『向かい合わせ』
向かい合わせで座った観覧車の中は、妙な緊張感が漂い静寂が包み込む。
目も合わせない二人。男性は外の夜景を眺めるも何かを考えている様子で、女性は何処を見ていいのか戸惑うように視線をさ迷わせている。
沈黙が流れて十分経った。この観覧車は一周するのに約三十分掛かる。それまでに動き出さないといけない。どちらも分かっているのに身体は思うように動いてはくれず、時間が経てば経つ程に気まずさも増してきてしまう。
このお膳立ては二人の親友達が作ってくれたもの。故に突然の事で心の準備はどちらも全く出来ていなくて。けれど、これが絶好のチャンスである事はよくわかっているのだ。
意を決して喉の奥から声を振り絞る。
「「あの!」」
顔を向けるなりソプラノとテノールの音が綺麗に重なり合う。お互い目を見開いたなら先にどうぞ、いえ其方からの譲り合いが始まってしまい話は一向に進まなくて。
そんなやり取りに同時に笑い出すと、緊張感漂う空気は穏やかなものへと変化を遂げる。微笑みあうと二人の声が再びぴったりと重なり合った。
「「貴方が好きです」」
『鐘の音』
チャペルの鐘が鳴り響き、新郎新婦が沢山の人達に祝福されていく。
ウェディングプランナーである私はその光景を何十回も見てきている。
勿論、今鳴り響いている鐘の音も。
飽きる程聞いているはずなのに、私はその鐘の音がとても好きだった。
送り出す新郎新婦が違えば鐘の音も不思議と違うものに聞こえるからだ。
それを同僚や先輩に言うと、「同じにしか聞こえない」と言われてしまうし、しまいには「夢を見過ぎ」なんて事も言われてしまったわけで。
その通りで、そう思いたい私が乙女ちっくな夢を見てるだけなのかもしれない。
けれど、新郎新婦の人生が十人十色であるように、鐘の音色もそうであってもおかしくないんじゃないかなぁ。
そう思ったって……そう聞こえる気がしたって、いいよね。
『澄んだ瞳』
疑う事を知らない真っ直ぐな心を持った君は誰よりも澄んだ瞳を持っていて。
その瞳を、穢れなき君を人知れず俺は守ってきた。
君を穢そうとする者から。
惑わせ誘惑しようとする者から。
その美しい瞳が汚れてしまわないよう大事に、大事に守り続ける俺の心の中にもう一人の人格がいる。
誰よりも君を穢したいオレ。
澄んだ瞳を情欲に濡れた熱で揺らしてしまいたいと。
常にせめぎ合う俺とオレ。
今まで勝っていたのは俺だけれど、君が成長し大人びていく度にもう一人の存在が強くなっていくのがわかる。
君を守るのは俺だ。
キミを穢すのはオレだけだ。
誰にも穢させない。
誰にも渡さない。
君は
キミは
俺だけのものだ。
オレだけのものだ。
重なり合う二つの心。
パァンと何かが弾け飛んだ。それが何かもわからぬまま重い瞼をゆっくり開くと窓から差し込む月明かりが己を照らしだした。
綺麗だな、月を眺め呟くと口端を軽く釣り上げてベットから起き上がり部屋を後にして彼女の家へ向かった。
満月が綺麗な夜更け、相変わらず不用心なのか忘れたのか、鍵の掛かっていない窓から彼女の部屋へと静かに侵入する。
今宵キミの全てをオレのものとする為に。
『神様が舞い降りてこう言った』
私の目の前に人がふわりと舞い降りて来た。
神々しい光を放ち、その美しさは目映い程。
見ているだけで崇めたくなってしまう輝かしい雰囲気を纏う彼は人の姿をしているが、明らかに人ではない。
普通の人が空から羽のように降り立つわけが無いのだ。
そう、彼……否あの御方は神様。私の直感がそう告げた。
神様は私を真っ直ぐ見つめゆっくりと口を開くとこう仰った。
「ういーっす、オレ神様。アンタの願い叶えてやる為に来たってわけ。凄くね?凄くね?」
え゛
あれ、私の耳が壊れたかな?おかしくなったかな?目を丸くする私は何も言えないまま混乱しかけた頭の中を整理し始めるもそれは無意味に終わる事に。
「オレっちが願い叶えてやるからさ、とりま言ってくんね?」
………二度目に聞こえた言葉も先程聞いたギャル男だった。
「神様ってもっとこう丁寧口調だったり神秘的だったりするんじゃないの!」
理想の神様象を崩されたショックと怒りから文句を付けるも、ギャル男神様は頭をぼりぼりと掻きながら気だるそうな間延びした声を上げると、
「神も色々いるんだわ。人間も色々いるっしょ?それと同じなわけ」
……え、神様ってそんな沢山いるの?
というか、そんな適当でいいの?
というか、そんな清楚で神々しい見た目でギャル男みたいな口調で喋らないで欲しい。
叶えて欲しい願い事はあるはずなのにそんなものは彼方へと消えていき、私の思考を埋め尽くすのは長年憧れ続けた神様象を壊したギャル男神様への苦情の嵐であったが、私は自分が思っていた以上に衝撃を受けたのだろう。それを告げることなく私はその場で倒れてしまった。
……どうか全部夢でありますように。
後日、友人の話で私は丸1日魘されていたらしい。
『誰かのためになるならば』
俺の幼なじみの彼女には生まれ持った不思議な能力があった。
再生の力。
人の身体、物、土地、あらゆるものを再生させる不思議な能力で、沢山の人が彼女に救われてきた。今や奇跡の力とさえ言われる程に皆が彼女を求める。
けれどそんな大きな力の副作用がないはずはなく、能力を使えば使う程身体は蝕まれていく……それが代償だ。
それでも彼女は笑顔を絶やすことなくこう言うんだ。
【誰かのためになるのなら、誰かを救えるのならこの命が尽きても惜しくはない】と。
とんだ奉仕精神だ。
そんなの偽善者だろ。
他人の為に自分の命を削るとか馬鹿げてる。
そんなとしてなんの意味があるんだ。
俺は彼女を罵倒した。
彼女を失いたくなくて、止めたくて出た言葉は優しさの欠片もないもの。上手い言葉が何ひとつ出てこない己の情けなさに拳を強く握ることしか出来なくて。
そんな俺に罵声を浴びせられても彼女は決して怒らず穏やかな笑みを讃え続けていたんだ。
あの時、彼女に嫌われようとも手段を選ばず強制的なに止めていたならこの未来は訪れなかったかもしれない。後悔の念が頭の中に渦巻いていく。
完全に蝕まれ死を迎えた彼女の身体を抱きしめて俺は一晩寝ずに一人で声も出さずに泣き続けた。
誰かの為になるならばと死を選ぶんじゃなくて、俺の為に生きて欲しかったよ。