夢月夜

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7/24/2022, 8:30:29 AM

『花咲いて』

キミが植えた勿忘草の花が今年も庭に綺麗に咲いていた。

キミが何故この花を植えたのか、花言葉の疎いあの頃の私は何も知らなくて。

知ったのはキミがこの世からいなくなった後。

勿忘草の花言葉は【私を忘れないで】

この頃からキミは自分の命が短い事を知っていたんだね。
その花言葉を知った後、キミが植えた勿忘草の傍に紫欄の花を植えた。

紫蘭の花言葉は【君を忘れない】

今日も二つの花が寄り添うようにそよ風に優しく揺れていた。

7/22/2022, 9:27:33 AM

『今一番欲しいもの』

俺の今一番欲しいもの。
それは……
推しアイドルの会員様のみ購入可能、数量限定のプレミアムフィギュアだ。
これは抽選でははなくネット販売という所が粋なはからいをしてくれるぜ。
抽選だと運になっちまうからな。
しかし、このフィギュア争奪戦は想像を絶する戦いになるだろう。
俺は販売時間までコンディションを整え、販売開始30分前にはパソコンの前でスタンバイしていた。
気合いも体力も十分。この戦を戦いぬかんとする俺はさながら令和の織田信長といったところか。
向かうところ敵無し!

販売開始まで後10分……5分………3分
1分を切ると俺の額から汗が流れ落ちた。この日の為に連打技術も学んできた!抜かりはないぜ!
販売開始まで後10秒、5、4、3、2、1、
よし行くぜ!!!

プツン
エンターキーを押す前に突然モニターどころか部屋の明かりが一瞬にして消えた。
あれ、……あれ、画面が暗い?何故だ!?

「お父さんごめん、ブレーカー落としちゃった~」

暗闇の中聞こえてきたのは母の呑気な声。

オーマイガーッ!!マジか!敵はそこにいたのかよ!!お前が明智光秀だったのか!母よ!!
俺は叫びながら頭を抱えた。

程なくして電気が戻った事でパソコンの画面は就いたが、そこには完売しましたの文字。

織田信長破れたり……。

俺は暫く魂が抜けた屍の様に机に突っ伏していた。

俺の今一番欲しいもの。……時を巻き戻す力。
俺の努力を返してくれぇえええっ!!



7/20/2022, 3:25:40 PM

『私の名前』

たかが名前、されど名前。
軽く考えていた私はこの時、自分のしようとしている事の重大さに気付く事無く、己の欲を叶えたいが為に願いを叶えてくれる魔女の元へ会いに行った。

なんでも願いを叶えてくれる噂の魔女。

けれど対価を払わなければならない。

対価は『名前』

なんだ、たかが名前じゃない。
大したことはない。

私は二つ返事で対価を渡す約束をした。

自分の過ちに気付くのは願いが叶った次の日。

人々の記憶から私の名前は消え去っていたのだ。
家族や友達の記憶からも。
誰も私の名前を呼ばない。
書いていたはずの私の名前も消えていて。
私が口に出すことすら出来ない。

私の名前はこの世から永遠に失われていた。

名前が消えると人は記憶出来なくなっていくものなのだろう。いつしか私の存在そのものが人々の記憶から少しずつ消えていく。

君……誰?
見かけない顔だね。
初めまして。

名前の変わりに私に掛けられる言葉達。
けれど、名前のない私は人々の記憶に残らない。
だから、また同じように声を掛けられる。
それの繰り返し。

そうして私自身も記憶に残らなくなり、自分が誰だか分からなくなっていった。
名前はその人を形作る魂そのもので、あの魔女の対価は魂だったんだと気づいても後の祭り。


ネェ、ワタシハダァレ?ココハ……ドコ?

7/20/2022, 9:38:54 AM

『視線の先には』

百聞は一見にしかず

これはまさに真実だなと思う。

他の人の感動体験は聞くだけでも俺には十分興奮するし価値がある。

けれど自分の目で見た時の感動は、何倍も、いや何十倍も素晴らしくて。
この強く胸を揺さぶる気持ちには実際見なければ絶対味わえない。

だから俺はカメラを手放せない。
この瞬間を己の中だけで終わらせたくないから。
いつまでも焼き付けていたいから。

今日も俺は視線の先に見える美しい景色をレンズ越しに見つめながらシャッターを切り続ける。

7/19/2022, 7:25:10 AM

『私だけ』

「愛しているわ」

白衣を着た女は恍惚とした表情で男を見つめ何度も愛の言葉を囁きかける。

彼女の瞳には目の前の彼しか映らずに色白の手は相手の頬から首筋をなぞる様に滑り落ち、鎖骨へと唇を寄せた。

触れた肌はごつごつとしていて毛深くて。
赤い紅を付けた唇が弧を描くように緩りと吊り上がっていけば、柔らかいとは決して言えない相手の唇に口付けを贈る。

目の前の相手は唸り声をあげるだけ、それは人ならざる呻き。何処か泣いている様にも聞こえるだろうか。
徐々に変化していく身体は上着を引きちぎり、その瞬間胸ポケットに入っていたパスケースがぱさりと開いて落ちる。

そこには一枚の写真が入っていて、女性と男性が幸せそうに寄り添って写っているが、女性は目の前いにる人物とはまるで真逆の清楚な雰囲気で。

「思い出も何もかも消えて貴方は私だけしか見えなくなるの」

落ちたパスケースを拾った女は写真を取り出し男へ見せ付けるように向けて愉しげに言い放つ。瞳に怒りを顕にした男は写真を奪い返そうと手を伸ばすも身体を拘束する鎖りに阻まれて動くこと叶わず。
女は不敵に笑うと目の前で写真をビリビリに破り捨て投げ捨てた。
…男の抵抗も虚しく頭の中から音を立てて崩れていくように思い出が、記憶が、自分自身が静かに消えていき……。

「貴方は私だけのものよ」

鎖が弾け飛び拘束の意味を無くした頃には男の記憶は真っ白になり、人ならざるものへと完全に変化を遂げていた。
それは心も感情も持たないただの破壊するだけの化け物。

異質で不気味な男の姿にうっとりしながら見据えると女は尚も愛の言葉を捧げ続けた。

狂ったかの様に。

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