▶30.「泣かないで」人形の瞳
29.「冬のはじまり」
28.「終わらせないで」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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人間の瞳に似せて作られた人形のそれ。
人形にとって正しく目であり、また肺であり、そして口である。
まるで剥き出しの球関節のように✕✕✕の眼窩に収まり、
接触型の視覚情報の収集器官であると共に光エネルギーの吸収器官でもある。
もし無くなってしまえば人形は2日と持たず機能を停止するだろう。
光を取り込みやすくするために黒目がちにデザインされており、
人間のように液体で覆われてはいない。
したがって泣くという行為は、✕✕✕にはできない。
しかし人形に感情の発露は無く、
異物排除も眼窩に専用の窪みがあるため人前では問題ない。
微弱な信号で動く瞳は、乾いたまま。
今日も人形に人間を見せ景色を見せ、
エネルギーを体内へと送り込んでいる。
書けました。
▶29.「冬のはじまり」
28.「終わらせないで」
27.「愛情」人形は夢を見る
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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足の修復に付き合ってくれた仕入れ屋シブと別れ、
人形は町を出ることにした。
山で冬ごもりをするためである。
「娘、世話になった。旅のともに、あの蝋燭を何本か欲しい。在庫に響かない程度でいい」
「5本ならすぐに出せます。こちらこそ贔屓にしてくださりありがとうございました」
宿屋にも蝋燭を包んでもらい別れを告げた。
✕✕✕は市場に足を向けつつ、思案していた。
シブから街道について情報は得ているものの、
あの場で冬ごもりに適した山のことなど聞けない。
また、入山する所を人間に見られるのも厄介だ。
自然、答えは絞られた。
東に位置する辺境の地。隣国との境にある山岳地帯。
人が減れば余所者である人形は目につきやすくなるが、
町や村に入らなければ問題ない。
ひとまず厚めで頑丈な手袋を新調した。
杭や縄など登山で必要なものは、道すがら買い揃えていく方がいい。
人形は、次の町へ向かった。
▶28.「終わらせないで」
27.「愛情」人形は夢を見る
26.「微熱」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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足の修復が終わり、人形は休止状態から復帰した。
体を起こすと、シブもそれに気づいたようだ。
「やっとお目覚めか」
「ああ、助かった」
「いい。元はと言えば俺の責任だ」
それでだ、とシブはさっそく切り出した。
「結局お前は何なんだ?✕✕✕さんよ」
人形とか言ってたけどよ、
1人になって考えてみりゃさっぱり分かんねぇよ。
洗いざらい話してもらおうか?
そう言ってシブは覚悟を決めた目で、人形を見つめた。
「お前、どこから来たんだ?」
✕✕✕は、目覚めたら人形にまつわることを聞かれる可能性が高いと考えてはいた。だが、自分が眠っている間に壊される可能性も、
目覚めた途端に別れて二度と会わない可能性もあると想定していた。
「それを話すことは構わない。だが他の人間には」
「言わねぇよ。✕✕✕に危害を加えるつもりはない。人間で言うところのケジメってやつだ。分かるか?」
あの情報収集と称して話しかけた夜から始まった縁。
シブは、それを終わらせないで続けるつもりのようだ。
「分かる。人間は知りたがりだ」
「お前もだろう。散々人の家庭のこと質問攻めにしやがって」
「わかった。だが、シブの顔には疲労が見える。日を改めた方が良いのではないか?」
「あー…まぁ町には帰らねぇとな」
「帰りながらでも話はできる。撤収を勧める」
「そうするか」
✕✕✕とシブは野営の撤収作業に取り掛かった。
「✕✕✕を作ったってぇ博士は誰なんだ?」
「博士の詳しい素性や出身地は博士の記憶データには入力されていないので分からない。私が知っているのは博士が遠い国から来たこと、そこでは人形作りが盛んだったこと。そして、この国にあったという技術が私を作り上げる要素になったと」
「技術?何もねぇよ。全部戦争で焼けちまったじゃねぇか」
「そのようだな」
「最初に会った時、旅の目的は世界を見るためって言ってたな。それは本当なのか」
