような自分を止めなかった。
光と闇は繋がっている
生と死も繋がっている
✕✕✕は薄闇を孤独に羽ばたく鳥を見た気がした。
生きるものも年取らぬ人形も等しく闇が覆い、夜は更けていく。
▶31.「距離」
30.「泣かないで」人形の瞳
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
この国が高度な文明で栄えていた頃、街道整備にも力を入れていた。
空から見下ろす術があれば、首都から伸びる街道によって国全体がカッティングされた宝石のように見えたことだろう。
✕✕✕は、東の辺境の地に向かって、やや北寄りに進路をとって歩いている。
その目的は人間への偽装が難しい冬の間、人と会わないようにするためである。距離の割には小さい目的であるが、寒さが厳しくなるには時間的に余裕があるし、冬山に入るのを見咎められるこ可能性を思えば人の少ない地域に行くほうがいい。
この国においては隣合う二つの町の間はおおよそ一宿二野宿。町をつなぐ道の途中に村が一つか二つあり、そこに加えて二回ほど野宿しながら歩けば次の町に着く。
人やモノが都市に集約されていた弊害だが技術を失い道も廃れて久しい。この国の人間は「そういうもの」として受け入れ、かろうじて残った轍を辿り明日へと繋いでいた。
人形も今夜は宿のある村まではたどり着けないため野宿だ。
しかしまだ日が傾くまでは時間がある。
今は人間と同じように先人たちの歩いた道を行くばかりである。