▶17.「冬になったら」
16.「はなればなれ」
15.「子猫」
:
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
光や熱を吸収して動力にしている人形にとって、
寒い冬は厳しい季節である。
日照時間は減り、気温も低くなる。
人形の体も冷えやすく、人間の目をごまかすためには放熱しなければならず、エネルギー問題に拍車がかかる。
✕✕✕は、旅で最初の冬にそれを身をもって経験し、
冬の間はできるだけ南の方に行くようにした。
それでも人に混じって生活するのは困難を伴う。
太陽がなければ火を起こせばいいのだが、
冬は燃料代も上がるし、暖炉のある宿などそうそうない。
蝋燭ではエネルギーの減少は防げても増やせるほどの火力はない。
そして蝋燭ばかり燃やすのは奇異に思われる。
(冬になったら…)
冬支度を始めた人々を見ながら人形は最適解を探す。
(いっそ人間のいない所に行こうか)
例えば山に入って1人で過ごす。
山小屋を借りてもいいし、
住居環境が整っていた方が体の修復も少なくてすむが、借りる手間を考えたら洞窟でもいい。
いつもより騒がしい通りを歩きながら、✕✕✕はどうするか算段を始めた。
▶16.「はなればなれ」
15.「子猫」
14.「秋風」
:
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
博士によって作られた人形は、
歴史はあるものの長期に渡った戦乱により文明が後退した国にて、
人間社会に紛れて根無し草の旅を続けている。
その収入源は主に薬草採取であるが、たまに手紙配達も受けている。
今回引き受けたのは、大きな町を挟んで向こう側に嫁入りした娘に宛てた小包。
通信技術は戦乱により途絶し、郵便業はあるにはあるが、窓口があるのは中心部の街ばかり。村や町では通りかかった旅人や商隊に手紙や小包を頼むことが多い。出稼ぎや嫁入りなど、はなればなれになった家族を繋ぐ重要な連絡手段である。
「では、よろしくお願いします」
「ああ、頼まれた」
直接顔を合わせやり取りをするのは露見のリスクがあるものの、
✕✕✕は、頼まれたものは出来るだけ引き受けるようにしている。
唯一の親とも言うべき博士は既に亡く、血の縛りもなければ土地にも縛られていない。何なら今すぐにでも人間社会から離れることだって可能な人形にとって、家族とは理解の及ばぬものであり、だからこそ知る価値があると✕✕✕は見込んでいる。
人形は小包を丁寧に背負い袋へ入れ、次の町に向かって歩き出した。
▶15.「子猫」
14.「秋風」
13.「また会いましょう」
:
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「今夜も来てくれたのね、お人形さん」
「ああ、会いたかったよ。私の子猫」
「ふぅん、それじゃ始めましょうか」
彼女は手招きをして微笑んだ。
出会いは彼女がまだ少女だった頃。
「相変わらずいいカラダしてるわねぇ」
「ありがとう、博士が聞いたら喜ぶよ」
たっぷりとした黒髪をくしゃくしゃにした女の子が、
木の下でうずくまっていた。
そこは花街の近くだったから声をかけた。
「あ、ここ汚れてる」
「手が届きにくいんだ」
-迷子なの?
青い瞳が人形を見上げた。
いつかの日に見た子猫のような色の取り合わせ。
-いじめられたの。黒髪は不吉だって。
「傷はないわね。よくできてる」
「いつも助かるよ」
-私は子猫みたいでかわいいと思うけれど。はい、飴あげる。
✕✕✕には美醜や吉兆の判断はつけられないが、人間の評価基準がどうなっているかはある程度把握している。ついでに買い物のおまけにもらった飴を渡した。
-お母さんがよく言ってた。私の子猫ちゃんって。飴もらうわ、ありがとう。
「服を着たら旅の話を聞かせてちょうだい」
「もちろん、報酬だからね」
木の上ではないけど。泣いていた子猫との縁。
▶14.「秋風」
13.「また会いましょう」
12.「スリル」
:
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
秋。
風は向きを変え、冷たい空気を運んでくる。
気温が下がり始めたのに気づいた人々は夏の間緩めていた衿口をしめて、冬支度を始める。
✕✕✕も体を保温するため、古着屋に外套を買いに来た。荷物を軽くしたい旅人は季節物をその都度買い換えることが多い。
衣服の生産が手作業であるため、どの町にもある古着屋は衣服の手入れも商売にしていて、重要な役割を果たしていた。
(さて)
保温性だけを見れば冬用のものを着用したいが、秋の始まりでそれは浮いてしまう。
かといって夏の風通し重視の日除けでは体が冷えすぎてしまう。
(それは、良くない)
冷たすぎる手では、うっかり人に触れた時ひどく驚かせてしまうから。
(袖口に毛皮を縫いつけようか)
そんな絶妙な冷たさを運んでくる秋風は、また吹き始めたばかり。
▶13.「また会いましょう」
12.「スリル」
11.「飛べない翼」
:
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
変わらない輝きを放つ瞳
何も語らぬ口
動かぬ人形は、
ただそこに在るだけで持ち主を慰め、可愛がられる。
✕✕✕は、とある城に併設された美術館を訪れていた。
長く続いた戦乱の世を生き抜いた美術品たち。
今は相応しい場所を与えられ、羽を休めて、あるいは広げている。
警備は厳重だが、国民に広く開かれているため、
✕✕✕は数年に1度、ここに置かれた人形を見るために訪れている。
また会いましょう。
そう小さく口を動かして、
自ら動く人形は他の美術品を見にいくふりをして去っていった。