「半分はそうだ。博士は本当の自由が何か知ることを求めていた。私はそれを探すために旅をしている。といっても私が初めて目覚めた時からこの国にいるが」
「それで世界たぁ…ハッ、大きく言ったな」
「そのとおりだな」
「ところでお前、何年この国にいるんだ?」
「目覚めてから35年ほどになる」
「人間にバレたのは俺で何人目だ」
「2人目だ」
「意外と少ないんだな。よっぽど慎重だったか。」
「荷物は全て片付いた。町に戻ろう」
「ああ」
書き終わりました。なう(2024/11/28 20:15:37)
▶27.「愛情」人形は夢を見る
26.「微熱」
25.「太陽の下で」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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俺たちは街道から遠ざかるように森の入り口から端に沿って移動した。
陽のあたる場所に腰を下ろす。
「それで、だ。聞きたいことはたんまりあるが後回しだ。✕✕✕、お前寝るんだよな?その間俺は夜に火を燃やし続ける。他にやって欲しいことはあるか。それと時間はどのくらい必要だ」
「私は目から光を、熱は体全体から取り込んでいる。なので日のあるうちは、それに合わせて私を動かして欲しい。火の大きさや距離は通常の野宿と同じでいい。期間は2日といったところだろう。シブの都合で私から離れることは構わない」
「話が早くて助かるね」
「私もシブの理解が早くて助かる」
「そりゃプロでベテランの仕入れ屋だからな」
「私を起こす必要性が出てきた時は、先程のように強く叩いてくれ。攻撃されたと検知して覚醒する」
「おう…って叩いて悪かったな」
「問題ない。他にないようなら休止形態に移行する」
「ねぇよ。さっさと寝ろオヤスミ」
日光の向きを確認していた✕✕✕は俺の言葉にピクッと動きを止めた。
「それでは頼む。おやすみ」
表情も変えずに同じ言葉を返し、✕✕✕は太陽を見ながら横になった。
フツーのやつなら目なんか開けてられねぇはずなんだが。
「ピクリともしねぇ。パッと見死んでるな」
元々野営の準備はあるが、
長い2日間になりそうだ。
◇
太陽の光と熱をめいいっぱいに受けながら、人形はシステムを少し変えながら休止形態へと移行を進めていた。
死んでる、という言葉が微かに耳に入ったが、もう返事もままならない。
(修復機能を右足首に集中、眼瞼固定。
待機形態への自動移行停止。定期的な意識の浮上を設定)
✕✕✕は深い眠りにつき始めた。
意識が閉ざされていく中、人形はいつものように、これで良かったのか?と自分に問いかけた。
しかし答えが出る前に意識は眠りの中へ落ちていった。
一定の時間が過ぎ、✕✕✕の意識は少しだけ浮上した。
足の修復は進んでいるようだ。
目は開いているが画像処理を行っていないため、明るさや温かさが分かるのみ。暗闇の中に揺れる光を見たり。そのとき寒いはずの背中があたたかいこともあった。
ふわっと浮いた意識は、また沈む。その繰り返しの中で人形は夢を見た。
人形の記録にも博士の記憶データにもない、だから夢だ。
そこで✕✕✕は人間のように自然に感情を出すことができたし、
博士からの愛情を感じることができた。
笑い合い、対等で、通じ合う。
✕✕✕には、それが素晴らしいことに感じた。
2日後、人形は目が覚めた。
夢を見た自覚はあるものの、
その時に得たはずの感覚は何もわからなくなっていた。
保全し忘れました。2話連続です。
▶26.「微熱」
▶25.「太陽の下で」
24.「セーター」
23.「落ちていく」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「私は…」
「今は動くな。大穴に落ちたんだ、覚えてるか?」
「ああ…」
人形は視線のみを動かし、大穴に落ちる前と同じ場所にいることを確認した。
落下した衝撃でシステムダウンしていたようだ。
休止状態にまで復旧したところで、
攻撃を受けていることを検知し、✕✕✕は強制覚醒に至った。
目の前の男に叩かれたか何かしたのだろう。
己の肉体に意識を向けると、足を大きく損傷していることが分かった。
修復にはそれなりの時間がかかるだろう。
✕✕✕は、まずシブをどうにかすることにした。この男がいては修復がままならない。
「もう大丈夫だ。助けてくれたんだな、ありがとう」
「礼はやめてくれ。助けるのも当然のことだ。すまない、俺が注意を怠ったせいで✕✕✕の足を駄目にした」
「いや、それは」
「とにかく俺の責任だ。謝ってもどうにもならねぇが…もちろん治療にかかる金はいくらでも俺が出す。かなり痛むだろうが、森を出るぞ」
痛み。
(痛み…?)
