夢月夜

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『私だけ』

「愛しているわ」

白衣を着た女は恍惚とした表情で男を見つめ何度も愛の言葉を囁きかける。

彼女の瞳には目の前の彼しか映らずに色白の手は相手の頬から首筋をなぞる様に滑り落ち、鎖骨へと唇を寄せた。

触れた肌はごつごつとしていて毛深くて。
赤い紅を付けた唇が弧を描くように緩りと吊り上がっていけば、柔らかいとは決して言えない相手の唇に口付けを贈る。

目の前の相手は唸り声をあげるだけ、それは人ならざる呻き。何処か泣いている様にも聞こえるだろうか。
徐々に変化していく身体は上着を引きちぎり、その瞬間胸ポケットに入っていたパスケースがぱさりと開いて落ちる。

そこには一枚の写真が入っていて、女性と男性が幸せそうに寄り添って写っているが、女性は目の前いにる人物とはまるで真逆の清楚な雰囲気で。

「思い出も何もかも消えて貴方は私だけしか見えなくなるの」

落ちたパスケースを拾った女は写真を取り出し男へ見せ付けるように向けて愉しげに言い放つ。瞳に怒りを顕にした男は写真を奪い返そうと手を伸ばすも身体を拘束する鎖りに阻まれて動くこと叶わず。
女は不敵に笑うと目の前で写真をビリビリに破り捨て投げ捨てた。
…男の抵抗も虚しく頭の中から音を立てて崩れていくように思い出が、記憶が、自分自身が静かに消えていき……。

「貴方は私だけのものよ」

鎖が弾け飛び拘束の意味を無くした頃には男の記憶は真っ白になり、人ならざるものへと完全に変化を遂げていた。
それは心も感情も持たないただの破壊するだけの化け物。

異質で不気味な男の姿にうっとりしながら見据えると女は尚も愛の言葉を捧げ続けた。

狂ったかの様に。

7/19/2022, 7:25:10 AM