君が居るから
今日という1日を受け流すような
あるいは自分の無価値さを見過ごすような
そんな感覚がずっと僕の奥に潜んでいて
ふっと僕が消えた後
いつかのように君が食欲を無くしてしまって
身体を壊してしまってはあまりに辛いから
その可能性に蓋をするような感覚で
また今日が終わる
約束を数珠繋ぎのように重ねて
当たり前のように「また明日」を重ねて
首の皮一枚で生きていく事の
異様さや異質さを
「くだらない」と君とだけ笑い合いたい
ああどうか
明日の君があまり忙しくはなりませんように
暗闇に目を閉じて浅く呼吸をする
僕は確かにまだ生きている
君が居るから
どんな恋にも終わりはある
絵本で読んだ人魚姫にだって
流行りに乗って読んだ少女漫画にだって
その形がどんなものであろうとも
永遠などないと分かっているつもりだった
けれど僕は気付いてしまった
馬鹿みたいに縋るように永遠を望んでいるのだと
そしてそれは君を等しく永遠に
動けなくしてしまう事と同じだと
僕達の交わした約束は今や綺麗な琥珀となって
光が当たる度キラキラと輝くけれど
果たされる機会を失ったそれは
直視するにはまだ少し苦しい
「もうやめよう」って笑って言った君の声色が
本気かどうか見極められないまま
無意識に子供みたいな
我儘を放ったこの口が憎い
君が苦しむくらいなら何でも、なんて
誠実なふりをしたこの胸が恥ずかしい
結局僕はまた君の声に安堵している
永遠などないのに
僕が中学生の頃、母親に謝罪された事がある。
「非凡な私の娘だから、貴女も何も才能がないの。
ごめんね。」と。
当時の僕は、というか今もだけれど、
これと言った才能がない事は何となく理解していたから
まぁそんなものか、と自分の胸に不自然に空いた
大きな穴を見て見ぬ振りをした。
本当は泣きそうなほど悔しかった。虚しかった。
とはいえ僕は絵を描く事は好きだった。
母親に見せても「自分には美的センスがないので
良さが分からない」と褒めてはもらえなかった。
ある日部活動(僕は文化系の部活に入っていた)の時間に
絵を描いていると、彼女がひどく気に入ってくれた事があった。
それは初音ミクのイラストで、背中に羽が生えたイラストだった。ただ、まだ色は塗っていない線画の状態だった。
彼女はその線画を譲って欲しいと言い出した。僕は軽い気持ちで描き始めたので当初色を付ける予定は無かったが、どうせ貰ってもらえるなら色を塗ったものを渡したいから1日待ってくれと申し出た。彼女は笑顔で快諾した。
僕はその日の夜、その線画をペンでなぞり色鉛筆で着彩した。おそらくこれが、初めて1人のために作り上げた作品だった。
翌日、部活動の時間に約束通り彼女に着彩したイラストを渡した。彼女は一瞬驚いたような顔をして、「塗った方が凄く素敵!」と褒めてくれた。その後も言葉を尽くして褒めてくれたのを覚えている。僕は面映かった。
才能がないとわかっていても、結局僕は未だに絵を描き続けてしまっている。描き続けられている。
愛があれば何でもできるとは思えない。
思えないけれど。
愛があるからできることは確かにあると僕は思う。
本を読みたい。
と思って数ページ巡ってみたがどうも気乗りしない。
絵ももう暫く描いていない。
誰に期待されるでもないのに描かなきゃいけないような切迫感を今日も無視してしまった。
水族館に行ってみたいような気もしたが
一番近くの水族館に行くにしても
閉館ギリギリになってしまいそうでやめた。
食事を摂っていなかったことに気がついて
部屋から出ると母親のヒステリックな声が聞こえた。
冷蔵庫を漁って出てきた茹で野菜
ドレッシングをたっぷりかけたはずなのに
どうにも味がしないようで首を捻りながら咀嚼した。
部屋に戻る。
昨日の君との会話を思い出す。
今年も花火大会に行きたいと言っていた。
僕もそう思う。二人だけで。
ただそれはきっと今年も叶わないので
意図的に期待しないよう自分を詰る。
「くだらない」と口に出してみる。
何もしていないことに気づいて焦る。
けれど気力というものが抜け落ちている。
何もしない事に対して罪悪感を感じる性分に苦しむ。
完璧主義な割に何も成し得ない自分の
存在価値について考える。
虚しくなって眠いふりをして布団に潜り込む。
おうち時間を無駄にした今日の話。
子供の頃は知らなかった
生きるとは自由と安定のどちらか一方を
選び取ってその責任を負い続けることだって事も
生きた歳月に比例して自然と増えた繋がりが
人生において時に重荷になり得る事も
暖かいと信じていた家庭の中は
やるせないしがらみだらけだって事も
体が大人になっても心の中は
大人のふりした子供のままだって事も
子供の頃は知らなかった
本を読む楽しさは物語そのものでなくて
自分と似通った思考を見つけて安堵する事だって事も
目に映る景色の中に
笑う誰かを思い描く時の寂しさと心強さも
この世界のどこかで愛する人が
自分と同じように呼吸をしている事の多幸感も
そしてその時がいつか必ず
終わってしまう事の残酷さも
子供のままでは知らなかった