人形に痛覚はない。また人間の前で損傷を負うのも初めてである。痛がる人間を見たことが無いわけではないが、どのように演出すればいいか全く分からなかった。
「話はわかった。だが痛みにはかなり強いんだ。肩を貸してくれれば歩ける」
「よし、それじゃ立つぞ」
✕✕✕はシブと共に、どうにか森を出た。
後は何とか理由をつけて、彼から離れれば-
「足なんだが、穴から引き上げるのに適当に縛っただけだ。まだ街まで長い、腐る前に巻き直すぞ」
止める間もなく腰を下ろされ、人形は座るしかなかった。
今までバレなかったのが不思議なくらいだが、ここは高く登った太陽の下。布が解かれ、損傷部分が露出すれば人間でないことが分かってしまう。
なんとか止めたいが、経験豊富な人間が相手では反論が見つからない。
逃げるにしても、シブを気絶させないと確実に捕まるし、そもそも気絶させる薬もなければ、足を損傷していては昏倒させるほどの殴る力が出ない。
(駄目だ。人形だと知られてしまう)
「シブ、謝るのは私の方だ」
布を解こうとした男の手を止め、人形は自ら解き始めた。
「✕✕✕…?」
「私は、人間ではないんだ。本当にすまない」
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よく分からないことを言って、✕✕✕は布を自分で解いていく。
人間じゃない…?
森を抜けて明るくなった視界で折れた足首を見て、
ハッと息が止まり、反射的に後ろに飛び下がった。
体が臨戦態勢に入ったかのように鼓動が跳ね息が上がり、
微妙に熱が上がっていくのを感じる。
ぐにゃり、と脳から音がした気がした。
✕✕✕への認識が歪んでいく。
目の前にあるモノは何だ。
「危害は加えない。私は街には入らず、ここから去る」
もし、私が泊まっていた宿屋に消息を聞かれたら、急用で出ていったと伝えて欲しい。どうか私が人間でないということは言わないでくれ。
言っていることがよく分からない。頭を下げているコレはなんだ。
お互い無言の時間が続いた。
目の前にいる奴がピクリとも動かないので、さすがに頭は落ち着いてきた。
奴が言うには、✕✕✕は人間じゃないらしい。
人間じゃないなら何だ。
「人間じゃないなら何だ」
「私を作った博士は、人形だと言っていた」
思ったことがそのまま出てしまった。
人形、人形なのか…。
なるほど痛みに強いわけだ。
見た目の若さの割に落ち着きがあるのも、そういうことなのか。
ちら、と足首に目を向ける。
人間の血にしては色が薄すぎる。
中身も、まぁ見た事なんざ自分がやった時くらいしかないが、
違うわな。あんなんじゃなかった。
「それ、なおるのか」
「時間はかかるが、直せる」
「そうか…」
俺が何も言わなくなると、奴も何も言わなくなった。動かずにいる。
衝撃が去り、事実と奴が言ったことを並べてみると、
悪い奴ではなさそうなのは分かった。分かった、が。
だからと言って何の保証もない奴に対して俺の緊張は解けず、
再び膠着状態となった。
誰か通りがかったら相当変な目で見られるだろうな。
「む…すまない」
「なんだ」
「私は体の損傷が激しく、内部の修復機能が過熱状態を起こしている。休眠を要求する」
「つまり?」
「人間で言うと微熱程度だが、辛いので寝たい。助けてほしい」
助けて。
奴自身が人形と言ったくせに、
そんな人間くさい言葉が通じると思ってるのか。
頭では、そう思っているのに体は勝手に奴の方へ動いていた。
つまり、そういうことだ。
「はあー!分かった!分かったよ!どうすりゃいい!?」
了承の言葉を聞くと、✕✕✕は顔を上げた。
「私は光と熱を動力にしている。緊急事態のため目を開けたまま休止状態に入る。昼間は太陽があるから何もしなくていいが、日没後から一晩、火を焚き続けてほしい」
「火だな。もっと人に見つからねぇ場所まで移動するぞ」